教育的指導?





 キャバッローネファミリーはボスの気質を反映してか、総じて気さくで明るい人間が多い。幹部クラスも例にもれず、ディーノの周りは賑やかだ。
 しかし、今この部屋にいつもの明るさはなかった。


 雲雀の誕生日は側に居ようとディーノはそれはもう頑張った。
 なんとかギリギリの日本行きが決まった時には子供のように喜んでみせた。その様子に周りにいた面子はやれやれと肩をすくめたものの、その笑顔に喜んでもいた。
 ディーノが頑張ったことは事実だし、雲雀が可愛いお願いをしてきたとディーノが大騒ぎしたのは部下達の記憶に新しい。
 滞在2日間という短い時間を充実したものにさせるべく、部下達は応援に乗り出した。
 『応援』イコール『雲雀のご機嫌取り作戦』だ。

 まずは急いでプレゼントを手配しようとするディーノを「モノよりあんたが早く行ってやるほうが喜ぶんじゃないか?」と言って止めた。そ、そっかなぁ〜と照れるボスに、その分急いでやれと飛行機の手配を急かす。
 これは以前草壁から「委員長が困っておられるようだ」とロマーリオが聞いていたからだ。
 ディーノの目は確かなので雲雀も受け取りはする。しかし似合っていても着て行く宛のないスーツだったり、美味しくても食べ切れない食品は後々『要らないモノ』になっていく。喜ばせるどころか困らせてはプレゼントとは言えないではないか。
 次にディーノを行きの機内でたっぷり休ませた。あんたは休んでろと、戸惑い気味のディーノから未処理の書類を取り上げる徹底ぶり。
 これはもちろん並中に着いたらすぐに雲雀と手合わせ出来るようにである。
 ディーノの顔を見たらいそいそとトンファーを取り出す雲雀だが、時間やディーノの体力の都合で最初の修業のようなみっちりした手合わせなど出来たことがない。
 不満も文句もぶつけ放題な雲雀も最後は折れる。この時間はなんとかディーノがひねりだしたものだと理解しているからだ。
 だから挨拶の次にディーノが「思いっきり動ける場所に行こうぜ」と言った時の雲雀の目の輝きといったらなかった。思わず「俺達GJ!」とガッツポーズを作ったくらいである。
 ディーノもしっかり休んだ甲斐あって、いつも以上に熱のこもった手合わせになったようで、最後は動けなくなった雲雀はディーノに担がれ戻ってきた。
 そっと運ばれた雲雀の満足そうな寝顔に、後部座席でひざ枕をしたディーノがとろけそうな眼差しで目を細めるのがバックミラーに写っていた。2人の冷たく厳しい面も知る者達にとって、いかにもやんちゃ坊主なボロボロの姿はいっそほほえましい光景だった。

 色々なものを我慢し諦めてきたディーノが雲雀との繋がりだけは手放そうとしないのだ。最初はいい顔をしなかった部下達ほど今ではディーノに発破をかけるほど雲雀との交際に協力的だったりする。
 なぜなら、ディーノの一方通行ではないと雲雀が態度で現していたからだ。
 群れを見れば「咬み殺す」が当たり前の雲雀なのに、文句を言いつつ(手も出つつ)も『キャバッローネ』にはそこそこ妥協しているし、ディーノのスキンシップも徹底的な拒絶はしない。
 もちろん嫌そうな顔はしている。しかし、ふとした拍子に見せる表情が雲雀と居る時のディーノと似通っていて、それを見てしまうと反対し続けるのは難しすぎたのだ。

 大袈裟な事が出来ないなら小技を効かすしかない。
 パーティーなんてもっての他の雲雀に対する次なる対策は風呂だった。これがかなりの効果を上げたのだ。
 手合わせの後は汗まみれで汚れまくりが基本である。いつもキャバッローネ定宿のホテルでさっぱりしてから食事が定番コースで、疲れてたりすると雲雀が泊まっていくこともあった。が、それは雲雀が寝落ちしたためで、意思ではなく結果そうなっただけ。「外泊は風紀が乱れるから」との理由で、実はいまだ雲雀が自分から「泊まる」と言ったことはなかったのだ。
 そんな雲雀がバスルームに用意されていた物を見て「今日は泊まっていってもいいよ」と言ったのだから、ディーノが「…夢かな」と部下に頬を引っ張らせても無理もない。
 なにせホカホカの2人に飲み物を出したロマーリオに「どうせたくさん買ったんだろうから君達も使ったらいい。並盛のはいい香りがするよ」と雲雀が笑ったのだから、かなりの上機嫌ぶりが伺えた。
 雲雀をいたく満足させたのは、この日の為に事前に調べていた者が準備した『菖蒲湯』。並盛大好きの雲雀のためにわざわざ並盛で取れた菖蒲を用意するという念の入れよう。
 実は「子供じゃない」と裏目に出ないかと心配もしたが、『健やかな成長+菖蒲(しょうぶ)=勝負』という連想は雲雀のポリシーに反しないのと、さらに時節の行事を調べてきたことを評価したらしい。
 菖蒲湯自体はディーノも知っていたし用意出来たらいいなとは言っていた。が、なにせギリギリまで仕事に追われていたため、ディーノが手配の指示をする暇があるはずもなく。
 驚いて目を丸くするディーノの耳に「俺らだってボスには幸せになってもらいてーんだってことだ」と聞こえてきた呟き。部下の応援と雲雀の楽しそうな様子に、ディーノは本当に自分は幸せ者だと胸を熱くしたのだった。


