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Candy Kiss
丸みの残るセナの頬が右、左と交互に膨らむ。合間にコリコリと小さい音が鳴っている。
部誌を書いていたセナが顔を上げると、ジッと見つめるヒル魔の視線とぶつかった。
「ふいまへん、うるさかったでふか」
口に物を含んでいるので、微妙に舌がまわっていない。
「気になるほど大きかねぇが」
途切れた声にセナが首を傾げる。
「ずっと食ってるな、ソレ」
そんなに美味いのかと聞かれて、傾げた首を反対側に倒した。
「前から食べてたんじゃじゃないんでふけど、最近はじゅっとかばんに入れてまふね」
セナがしゃべる度にカラコロと小さな音が聞こえる。
がさがさとかばんを探り、セナは取り出した小袋を差し出した。
「ヒル魔ひゃんも食べまふ?」
小 袋には透ける茶色に光る飴が一つ。
「いらね」
差し出された物をちらっと見て即答するヒル魔に「やっぱり」と笑うセナ。出した物をかばんに戻そうとしたが、手を止めると思い直したように机に置いた。
「まだ食うのかよ」
「なんか口寂しいんですよねー」
口内にあるものが小さくなったのか、セナの発音もハッキリしだす。乾燥させた梅の実をべっこう飴でつつんだ飴が最近のセナのお気に入りだった。
「甘い飴でホッとするでしょ。で、すっぱい梅にキュッて目が覚める感じがいいんですよ〜。コレ食べるとなんか好きなモノと似てる気がして ・・・うん、大好き♪」
そう言うと、ほわんとセナは微笑んだ。
自分の台詞にピクッと反応したヒル魔には気付かず、セナは残った梅の種を丁寧にティッシュに包んで捨てる。
部誌はあと少しで書き終わる所まで出来ていたので、食べようかどうしようか悩んでいるセナを見てヒル魔が声をかけた。
「それくらいすぐ溶けるだろ、さっさと部誌書いちまえ」
「そうですよね」
そして嬉しそうに横に置いていた袋を破り、取り出した新しい飴を口に含んだ。口に入れた飴の甘さにほわほわ顔のセナは、横目で見つめるヒル魔に気付く事なく部誌に集中しだした。
「ヒル魔さん、終わりました」
部誌を書き終えたセナが声をかけると、ヒル魔がノートPCの電源を落とす所だった。
「じゃあ部誌、職員室に持ってきます」
「待て」
「はい?」
止められると思わなかったセナが振り返る。自分とセナのかばんを持ったヒル魔がすぐ後ろに立っていた。
「糞甘いの、口に残ってんじゃねぇか」
「あ、はい」
確かに溶けきらなかった飴がまだセナの口内に残っていた。
「ここで捨ててけ。校内への菓子の持ち込みは禁止だからな。口に入れたまんまじゃ言い訳も通用しねぇし」
そう言いながらガムを噛むヒル魔の姿に説得力はないものの、確かにそんな校則もあったと思い出した。しかし。 「捨てるんですか〜」
セナがもったいないと目で訴えても、ヒル魔の目はさっさとしろと切り捨てる。それでも諦めがたくてなんとか舐めきろうと左右に転がすも、溶けた甘味が口に広がるばかりであった。 「すぐになくなる訳ねーだろ。ほら捨てろ」 「んーんー」 「捨てろっつってんだっ」
「だって、あともうちょっとなのにーっ」
「・・・・・・捨てろって言ったよな」
急に低くなったヒル魔の声にセナの顔から血の気がひいた。
「だって、もったいないしっ!」
「俺より飴が好きなんだろ?」
「・・・どーしてそーなるんですか?!」
ヒル魔からでた『好き』の単語に青かったセナの顔が一気に赤く染まる。照れ臭くてなかなか口にできない言葉だから免疫がないのだ。またその言葉がサラっとヒル魔から出た事にも驚いて、セナの頭はパニック状態だった。
「この飴は確かに好きですけど、ヒル魔さんとは比べられないし、えーっと、えーっと」
セナは必死に言葉を探すが、そもそも飴と恋人を天秤にかける事自体おかしいとは思い付けないらしいかった。
「その様子だとやっぱり俺より飴って事だな糞チビ」 「比べられないんですってばっっ」 「まだ言うか、この口は」 「やめて下さい〜」
ヒル魔が片手でムニョっと両頬を掴む。セナが涙目で抗議しても、タコの口にされた顔が笑いを誘ってしまう。
「なら、しょーがねぇな」
