キラキラの一等賞



『直接渡せなくってごめんな』
ディーノから届いたメールの最後に書かれていた言葉。
そういえば、誕生日は祝うものだと思うようになったのはディーノと会ってからだ。
毎年賑やかにおしかけて来ては、プレゼントと言葉を雲雀にくれた(雲雀はその後の手合わせが1番嬉しかったが)。
『仕事が忙しくて今年は行けない』とメールがきたのは、見回り強化の予定組み立てをしている最中だった。
GW終わりには羽目を外した輩が増えるためだが、メールを確認した後に予定を見直し気付いてしまった。
5日の午後から雲雀の予定が入っていない。
別に彼と約束があった訳ではない。
ただ、ディーノが来ると雲雀が思い込んでいただけだ。
なのでディーノが謝ることはないし、雲雀が責める理由もない。
だから気にすることはないと、それを伝えるメールを打つが、送るのはためらわれた。
何をどう書いてもディーノは自分の都合にいいように受け取るだろう。
そして、気恥ずかしいメールが飛んでくるに違いない。
予想だけでなんだかムズムズしてきるから、雲雀はキャンセルキーを押した。


そして迎えた当日。
今も雲雀はムズムズしていたが、あの時とはどこか違うムズムズだ。
原因は目の前に届けられた品。
ではなく。
それに添えられたカードだ。
ディーノが送り先を間違えたのかと思ったが、届けの伝票には「雲雀恭弥様」とある。
なおかつ、指定住所は並盛中学だ。
これが雲雀宛でなくて何だというのか。
だがカードに書かれているたった一言が開封の手を止める。
腕組みをしてじっと見つめていても、書かれた文字は変化しない。
メッセージも差出人の名もないそれにはこう書かれていた。
【俺の光一へ】
……………………誰だ、光一って?
見た瞬間に浮かんだ問いはグルグルと頭の中を回り続けている。
梱包は実用重視のしっかりしたもので、それがかえって中身を大事な物だと感じさせた。
その梱包を破って現れたのは、ヨーロッパではあまり施されない丁寧な包装に小さいリボン。
明らかにプレゼントですと主張しているのに、添えられたカードには別人の名前。
これが手渡されたものだったらよかったのに。
そしたら目の前で問い詰めれば話は済んだ。
けれど、問いたい相手はここにはいない。
雲雀の手が携帯電話に伸びかけて組み直される。
操作は簡単だ。
着信履歴を呼び出し通話キーを押せばいい。
なのに、ふとよぎった考えが雲雀を躊躇わせる。
(雲雀と同じようにプレゼントを贈る相手がいるのではないか?)
しゃべりが流暢だけれど、さすがのディーノも書くほうはそれほど上手ではない。
意味や使い方を間違っているディーノに指摘したことも何度かあった。
母国語ではないのだから、完璧なほうがおかしい。
けれど、漢字を間違えたにしては形が違い過ぎる。
ならば書き間違えたのではないとしたら?
別の贈り物に添えるのをこちらと添え間違えた?
しかし、その想像で雲雀のムズムズがムカムカに変わりだす。
やはり電話しよう。
こんなムカムカを自分が抱えておく必要などどこにもない。
送り間違いにしろ書き間違いにしろ全部ディーノが悪い。
今はどこにいるのか知らないが、仕事中だろうが寝ていようが知るものか。
ディーノには雲雀の疑問に答える義務がある。
そう決意し、雲雀が携帯を手にした瞬間、冷たいそれが鳴り出した。
ビクンと雲雀の肩が強張る。
あまりのタイミングにまじまじと見つめるが、メールではなく電話らしく携帯は鳴り続けている。
通話キーをそっと押した。
『恭弥、お誕生日おめでとう!』
海外からとは思えないクリアな音が耳に届いた。
満面の笑みが見えるような声に雲雀の肩から力が抜ける。
『プレゼントちゃんと届いたか?』
「……荷物なら届いてるけど」
『良かった〜。それならいいんだ。いや、ホントは手渡したかったから良くないんだけどな。ヨーロッパの郵便ってしょっちゅう遅れるから心配でさ』
確かにそんな話を聞いたことがあった。
それにしても、どこかにカメラでも仕掛けられているのかと疑ってしまいそうなタイミングである。
まさかそんなと思いつつ、後で調べさせようと雲雀は決めた。
『なぁなぁ、ソレ、気に入ってくれた?』
「…まだ開けてない」
『えーっ!じゃあホントに届いたばっかりなんだ。すっげータイミングいいな。早く開けて見てくれよ』
まるで自分がもらったプレゼントを開けたがっているみたいなねだり方で、ディーノは電話の向こうで雲雀の感想を待っている。
丁寧に、大事に、送られて来たこれは、やはり雲雀へのプレゼント以外の何物でもなかった。
それがハッキリして、グルグルと渦巻いていたムカムカがだいぶスッキリする。
そうなると、雲雀の疑問を解決させる問いはただひとつだ。
「光一って誰?」
『…………誰だって?』
「聞いてるのは僕だよ」
『えっ、だって俺も知らないっつーか、覚えがないんだけど』
「覚えがない?なら、このカードはなんなの?」
『カード?カードが何だって?』
ディーノの声にはただただ困惑の響きしかない。
『あぁっ、もしかしてあの漢字、コウイチって読めるのか?!』
やっとその考えに行き着いたらしい。
『そっかぁ、ごめんな恭弥。どうりで声が沈んでるわけだ。ホント悪かった』
携帯から届く声は反省しきりだ。
きっと、今頃ディーノは誰もいない空間に向かって頭を下げているに違いない。
残っていた肩の力が全て消える。
「別に沈んでないし、分かればいい」
そうだ、誰にだって間違いはある。
今まで何度かディーノに間違いを指摘した時も、ディーノは正しい意味や使い方を教えてくれてありがとうと雲雀に言っていた。
このきちんと学ぼうとするディーノの姿勢は雲雀が好ましく思う点だ。
『そっかぁ、コウイチかぁ。やっぱり日本語の読みは難しいな』
「そうかな。あれはそれほど難しい名前だとは思わないけど」
最近は当て字どころか日本人なのかと疑うような名前も付けられているのだから、むしら光一なんて分かりやすい部類のはずだ。
『名前?あれは名前に使ってる漢字なのか?』
?名前以外に読み方なんて……、そう言おうとしてはたと気付く。
……もしかして【光一】には他の読み方があるのか?
『俺は【ぴかいち】って教えてもらったんだ。でさ、恭弥みたいだなって思っちゃったんだよ』
俺のピッカピカの1番は恭弥だからな!と続いた声はとても嬉しそうだ。
あぁ、それならあのカードはあながち間違いじゃないなと頭の片隅で納得する。
しかし、雲雀の頭の大部分は別のことで占められていた。
「……そう。ところであなたはその読み方をどこで教えてもらったの」
努めて静かに問うと、とたんにディーノの口調がしどろもどろになった。
『えぇーっと、仕事で会った相手にな。職場見せてもらった時にちょっと…』
「ふーん、職場…」
雲雀の言葉に他意はなかった。
だが何を勘違いしたのか、ディーノはしおしおと『……スミマセン、賭博です』と『白状』した。