 ………ここで終わっていればとどれだけ悔やんだことか…。


「……」
「どうした?あっ、もしかして嫌いな具材でも入ってたか?好き嫌いしたらダメだぞー」
「……」
「き、恭弥?本当に嫌いなら無理することないからさ。俺だって苦手なもんあるしな!」
 うやうやしく置かれたセイロの中身を見つめたままの雲雀に、ディーノがオロオロしだす。
 今まで油っこい料理に難色をしめしたくらいで、雲雀に好き嫌いはなさそうだと思っていたのは勘違いだったかと、控えていたロマーリオも少々焦る。
 だが、雲雀からは嫌悪や苛立ちは伺えない。どちらかと言うと微かに下げられた眉からは「困惑」と「落胆」がにじんでいた。
 やがて雲雀は目をつむり、肩を下げながらフーッとため息をついた。
「誰のオススメだって」
「俺の側近のヤツだけど」
「で、あなたは確認せずにOK出したんだ」
「いや、俺も前にここの中華食べて美味しかったのは覚えてたし。確認は要らなかったっつーか」
 雲雀が何を言いたいのか分からないまま質問に答えるディーノだが、チラリと投げられた視線からは先程までの楽しげな色が消えていた。
「これ食べたら帰るから車用意しておいて」
「…えっ、ええぇぇっ!だって恭弥、さっき泊まってくって!」
 椅子をガタガタ揺らし立ち上がるのを目で咎められたディーノは、座りなおしたもののそわそわと落ち着きがない。しかしそれ以上に慌てていたのはディーノの部下達だった。
「さっきはさっき。今は今」
 セイロの中に手を伸ばし、紐をするりと外すと、雲雀の手元からふわりと湯気が立ち上る。
 中から覗いた艶々のもち米からは確かに美味しそうな香りがして、少し雲雀の表情も和らぐが、「泊まらない」発言を撤回させるほどではなかったらしい。
 綺麗な食べ方で料理を食べ終わると、食休みもそこそこに雲雀はホテルを後にした。


「ボス、本当にすまねぇ!! 俺が間違ったばっかりにっ…」
 ディーノの前で一人の部下が土下座で詫びている。微妙に腰が浮いているせいで少々笑える格好だが、そこに笑いの空気はかけらもない。
 『ソレ』なら俺に任せとけ!と請け負った彼は、雲雀のご機嫌取りの最後の品を間違えてしまったのだ。
「お前のせいじゃないさ。確認しなかった俺が悪い。にしても『ちまき』も2種類もあるなんてな。日本語でこーゆーのって多いよなー」
 これが責める響きならまだ良かったのにと、聞いてる皆は思った。いつもみたいに嘆いてくれれば、こちらだって大袈裟だなと茶化しながら返せたのだ。
 あれで結構甘い物が好きな雲雀に『ちまきを用意した』と期待させてたしまった分、落胆は大きかったらしい。結果、「君達もっと勉強してきなよ」と言われ、ディーノに至っては「詰めが甘い」と叱られた。
 いつになく黄昏ムードのディーノが本気で落ち込んでいると分かるだけに下手な慰めもしにくい。
 頭を上げない部下を立たせたロマーリオが「今から買いに行かせるか?あったろ、和菓子屋が」と聞いても「もう店閉まってるだろ」と返されてしまう。
 確かに都心部から少し離れた並盛の商店街は店じまいが早い。夜の8時に開いているのは飲み屋くらいだ。
「…このままでいいのか、ボス」
「ん?今日はもうどうしようもねーし。次はもっと時間作って手合わせでご機嫌とるさ」
 もう下がっていいぜと言われれば、部下はその言葉に従うしかない。
「お前ら今日は色々あんがとな。Buona notte」
 穏やかなボスの労いと挨拶に、「もっと日本を勉強しよう」とひそかに誓った部下達だった。





                                    Fin.


                                 2011. 5. 25




本当はもっとスマートに動ける人達だと思ってます
思ってるんだけど、こうなっちゃった・・・
キャバッローネ側近の皆様、
本当にごめんなさい!