楽しい。 
       文句なしに楽しい。 
       慣れない我慢もしてみるもんだ。 
      『情けは人の為ならず』って本当だったんだな。 
       
       
       練習が終わり、そろそろ帰り支度もすんだ頃。 
      「お願いがある」と言ってきたセナに、俺はチャンスが来たと正直喜んだ。 
       俺とセナはいわゆる「お付き合い」という関係になっているが、進展具合はというとさっぱりに近かった。 
       それというのも、テメー本当に高校男子かと叫びたくなるくらいセナが奥手だったせいだ。 
       初めてキスしようとした時なんか、驚いたセナに突き飛ばされた。 
       あまりの事に呆然としてしまったが、突き飛ばした本人は超ダッシュで逃げ去った後。 
       誰も居なくなった部室で座り込んで動けなかった俺を誰も見ていなかった事が、せめてもの幸いだったかもしれない。 
       翌日、朝一番に真っ赤な顔をして謝ってきたが、緊張でガチガチなのが丸分かりで怒る気も失せた。いつものように頭を撫でてやるとホッとした顔ではにかんで微笑むから、急に仕掛けた俺も悪かったなとまで思ったし。 
       しかし、これでちょっとはソッチ方面へ意識が行くかと思いきや。 
       ピッタリくっ付くかって位まで近寄っても全然気にしないくせに、触ろうとすると途端にパッと離れてしまう。これが練習でフォームを直すとかなら腕をつかまれようが何されようが平気だというから理解に苦しむ。 
       怯えているのとも少し違うようだが、だからかえって手が出しづらかったのかもしれない。 
       そして「友人以上(俺が思う)恋人未満」の関係がしばらく続いたある日。 
       
       
      「PC教えて欲しい?」 
      「はい。授業でもやってますけど、どうにも僕とろくさいし」 
      「とろくさいのはPCだけじゃねぇだろうが」 
      「そ、それは言わないで下さいよ」 
       笑ってからかうと恥ずかしがって赤くなるので、より幼く見える。 
       可愛いからいじめるなんて幼稚園児か小学生みたいだが、実際可愛くて止められないのだからしょうがない。 
      「で、プログラムの作成か? ハッキングか? 何が知りたい」 
      「いえ、あの、その・・・」 
      「新作のプログラム作ったら他校のPCに送りつけるのも楽しそうだな。王城の高見とかならデータ管理もPCでやってそうだしな」 
      「それってまさか、ウィルスを作れって言う事ですか?」 
      「プログラムがたまたまウィルスになる事もあるかもなぁ」 
      「犯罪じゃないですか!」 
      「あ? 俺に教わろうってんだ。これくらいやるつもりなんだろ」 
      「ちちち、違いますよっ」 
       ダラダラ汗を流して首を振るセナが、小さな声で言ったのは。 
      「・・・」 
      「・・・ヒル魔さん?」 
       ビシッ!!! 
      「あうっっっ」 
       きついデコピンを食らったセナは、額を押さえてうずくまった。 
      「どんな高度なテクを聞きたいのかと思えば、タイピングだぁ?!」 
       この俺が直々に指導してやろうってのに、タイピングだと? 教えるも何もあったもんじゃねー! 
      「そんなもんはな、ひたすら打って打って打ちまくって慣れるしかねーんだよ」 
       恨めしそうな涙目でにらまれたって折れてやらねぇぞ。 
      「僕にはそんな難しい事ムリですよ」 
      「やってみなくちゃ分かんねーだろうが。そもそも、なんだって今更タイピングなんだ」 
       小学生から授業でPCを扱ってるようなご時勢だ。遅いながらも授業についていけないって事はないだろうに。 
      「・・・難しい事はムリですけど、データの打ち込み位なら出来るかもしれないし。そしたらヒル魔さんのお手伝いがしたいなって」 
       しかめていた顔がほんわりとほどける様に笑顔になる。 
       ・・・コレはちょっとキたな。 
      「テメーはフィールドで役立ってるだろ」 
      「試合で頑張るのはどっちかって言うと皆で勝ちたいからって言うか、僕が走りたいからってのもあるし。 あっ、ヒル魔さんの為じゃない訳じゃ全然なくって、えーとえーと」 
      「分かった分かった」 
       つまりゲームは自分の為、仲間の為、ひいてはデビルバッツの為って事で、俺だけの為に頑張ってる訳じゃないって言いたいんだな、きっと。 
       俺はそれで十分満足してるんだが。 
      「僕たちヒル魔さんに頼りきりな部分が多いし。少しでもお手伝いできたらなって思ってたんです」 
       頬を染めて呟くセリフに、俺までつられて照れそうになる。 
       いままで俺の周りには居なかった「健気」というタイプに、勝手がつかめないっつーか。別に全く居なかったわけじゃないが、その「健気な好意」が「自分」に向けられた事がなかっただけで。 
       言葉に詰まった俺は、セナの髪を乱暴にかきまぜてやった。 
       仕方がないとひとつ息を吐くと、閉じていたノートPCを立ち上げ検索をかけた後に一つのソフトをダウンロードする。 
       落としたソフトを起動してクルリとセナの方へ向けた。 
      「ほらよ。この辺で練習してみな」 
      「・・・ありがとうございますっ」 
       もう怒りの感情なんて何処へいった?の空気に自分でも呆れてしまうが仕方ない。惚れた弱みってのはこーゆー事なんだろうな。 
       
