『 破られた夢 』




「あれ、ヒル魔さんタバコ吸いましたっけ?
 積まれた資料の下から、つぶれた箱の角が覗いている。
「吸わねー」
「そうですよね」
 小動物みたいに首傾げるセナの頭上に浮かぶハテナマーク。
 紙を持ち上げセナが取り出した箱には、まだ数本残ったいる。
「吸わねーけど、使うからな」
 タバコってのは持ってるだけで「いかにも」な印象が作れる。盛り場や少々怪しげな場所に溶け込むにはもってこいなアイテムだ。
だが演出としての小道具だから、開いてはいるが吸って消費はしていない。
 まだ分からないらしいセナに「糞猿の時みたいにな」と振ると、思い出した様子で納得の顔になった。
「ヒル魔さんが体に悪いことするはずないし」
「百害あって一利無しってな」
 それに今はなんといってもアメフト選手である。
 スポーツマン精神はどーでもいいが、体に悪いと分かってるモノに手を出すなんて馬鹿はしない。
 箱を手にしたまま、セナがポスンと胸に飛び込んでくる。
「タバコの匂いするか?」
 首を振ると、さらに擦り寄ってきた。
 本当にちっせー生き物みたいなヤツだなぁと感心してしまう。
「ヒル魔さんがタバコ吸ってないって知ってましたけどね」
 俺の胸から顔を上げ、セナが笑う。
「ヒル魔さんとキスしてもタバコ臭くないし」
 …小動物のクセに、たまに繰り出すパンチは破壊力抜群なのを忘れてた。
「ふーん、テメーにタバコの味が分かるとはな」
 俺は吸ったことが無い訳ではない。米軍基地に潜り込んだ頃に、それこそ一通りは済ませている。
 だが、ビビりで泣き虫だったセナがタバコに手を出していたとは考えられない。あーゆーなは大人ぶりたいガキが試すモンだ。
 知らねークセにと皮肉に思い笑う。
 すると。
「うーん、忘れかけかも」
「ん?」
 今なんつった、コイツ?
 腕の中でゴソゴソするから開放してやれば、ヨレヨレの箱を手に、慣れた手つきで底を叩く。
 ポンと頭を覗かせた1本を取り出し、指で挟む様はどうみても初めてタバコに触る人間ではない。
「ヒル魔さんが銃でやるアレ、僕はコレでやってましたよ〜」
 …銃でやるアレっつったら、手慰みに回すアレのことか?
 ほらっ、とクルクル回して得意げにセナが笑う。
 いやいや待て待て待て!
「…テメー、吸ってんのか」
 聞かれたセナは目を丸くして俺を見た。
「まさか!吸ってもイイコトないじゃないですか」
「そ、そーだよな」
「タバコなんて小学生で卒業ですって」
 …………セナくん?
「それともヒル魔さん、タバコ味のキス、お好きですか?」
 どこからかガラガラと音が聞こえる。
 ……夢が破れるときって、ホントにこんな音がするんだな。


「あーーーっ、鍋がっっ!」
 ………鍋がどうした?
「あっ、起こしちゃいました?」
 そりゃ起きますよねーとしょげるセナがキッチンからこちらを見る。
 ソファーから身を起こすと、カーテンの隙間から陽が差し込んでいるのが分かった。
「夕べは遅かったんですから、もう少し寝てて下さいね」
「…いや、起きる」
 データのまとめやなんだかんだで、セナの隣に潜り込んだのは何時だったか。一応8時には起きたが、どうやらうたた寝してたようだと、ぼんやり頭が回り始める。
 夢で聞いたガラガラは、セナが鍋を落とした音だったようだ。
 そうだ、さっきのは夢だと安堵する。
 別に純粋培養なセナを望んでる訳ではないが、なんとなくイメージが、な…。
「ヒル魔さーん。机の上の資料、隅に寄せましたよ」
「ん、分かった」
 見やると、雑多に散らばっていたのができるだけそのままにずらされている。
 そして積まれた資料の上には。
「ヒル魔さんタバコ吸いましたっけ?」
 そっと視線を流せば、不思議そうなセナがこちらを見ている。
 ………夢なら覚めてくれねーかな。




                                2010. 2. 11

                      Fin.




未成年はタバコ吸っちゃダメです!!!
体にイイ事ひとつもないよ。
こんなSS書いておいて言うセリフじゃないかな・・・
でも大人だってイイコトひとつもないしね。