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      守ってほしいの  
       
       
       
       ガチャガチャと鳴る音がうるさい。雲雀は手元の日誌に集中したいのに、耳障りな音がだんだんと激しくなる。 
だが、止まらないそれよりもっとやかましいのはディーノだ。 
「恭弥ぁ、なんでドア閉めてんだよ〜」 
開けてくれよーと聞こえるが無視だ。だいたい、応接室のドアに鍵はかかっていないのだし。 
「そこにいるのは分かってるんだぞー。居留守なんてしても無駄だぞー」 
なんだか古臭い刑事ドラマに出てくるような台詞だ。刑事でもヤクザでも使えそうだが、マフィアのボスが口にするには少々陳腐に過ぎるか。 
日誌の確認を諦め、執務机の上に開けていた日誌を閉じる。 
雲雀はドアの向こうに声をかけた。 
「空いてるよ」 
「恭弥!」 
すると、先程までの拗ねたような口調から一転したディーノのはずんだ声。そんなふうに名を呼ばれた雲雀の頬も思わず緩む。 
「なぁ、開けてくれよ。早く恭弥の顔が見たいんだから」 
雲雀はディーノに会って、初めて「甘い声」というものを知った。雲雀の耳に届くそれは雲雀まで甘い何かに変えてしまいそうで、嫌いじゃないがいつもどこか落ち着かない。 
雲雀をおかしくするその声に、腰が浮きそうになるのをグッと堪える。 
「だから、空いてるって言ってる」 
本当に鍵はかかっていないのだ。 
ただし、別の装置のロックがかかっている。 
「なぁ、恭弥ー。俺なんかした?」 
「心辺りあるの」 
「ないから聞いてる」 
「なら、ないんじゃないの」 
「えー教えてくれよー」 
それくらい自分で考えろ。 
教えたら意味が無いので雲雀が黙ると、焦れたディーノがドアを叩き始めた。 
「恭弥くーん、ここ開けて下さーい」 
ドンドンドン、ドンドンドンと低い音がとディーノの声が応接室に響く。 
どうしてそこで「拳」を使う。いや、「拳」には違いないが、雲雀が聞きたい音は「ドンドン」ではない。 
あと一歩だと思いつつ、雲雀はため息をこぼさずにいられない。 
すると、少し軽目に叩かれたドアからカチリとロックの外れる音がした。 
「おっ、開いた!恭弥会いたかったー!」 
「やり直しだよ」 
歓声と同時にドアを大開きにしたディーノにトンファーを投げ付けた。 
「うわっ、あっぶねーなー!」 
上体をのけぞらせた体勢でハァハァと息を切らせてディーノが叫ぶ。 
雲雀は頭を狙ったのだから危なくて当然だ。 
それに危ないとか誰がどの口で言うのだ。余裕でかわしたくせに。ムカつく。 
避けるために後ずさりしたが、再び閉め出されることを警戒してか、ディーノの片足は室内に残っている。 
雲雀の目線がディーノの足元にいったのに気付いて、ディーノは待て待てと雲雀をなだめはじめた。 
「ずいぶんご機嫌斜めだな。俺、なんかやった?」 
「やってない」 
「だったらどうして」 
不思議そうに聞かれ、雲雀の心が折れそうになる。 
これは雲雀が望むことたが、ディーノのためでもあるのだ。ディーノが自分から気付かなければ意味が無い。そう思い、雲雀は言いそうになる言葉を飲み込んでいたのに。 
「俺が出来ることならなんでもするから言ってくれ」 
ドアの影に隠れつつという非常に様にならない格好のくせに、甘い顔が甘い声で雲雀を気遣うからとうとう雲雀は叫んでしまった。 
「やってないから駄目なんでしょ!」 
「……はい?」 
 