       
       どうやら指の置き方を気にしがちのようだったので、単語重視の簡単なソフトをやらせてみた。覚えてしまえばどの指でどのキーを打とうがソイツの勝手だ。 
       さっきまで自分が座っていた椅子にセナを座らせて後ろから様子を伺っていたが、どうも小指辺りのキーが苦手なようでミスを連発していた。 
       指摘しようと顔を近づけた途端。 
      「うひゃあ!!」 
       声と同時にセナの全身がビクッと跳ねた。セナの耳辺りに顔を寄せていたので、あやうく肩でアッパーくらうトコだった。 
      「ごごご、ごめんなさいっ! 大丈夫でしたかっ」 
       セナは腰をひねって振り向き、顔を真っ赤にして謝ってくる。 
      「ちょっと驚いちゃってっ、ごめんなさいっ」 
      「大丈夫だ。ホラ、続けろ」 
      「はい・・・」 
       言われて大人しく前を向き、再び練習に励みだす。 
       さて、先ほどいいそこねた小指の件をどうやって切り出そうかと思案していると、セナの肩が妙に緊張している事に気付いた。 
      「肩に力、入りすぎてるぞ」 
       軽く肩を揉むようにすると、さっきほどではないがやはりピクリと反応した。 
      「あ、ありがとうございます」 
       今度は軽く首だけ動かして仰ぎ見てくる。 
       その首の傾げ方が可愛いなんて腐った事を思っていて、ふと思いついた。 
       もしかしてもしかすると・・・? 
       なるべく優しい声で、警戒されないようにそっと手を動かす。 
      「す、すみません、肩なんか揉んでもらっちゃって」 
      「気にすんな。姿勢が悪かったりすると目にも身体にも良くないから気をつけろよ。ただでさえ練習で体使ってんだ。溜め込む前にすっきりさせとかねーとな」 
       肩から首、こめかみと軽くほぐすように押していく。 
       最初は恐縮していたセナだったが、段々気持ちよさの方が強くなってきたらしく表情がウットリしだした。 
       さーて、こっからが勝負どころだな。 
       首を揉む時に、手は耳をかすめるように。 
       鎖骨の辺りを押す時に、そのまま指をすべらせる。 
       こめかみから手を離す時に、軽くあごに触れていく。 
       気持ちよさから目をつむったセナだったが、徐々に表情の違いが滲み出した。 
       跳ねる肩。 
       寄せられていく眉。 
       震えてうすく開かれた唇。 
       かすかに乱れだした呼吸がセナの状態を正直に表している。 
       実はセナは「超敏感さん」だった。 
      「顔、赤いぞ? 熱でもあんのか」 
      「ぼーっとしますけど、そんなに顔赤いですか?」 
       自分の状態がよく分かっていないようなセナはぼんやりとした口調で聞いてくるが、ここでばらす事もねーし。 
      「熱はなさそーだな。だいぶ時間とっちまったな、そろそろ帰るか」 
      「はい、ありがとうござした」 
       どこかふわふわした感じのセナがほにゃっと微笑んだ。 
      「たいした事じゃねーよ」 
       そっけなく言うものの、俺は内心小躍りしそうなほどだった。 
       最初に大声で叫んでしまったのは、急に耳元に俺の顔が近づいて、髪が耳をかすりでもしたんだろう。そして肩を揉んでる時の反応。 
       ゆるみそうになる口元を必死で引き締める。 
      「最初に言ったがな、タイピングなんて慣れるよりほかねーんだ。また練習後にでも続けてやるぞ」 
      「いいんですか? あ、でも僕がPC使ってるって事はヒル魔さんの邪魔してる事になるんじゃ」 
      「俺の手助けする為の練習だろ。ひいては俺の為だ」 
       それにお楽しみがないわけじゃない。 
      「はい、頑張ります」 
       嬉しそうに笑うセナ。 
       俺も嬉しいぜ。こんな美味しい状況が転がり込んでくるとはな。 
       セナと一緒にいられる時間が増え(しかも堂々とした理由で姉崎も文句をつけようがない)、「教えてもらっている」という事で更に信頼度が増し、将来が楽しみなセナの開発も出来る。一石三鳥だ。 
       お預けをされていたようなものだが、その分じっくり手間隙かけて美味しく頂けるようにしてやろうじゃないか。 
       これからの計画を頭の中でシュミレーションしながら、自分の鞄を持って入り口で俺を待つセナに向かって歩き出した。 
       
