alitare



 「食べたかったなんて思ってないし」
 『うんうん』
 「やりたかったとも思わないし」
 『そうだな』
 「あなたに言われるまで気付かなかったくらいし」
 『……そっかぁ、うぐっっ』
 グズグズ声が詰まった。
 さっきから鼻を啜る音も何度か聞こえてくる。
 正直ウザくて切ってしまいたい。
 しかし、用件を言ってないのでまだ切れない。
 どうしてこうなってしまったんだっけ……。


 風呂上がりにカレンダーを見て思い出した。
 日本の22時はイタリアの14時。
 それはふとした気まぐれだった。
 忙しければ出ないだろうと押した着信履歴。
 3コール目の後に『恭弥?!』と聞こえてきた。
 表情と同じくらい感情豊かなディーノの声。
 驚愕と困惑が入り交じり、それを上回る歓喜が声音に溢れている。
 一言告げて切るつもりだったのに、言う前に笑いが込み上げてしまった。
 『楽しそうだな』
 「うん」
 小さな笑いが届いたらしい。
 安堵に柔らかくなった声に頷いた。
 ………そうだ、ここで告げてしまえば良かったのだ。
 なのに、ディーノの『ちょっと待って、場所移すから』で失ったタイミング。
 『いい天気で嬉しい』
 『みんなが楽しそうで嬉しい』
 『でも恭弥がここにいないのが寂しい』
 弾む声の最後だけが落ち着いていて。
 「そうなの」
 「ふーん」
 「そんなの知らない」
 としか返せなくて。
 そのうち、きっかけがつかめずにイライラしてきた。
 さっさと聞いてくれればいいのに。
 そうしたら、用意した言葉を言えるのに。
 少し遠くに聞こえる子供のはしゃぎ声にディーノが笑う。
 (こっちは全然楽しくないよ)
 胸の内で悶々としていると、ディーノの問い掛けを聞き逃してしまった。
 『……でさ、恭弥もちっさい頃やったろ?』
 「やってない」
 するりと答えてしまっていた。
 あっ、と思いはした。
 けれど、大丈夫な気もした。
 ディーノは『恭弥も』と聞いてきた。
 自分がやったことを雲雀もしたのだろうと。
 違うことのほうが多いだろうに、どうしてそう思えるのか分からない。
 『え、やったことねぇって、なんで?』
 当て推量で言ってみる。
 「国も生活様式も違うんだからおかしくないでしょ」
 『いやだって、ツナん家行った時にツナの誕生日だからってマンマがでっかいケーキ用意してたし』
 あぁ、ケーキの話だったのか。
 『ジャッポーネだって誕生日にはケーキ食うだろ?』
 「僕は食べたことないけど」
 ディーノの疑問にさらりと答えた。
 それは虚勢でもなんでもないただの事実だったのだが。


 『でっかいの用意するからな』
 『今までの歳の分だけロウソク立てられるくらいのやつだぜ』
 『一緒にロウソク吹き消そう』
 鼻を詰まらせ、とぎれとぎれに熱く誓うディーノだが。
 大きなケーキなんて見ただけで胸やけしそう。
 100本越えのロウソクで穴ボコのケーキなんて無残にすぎる。
 ごうごうと燃え盛る炎を吹き消す前に酸欠か火傷しそうだ。
 「それにしてもなんであなたが泣くの」
 『だって、恭弥がパーティーやったことねぇって…』
 「うちはそういう方針だっただけだよ」
 『そんなん寂しいじゃねえか』
 「別に寂しいなんて思ったことないけど」
 『それは恭弥が知らないからでっ…んぐっ』
 自分で言って、想像して、泣いて。
 およそマフィアのボスらしからぬ言動にため息がこぼれる。
 それでも。
 『全部俺が祝ってやるから』
 楽しみにしてろと言ってるディーノのほうがよほど楽しそうで。
 群れで来たら咬み殺すと言うのが精一杯だった。


 次の来日時の手合わせを約束してると。
 『そういや、恭弥が電話してくるなんて、何かあったのか?』
 と、待ちに待った言葉が向けられた。
 しかし、その頃の雲雀は聞くのも話すのもうんざりになっていた。
 「別に」
 そっけない単語にもディーノは笑うばかりで。
 微かに聞こえたディーノを捜す声。
 『あ、そろそろ行かねぇと』
 声が聞けて嬉しかったと言った後、あっさりと電話は切れていた。
 手の中で通話時間を知らせるメッセージが光って消える。
 今頃、電話の相手はパーティーの主役が抜けるなとでも叱られているのだろう。
 電話してまで伝えようとした言葉は言っていない。
 が、目的は果たせたと雲雀は感じていた。
 「嬉しかったって言ってたしね」
 ディーノが喜ぶかなと思って電話をかけたのだから。


 おそらくディーノはやるのだろう。
 大きなケーキにたくさんのロウソクを立てて。
 1本くらいは消してもいいけど、残りは全部ディーノにやらせよう。
 息切れでゼーゼーしてる姿を堪能したら、言ってあげてもいいよ。
 一切れのケーキを乗せた皿を手に。

 「お誕生日おめでとう、ディーノ」





                                   Fin.

                                2013. 2. 5  


ボスが祝われてる話です。
そのはずです。 ・・・たぶん(笑)
雲雀さんちはお祝いをしないんじゃなく、
座敷で会席膳とか前にして『今年も1年精進します』的なことを
言ったりするんじゃないかなと。