しょーがないの言葉と裏腹なヒル魔の表情に、何か良からぬ事を考えついたとセナは逃げの態勢をとろうとするが遅かった。 「えっ、いたっ、・・・むーーーーっ!!!」
急にあごをつまれ、首が痛いと思った時にはすでに唇は塞がれていた。しかも薄く開いていた隙間から遠慮なくヒル魔の舌が入り込み、好きなように暴れ回る。何がなんだか分からずにヒル魔の腕を叩いてみても、それで止めてくれる相手なわけがなく、セナが酸欠で力が抜けてくる頃にきてやっとヒル魔はセナを解放した。 「糞甘ぇ」 「・・・種は甘くないでしょ」
恨めしげなセナのセリフにヒル魔の口角が上がり、チラリと覗かせた鋭い歯の間にはセナから奪った梅干しの種。 「まぁな。テメーがすぐに捨ててりゃこーして取られる事もなかったんだよ」
泣いても怒っても無駄なのはセナとて十分承知していたが、一応言ってみる。 「食べ物は大事にしろって教わりませんでした?」 「俺の食う分ならな」 「もういいです・・・」
やっぱり無駄だったと肩を落とすセナ。 「まだ口寂しいか?」
また塞いでやろうかとあごを支えたままのヒル魔の指がセナの唇をなぞる。とたんに蘇った口内の感触にセナは自分がさらに真っ赤になるのが分かった。
恥ずかしさに口ごもるセナを見てヒル魔が笑う。
「これ以上したら、テメー動けなくなりそうだから止めとくか。オラ、職員室行ってこい」 「誰が引き止めたんですか、もう・・・」 「何か言ったか」
「行ってきまーすっ」
耳を澄ませると、走っていったセナの足音がどんどん遠くなっていく。
ヒル魔は口内の種を転がした。 「この程度で校則違反持ち出す教師がいるか、バーカ」
セナの飴より普段栗田が持ち込む菓子類の方がよほど違反である。 「ホント、バカだな」
あの様子では、部誌を書き終わるまでに舐めきれない事を承知でヒル魔が飴をすすめたとはセナは思いもしていないだろう。
残った飴をどうするか。自分の有利に仕向ける幾通りものシュミレーションを展開しながら、ヒル魔はセナの様子を思い出していた。『大好き』と微笑んだ。ヒル魔も見た事のないような、幸せと聞こえてくるような笑顔。それが自分に向けられたものでは無い事が無性にカンに障った。
『俺より飴が好きなんだろ?』
拗ねたような、今までのヒル魔なら絶対口にしないであろうセリフ。セナがからかわれたと受け取った響きの半分は本気だと、言ってやったらどんな顔をするだろうとヒル魔は笑った。
足音が聞こえたと思った時には部室のドアは開いていた。 「お待たせしましたっ」 「遅ぇ」 「そんな〜」 「帰るぞ」
手にしていたかばんをヒル魔が渡すと、セナは慌てて受け取った。
鍵を閉めた部室を後にして、駅まで並んで歩く。 「もうあの飴食べられないです・・・」
「俺は食べるなとは言ってねぇぞ」 「でも僕が食べてたらまた同じ事するでしょ」 「さぁな」
まだ口に残していた種を歯で挟んでニヤリとヒル魔が口角を上げる。 「捨てないんですか」 「口寂しいんだよ」 「いつものガムは?」 「買い忘れた」
疑いの含まれたセナの視線にもヒル魔は表情を崩さない。 「あーあ、あの飴好きだったのにな」 「他に梅と飴の一緒になったやつ食べればいいだろ」 「あの飴がよかったんですー」
そんなに美味かったかと思い返すが、セナの口内の甘さと梅の酸味は別物にしか感じられなかったヒル魔には判断できるはずもなかった。
フッとヒル魔の意識が考えに向いたのを感じたのか、少し不安そうにセナが問い掛ける。 「もしかして、僕、気に障るような食べ方してました?」
いつまでたっても小さな事を気にするセナに、ヒル魔はバーカと笑って鼻をつまんだ。嫌がる顔を堪能してから指を放し、転がしていた種をかみ砕いた。 「・・・ヒ、ヒル魔さん、頑丈な歯ですね」
軽く引いたセナにケケケとヒル魔が笑う。またあの『大好き』と言った顔をしたら同じ事をするかもしれないなとヒル魔は思ったが、もちろん口に出しはしなかった。
それから数日後。 『甘さとすっぱさの微妙な感じがヒル魔さんみたいで好きだったのにな〜』
セナが件の飴をこう評してモン太とまもりを固まらせた翌日、セナのロッカーいっぱいに飴が詰め込まれていたとかいなかったとか。
Fin.
2008.
4. 9
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