       
      「ヒル魔さん・・・」 
      「ん? 打ちにくいか? 椅子の高さ変えるか」 
      「いえ、高さが問題じゃなくってですね・・・」 
       言いたい事は分かっているが、あえて知らぬふりをする。 
      「それじゃ続けるぞ。テメーはここら辺りのキーにミスが多いんだ」 
      「は、はい」 
       囁く声は耳元で。 
       キーボードに乗せた手に被せる様に自分の手を添える。 
       もう片方の手は抱えた胴を支えるように腋へ。 
       セナは恥ずかしがりながらも断わり切る事もできずに、俺の腿へ座ってPCに向かっている。いわゆる「お膝抱っこ」の状態だ。 
       セナも最初は強固に固辞したものの、そのほうが俺が教えやすいからと押し切られて今に至る。横に並んで座っても画面の見え方は似たようなもんだし、同じ目線くらいの方が色々と目に付きやすいからとやや強引に。 
       本当の俺の目的はもちろん違う。 
       照れるセナに身体を密着させて事あるごとに触り、敏感なセナを徐々に慣らしていく事だ。 
       何度か続けた成果か、先日は終わり際にキスを仕掛けても逃げずに身を預けてきた。 
       そのまま押し倒してやろうかとチラリと思ったが、がっついてまたガチガチになられるのも困るので辛抱してやった。 
       タイピングも徐々に上達してきた事だし、もっと詳しく教えてやるといって俺の部屋に連れて行こうかと検討中だ。 
       しかしセナの反応が楽しくて、もう少し続けようかとも思ってみたり。 
       身が入りだすと前に意識が集中して自然と猫背になっていくセナの背骨に沿って、すーっと指を滑らせた時なんかもうたまらんくらいだった。 
       勢いよく背が反り返って肩から腰まで全身が震えていくのが分かり、もれた声も驚きとくすぐったさと、本人も気付かぬほどの艶が混じっていた。 
       文句なく楽しい。 
       少々変態っぽい気がしないでもないが、お預けをくらった分のご褒美だと思うようにした。慣れない我慢もするもんだ。 
       目の前で好成績をだしたセナが嬉しそうに微笑みかけるのに、頭の中をアレコレでいっぱいにしながらも顔だけはにこやかに応えてやる俺だった。 
       
       
       
                            Fin. 
       
                           2007. 3.21  
       
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