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      ぼくにできること 
       
       
       
       
      「痛っ」 「我慢しろ」 「だって」 「我慢しろ」 
       痛いものは痛いんです。 
       返事は分かってるから思うだけにする。 
       練習が終わって部室に向かう途中で派手に転んで作ってしまった頬の擦り傷。お風呂上がりの薬の塗り直しは仕方ないけれど。 
      「どうして消毒薬ってこんなに沁みるんでしょう」 「うるせー」 
       手当してくれるヒル魔さんの機嫌が悪い。風呂場で僕が騒ぎすぎたかな。だって無茶苦茶沁みてヒリヒリするんだもん。 
       上体だけ向かい合う形でソファーに並んで座り化膿止めを塗ってもらう。『痛いのが嫌で手抜きするだろテメー』と言ったヒル魔さん。手当は丁寧だけど、痛いものは痛い。 
       カットバン貼って終了。 「ありがとうございました」 
      「ん」 
       黙々と片付けられる救急キット。きちんと整理されてて、見た目に新しい物が揃ってるっぽい。(うちのは使用期限の切れた軟膏とか入ってる事があるし) 
       ‥・・‥今までヒル魔さん、一人で手当とかしてたのかな。 「ヒル魔さん」 「なんだ?」 
       ヒル魔さんが救急キットから僕に視線を流した。 
      「僕がしますからね」 
      「‥‥何を」 
       視線だけじゃなくヒル魔さんの顔が僕に向けて動いた。 「ヒル魔さんが作った怪我の手当」 「うっかりモンのテメーと一緒にすんな」 「痛っ!!」 
       最後の『な』と同時にデコピンされた。 「ひどい〜、絆創膏貼るくらい僕だってできますよ!」 「うっかりモンでぶきっちょなテメーが?」 
       確かにうっかりモンでぶきっちょさんですけど‥‥ 
       キットを棚に置きに行く背中を見ながら呟く。 
      「ヒル魔さんなら自分でなんでも出来るって分かってますけど。でもヒル魔さんが一人で手当してるの想像したら寂しくって」 
「俺は別に寂しくなんか」 
「‥‥寂しいのは僕です」 
       ヒル魔さんの手が止まる。無言のままゆっくりとソファーに戻るとさっきと同じように座った。黙ったままのヒル魔さんにどうしようと思ったけど、不機嫌とか黙れって感じじゃなかったからぽつりぽつりと思い付くまま言葉にしていく。 
       小さい怪我はよくしていた。最初は母やまもりにしてもらっていたが、擦り傷程度ならそのうち自分でするようになった。二人の手をわずらわせるのが申し訳なかったし、よく怪我する自分が恥ずかしかった。 
       今だって不注意で怪我した事は恥ずかしい。ヒル魔に対して申し訳なさも感じている。でもどこか違う。 
「恥ずかしいより申し訳ないより、嬉しかったんです。‥‥だって大事に思ってない人の心配なんてしませんよね?」 
       大好きな人に大事にされて嬉しくないはずがない。 
       黙ったまま僕を見ているヒル魔さんの頬に指を当てる。自分が怪我したのと同じ場所。 
「誰にも触らせません。大好きと心配が同じ大きさなら、誰より僕が1番ですから」 
       だから僕に手当させて下さいね。笑いながらも譲れないと言い添える。 
       ヒル魔さんの目がフッと綻んだ。膝に置かれていた手が僕の目の高さまで上がる。 「‥‥しょーがねぇな、そんときは頼むとするか」 
       額、鼻先、唇、頬の順に親指が掠めていく。いつもならヒル魔さんの唇がたどる場所。 「心配されるって分かってんなら怪我なんかすんじゃねぇ」 「ごめんなさい」 
       目を閉じてヒル魔さんの温かい手に頬を擦り寄せた。そして唇に感じた熱。 「さっさと治せよ」 「ヒル魔さんが手当してくれたから」 
       アメフトは怪我を気にしてたら試合はおろか練習もできないスポーツだけど、好きな人の痛い様子は見たくない。同じように、好きな人に痛い様子を見せちゃいけないと改めて思う。 「すぐ治ります」 
       そうしろと頬を撫でてくれる『ヒル魔さん』が1番の薬かもって言ったら笑われるかな‥‥ 
       そうだ、忘れないうちに言っておかないと! 「でも、『治療』はちゃんとお医者さんに行きましょうね♪」 
       
       
       
                                         Fin. 
       
                                      2008.
      5.20   
       
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