ディーノは、花札の手の一つを指す言葉として教えられ、俗語として普通に使われていると聞いたから書いてしまったと歯切れ悪く語った。
それを聞いて雲雀は少しホッとした。
イタリア人のディーノが知っている言葉を知らないとは日本人として恥ずかしいのではないかとドキドキしていたのだ。
だが、花札なんて興味を持ったこともないものだから雲雀が知らなくてもおかしくない。
度々感じていたが、ディーノはマフィアのボスだとうそぶくくせに雲雀には裏の面を隠したがる。
今回もどうやら賭け事絡みとあって言い出しにくかったようだが、二人の始まりが命のかかった戦闘への指導だったことを思うと、今更賭け事位でと呆れてしまう。
(なんかもう疲れた…)
言いたいことはたくさんあるが、おそってきた疲労感が雲雀をすっぽりと包んでしまった。
ディーノが紛らわしい字を使ったがために考えさせられたイロイロで、雲雀の気力は空に近い。
ディーノはまだ謝罪を繰り返していたが、【日本語】への理解が足りなかったのはお互い様だ(言ってはやらないが)。
「もういいよ。次の機会があったら例えなんか使わず僕の名前を書いて」
紛らわしいのはこりごりだと内心ため息をつきつつ言うと、電話の向こうから息を飲む気配が伝わってきた。
『…うん、じゃあこれからはちゃんと【恭弥へ】って書くな』
噛み締めるような口調がやけに嬉しそうだ。
ディーノが何に喜んでいるかが分からなくて少し気になったが、とにかく今は問い詰める気力もない。
「そうして。あ、そうだ」
肝心なことを言い忘れるところだった。
まだ中身は見てないけれど、ディーノの贈り物なら雲雀を楽しませてくれるに違いないと知っているから言える。
「プレゼントありがとう」
『どういたしまして。来年も期待しとけよ!』
もらう雲雀より贈るディーノのほうが楽しそうだなと思いながら、一応念のため言っておく。
「来年は手渡しでね」
良い返事が返ってきたのは言うまでもない。



                                   Fin.

                                2013. 5. 20  


最後の方でボスが喜んだのは雲雀たんが
「俺の恭弥」をすんなり受け入れてたからです。
こんなのは本文中で書かないといけませんよね・・・。