 
いつもいつもディーノはノックをせずにドアを開ける。 
『入室の前にはノックをする』 
何度も何度も雲雀は注意した。そして、その度ディーノは「今度から気をつける」と言っては雲雀を落胆させてきた。 
「言ってもダメなら、やれるようにさせりゃいいって俺が手助けしてやったぞ」 
ソファーで湯呑みを前にしたリボーンを見つけたディーノがドア前で硬直した。 
窺うように執務机についている雲雀をチラリと見るが、いつものように突進はしてこない。 
相変わらず赤ん坊には頭が上がらないのだなと思いつつ、どうするのかと雲雀が無言で見ていると、ディーノは脱力したあと全力でため息をはいた。 
「なんでリボーンがここにいるんだよ…っいてっー!!」 
リボーンがディーノの頬に鮮やかな蹴りを決める。軽やかな宙返りで元の位置に戻ると、雲雀の用意した玉露を美味そうに飲み干した。 
「さっき俺が言ったこと聞き流しやがるなんてエラクなったモンだなヘナチョコ。だいたいマナーのなってない奴が生意気な口叩くんじゃねー」 
なんとか踏ん張ったおかげでドアには激突しなかったディーノだが、頬を押さえた指の隙間からは赤々と靴跡が残っているのが見える。 
実はディーノが来る前からリボーンは応接室にいたのだ。仕掛けの確認と元教え子の反応を見るために。 
結果がこの通りなのが雲雀も残念で仕方ない。 
「ヘナチョコに磨きかけろなんて言ってねーぞ。なんだ今日のざまは。ドア一つ開けるのに何分かかった?」 
「約10分かな」 
雲雀の応えにため息とともに首を振る様が雄弁に「情けない」と語っている。 
「元教師に恥かかせやがって。不出来な奴ですまねーな雲雀」 
「赤ん坊は悪くないよ」 
悪いのはノックすら出来ないディーノである。 
ドアの前から動けずにいるディーノが不満そうに雲雀を見て言う。 
「だからってさ。『ノックしないと開かないドア』なんてみんな不便だろ」 
「不便なのはあなただけだ」 
えー、と不審そうに見てくるが事実だ。 
取り付けてから風紀委員はもちろん、何人もの生徒や教員が訪れたが、ドアを開けられなかった者はいない。仕掛けをドアの中に仕込ませたので、そんなことになっていると気付いた者も皆無だ。 
「そろそろ俺はお昼寝の時間だから帰るぞ」 
ソファーから立ち上がったリボーンが窓際に移動する。 
「手間かけさせて悪かったね。貸しにいておいて」 
「雲雀に貸しとは悪くねぇな。まぁ今回はいつもうちのダメツナが世話になってるってことでチャラにしてやる。まったく、お前ら兄弟弟子そろって手のかかる奴らだな」 
ヒラリと窓枠に飛び乗ったリボーンの大きな目が危険に光る。 
「おいヘナチョコ。テメーが馬鹿なせいで雲雀に貸しを作らせたこと、肝に命じておけよ」 
そう言ってリボーンはディーノに釘をさすと、チャオチャオ〜と言い残して窓からヒラリと姿を消した。 
 
 
リボーンが去ってしまうととても静かになった。雲雀はそれに何故か違和感を感じ、室内に目を戻すと理由が分かった。 
「…座るか出てくか決めなよ」 
雲雀に言われ、立ち尽くしていたディーノが「座る座る。…失礼します」とソファーにもそもそ腰を下ろした。 
そして、ソファーに来ようとしない雲雀にどうした?と聞いてきた。 
「外さないから」 
雲雀の端的な言葉に一瞬の間をあけて、何かに気付いたようにディーノが頷いた。 
「あぁうん、ドアな。いいよそのままで。ホントに次から気をつけるから大丈夫」 
小さい「たぶん」という言葉も聞こえたが、さすがに疲れた様子のディーノに知らんぷりをしてやることにする。 
トントンと空いている隣を示し、ディーノがおいでと手を差し出す。 
「怒らないの」 
「んー?怒る理由がないぜ?」 
だから早く恭弥を堪能させて。 
そう言って雲雀を呼んだ瞳には甘い色しか浮かんでいない。 
立ち上がり机を回り込んでソファーに向かう雲雀に、ディーノは目を細める。 
横に座った途端に雲雀はディーノの腕の中に囲われた。 
「…ノックすれば開くから」 
「うん」 
「次からちゃんと守って」 
「うんうん」 
ぎゅうぎゅうに抱き着かれて少々暑苦しい。 
「ごめんな。でも俺は1秒でも早く恭弥に会いたいだけなのは分かってくれよ」 
「ノックなんて数秒でしょ」 
「数秒すら惜しいんだって」 
頭にほお擦りされてキラキラの髪が雲雀の目の端にチラチラと写る。 
キラキラの髪は雲雀のお気に入りだがそろそろうっとうしくなってきた。 
「マナーを守れない人は嫌いだよ」 
雲雀が顔をグイグイ押しやっても「イタタタ」と言うだけで、巻き付けられたディーノの腕は離れない。 
体格や力の違いにムカついて足を踏もうとしたら、ようやく熱すぎる体温が離れていった。 
「恭弥に嫌われなくないから気をつけます」 
「そうして」 
殊勝な返事に雲雀も頷く。 
それを見たディーノが再び雲雀に抱き着くが、先程とは違うほんわりした抱擁だった。 
馴染んだディーノの温かさと匂いに、今回はこれでよしとするかと雲雀はそっと目を閉じた。 
 
 
       
       
                                         Fin. 
       
                                      2012.
      12.15   
       
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