決めちゃいました 
       
       
      
        
          
             
             
              パンパンと拍手を打った(というより手を叩いた)セナは、いつもより長い間手をあわせている。 
 年越しから昼過ぎくらいまではそれなりにいただろう初詣客も、夕方になった今は参道にも境内にも見当たらない。屋台も出ない町の小さな神社ならこんなもんだろう。 
 社務所も少し離れた所にあるから、境内には俺とセナの二人だけだ。時折風に揺れる枝の音が聞こえる。 
「お待たせしました」 
 声に横を見ると、寒さに鼻の頭を赤くさせたセナがこちらを見上げていた。 
 視線が合ったのに微笑むと、軽く腕を引いてくる。逆らわずに動くとまた笑う。 
 出会った頃は何をするにも周りを気にして、ビクビクと怯えていた。何度イラついてキレたことか。 
 それが今やアメフト界の期待の星。たまにきょどってしまうのもご愛嬌の人気者へと成長した。 
 フィールドで走るこいつの姿に感じる興奮はチームを違えたからこそ。正面からぶつかる時の高揚感は何度でも味わいたいくらいだ。同じことを思ってる奴らがいることも知ってる。まあ言ってやったことはないが。 
 だが、セナが見せる別の一面。 
 甘える仕種に手が惑うことが多かったのは昔。今はこっち方面も成長したセナは、態度も笑顔も素直になった。 
 セナの両面を目にできる優越感を覚え、優越感を持つ自分に苦笑がもれる。 
「どうかしました?」 
「なんでもねぇよ」 
 人間変わるモンなんだなと思っただけだ。 
             セナの目に浮かぶ「聞いたらダメ?」は読み取れたが、改まって口にするのもどこかむずかゆい。 
「今年はやけに熱心だったな」 
「熱心?あ、さっきのですか?」 
 別の話を振られてセナはあっさりのった。俺に答える気がないのが分かったから、頭を切り替えたんだろう。本当に成長したもんだと関心する。 
「した後に、願い事にしてもいいのか悩んじゃって。結局いつもと同じにしちゃいました」 
 試合結果は自分で勝ち取るものだと言ってから、セナは家族や友人の健康祈願しかしてないと知っている。ならば、取りやめた願いも自力でなんとかすると決めたんだろう。 
 聞いてみたいが、聞き出したいわけじゃないからふーんと応えた。すると、決意を宿した目が俺を見上げた。 
「ヒル魔さん」 
「なんだ」 
「おめでとうございます」 
「?あーあけおめ?」 
「違います。今日はヒル魔さんの誕生日だからおめでとうなんです」 
「……なんだそりゃ」 
 何を言い出すかと思えば。 
「だってヒル魔さん何回聞いても教えてくれないから!」 
 実はこのやりとりは何度も交わされている。セナが神頼みに走ろうと思うくらいには。 
「僕はおめでとうって言いたいだけなのに」 
「面倒くせぇ」 
「おめでとうを聞くだけの何が面倒臭いってゆーんですか」 
 セナが頬を膨らましブツブツ文句を言ってくる。セナはそう言うが、俺の予想はその先を指していた。 
 言うなと言わなくてもセナは黙っているだろう。だが、黙っていれば大丈夫かと言うとそうもいかない。 
 基本的に隠し事の出来ないセナだ。特に女連中あたりなら、つついて口を割らせるのは無理でも言葉の端から読み取るくらいはやる。そうなると芋づる式だ。想像するだけで疲れる展開は目に見えている。 
 うんざりな予想図を振り払い横に目をやると、うっすら赤い頬の膨らみがあった。突いたらもっと膨らみそうで、それを止める理由もないから実行する。止めて下さいと怒られても、赤く丸く膨らんだ頬には笑うしかないだろ。 
 笑うばかりの俺に文句を諦めたのか、セナがため息をつき肩をおとす。 
「もういいです。1月1日がヒル魔さんの誕生日。あけおめでハピバです。僕が決めました。1番が二つだし、これならおめでとうも1回で済みますよ。いいですよね!」 
 その勢いに楽しくなってくる。いいもなにも。 
「決めたんだろ」 
 成長したとは思っていたが、目を合わせて向けられる笑顔には強かさまで浮かんでいる。 
「これからは毎年おめでとうって言わせてもらいますから」 
 嬉しそうにセナが笑う。 
「おめでとうだけか?」 
「え?」 
 俺の一言に笑顔が固まった。 
 ニヤリと笑うと固まったままのセナの顔色が変わる。 
「祝ってくれるってことはプレゼントくらい用意してるよな」 
「プ、プレゼントですか?それは、あの…」 
「無いのかよ。恋人の誕生日だってのに冷たい奴だなぁ」 
「あのですね、それはですね、ヒル魔さんの好みとか予算とか考えてたら決まりそうになくってですね」 
「まさかテメーが釣った魚にエサもやらないタイプだとはな」 
 俺も見る目が落ちたなと歎いてみせる。 
「ゴメンナサイ〜!だってだってヒル魔さんの喜びそうなモノなんて僕じゃ手が出なかったんです〜〜〜」 
 スピードの落ちていたセナの足が完全に止まる。 
「そんなもん気持ちだろう」 
「だって渡すからには喜んで欲しいですし」 
「肝心のモノがなけりゃ喜びようもねーがな」 
「だって〜…」 
 渡す気はあったのか。手ぶら(?)も一応考えた結果のようだし。 
「仕方ねぇから勘弁してやるか」 
 涙目がそっとこちらを見上げてきた。疑いの色濃い眼差しは付き合いの長さからきたものか。 
 期待されたら応えなきゃいけねーな。 
「ケーキ」 
「はい?」 
「誕生日っつったらやっぱバースデーケーキだろ」 
「…ばーすでーけーき」 
「生クリームで真っ白で真ん丸のアレな。んでイチゴが乗っててよ。あ、妖一くんお誕生日おめでとうってチョコのプレートもつけて」 
「無理です」 
 即答だった。 
「明日ならともかく元日ですよ?!店なんて開いてませんよ!」 
「こんなささやかなおねだりだってのに」 
「どこがささやか?!無理無理無理絶対無理ってか全然許す気ないでしょうヒル魔さん!!」 
「疑い深いねーセナ君は」 
「っっっ!!!」 
 睨むセナは真っ赤な頬と涙目だ。おかしくて笑ったら更に頬が膨らんだ。 
「祝ってやるっつったのはテメーじゃねぇか」 
「言いましたけど!」 
 うーうー唸る様を堪能しているうちに鳥居をくぐり抜ける。少し先にコンビニの明かりが見えた。 
 来年もその次もこうしてこいつと一緒に歩く。約束や決まり事ってやつは好かねーが、こんなことなら悪くない。 
「あそこで1番高いケーキな」 
 俺の言葉にセナの顔がパァーと晴れた。 
 うん、悪くない。 
 
             
             
             
                                                Fin. 
             
             
                                         2012. 1. 1 
             
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      とうとうヒル魔さんのプライベートは 
      明かされないままでしたから。 
      こんな捏造もありだよねー! 
       
      2012年もよろしくお願い致します。 
       
       
       
       
        
       
       
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