Hold to |
あるアパートの一室。家具らしい家具のない、真ん中に大きめのこたつだけが置かれたその部屋に人の気配はなかった。 ゴロゴロゴロ 確かに人の気配はなかったが、生き物はいた。 ゴロゴロゴロ こたつカバーにもたれるように眠る小柄な猫が1匹。 ゴロゴロゴロ 気持ちよさ気なのどの音が静かな部屋で鳴っていた。 ゴロゴ……ピクッ 急に音が止まり猫の耳がピンと立った。するりと立ち上がると、玄関に目を向ける。鍵の開く音がすると同時に短い距離を猫が走った。 ニャー 小さな声で鳴いて、ゆらりゆらりと尻尾を揺らす。 「おとなしくしてたか?」 ニャ 「いい子だ」 伸ばされた指の長い手に小さな頭を擦り寄せて、猫は入ってきた人を見上げて言った。 「おかえりなさい、ヨーイチさん」 小 柄な猫の名はセナ。子猫の域をでたばかりに見えるが、これで二桁の歳を生きている。先程「ヨーイチさん」と呼ばれた相手も三桁を過ぎた辺りで数えるのを止めたというから、それ以上なのは間違いない。が、人の姿の彼は少年以上大人未満といった、まさに『青年』と呼ばれる世代に見えた。 その青年は手にしたビニール袋から缶詰を取り出して、流しの上の棚を開ける。 「これだけ買っときゃ次来た時まで保つだろ」 棚には既に何種類かの缶がいくつも置かれていた。先程買ってきた物をそこへ並べ置いて、代わりに同じ棚にあった紙袋を取り出した。 「今日もカリカリ?」 足元からクリンとした目が見上げていた。 「開けちまったからコッチから片付けなきゃな」 流しの横に立ててあった小皿を手に取り、キャットフードをザラザラ乗せる。足元に置くと、セナがゆっくりと食べだした。 セナが皿を片付ける間に冷蔵庫から出した牛乳を少し深めの皿に注ぐ。キャットフードの皿が空になったのを確認して、青年が牛乳を床に置いた。 「ヨーイチさん、ご飯は?」 「俺はすませてきたから」 「ふーん」 「残さず飲めよ」 「はーい」 青年の言葉に素直に従うセナ。 セナが食べ終わるのを見届けると、青年の姿が変わった。細身でしなやかな黒猫。金目の光も鋭い黒猫には尾が二本。いわゆる猫又と呼ばれる妖だった。 二匹は親子でも兄弟でもなかった。セナの最初の記憶は母猫でも兄弟猫でもなく、妖一に拾われた場面。それ以来、二匹はいくつもの季節をずっと一緒に生きてきた。 基本、ひとつところに居着く事なく、気が向くままに移動している二匹だが、実は全くの宿無しではなかった。暑さ寒さの厳しい頃を過ごす為や、時折側を離れるヨーイチがセナを待たせる為に人間用の住居を何ヶ所か押さえてあり、たまに寄っては数日過ごし、またふらりと移動するを繰り返していた。師走も末、二匹がいたのはそんな仮屋のうちのひとつだった。 ヨーイチもこたつには入らず、カバーの上に丸くなる。食後の毛づくろいを終えたセナがヨーイチの背に近寄り、なかば乗り上がりながらくっついた。 「重い、どけ」 「いーやー」 「他もあったかいだろ」 「…ヨーイチさんの側がいい」 小さくつぶやきペフッともたれるセナ。 数秒後、背の重みを感じさせずヨーイチが立ち上がるとセナはコロンと転がり落ちた。 「ヨーイチさんの意地悪」 転がったままの姿勢でふて腐れるセナを横目に伸びをすると、ヨーイチが向きを変えて座りなおした。丸めた自らの足元を黒い尾が叩く。それを見たセナの耳と尻尾がピッと立つ。ピョンと起き上がり示された位置で互いに向き合う形で丸まった。 「ヨーイチさん大好き」 満腹と安心感から寝入ってしまったセナが目を覚ますと、片目だけ開きこちらを見ているヨーイチと目があった。 「明日はもう行くの?」 眠気の残った甘ったるい声でポヤンとセナが聞いた。 「どーすっかな」 考えだしたヨーイチが無言になると、セナも邪魔をしないようにと黙る。 セナにとってヨーイチが全ての中心であり、ヨーイチが右へ行けば着いていき、左へ行けば着いていく。やれと言われれば頑張ったし、待てと言われればいつまででも待った。もっとも、ヨーイチはセナが嫌がるようなことはしなかったしされることもなかったが。 無言のままにヨーイチが懐に抱え込んだセナを毛づくろいしだした。毛づくろいは考え事をするときのヨーイチの癖で、対象は何故か自分ではなくセナだった。 気持ち良さにセナののどが鳴る。うるさくしてはいけないと必死に気を引き締めるものの、丁寧な感触に負けてまたのどを鳴らしてしまう。 鳴らして止めて鳴らして止めてを繰り返す自分と戦うセナをよそに思案するヨーイチだったが、毛づくろいを一通り終えると、のんびりするかと呟いた。 「年末年始で人間もバタバタするし」 食事も寝場所も確保したことだし、気ぜわしい世の中すすんで行くこともあるまいと。 「お坊さん走る?」 「今は走らねーよ」 それなりの歳月を過ごしてきた二匹である。人間に変化できるヨーイチに至っては金も稼いでいた。 人間社会の基礎知識程度ならセナも持っていたが、最近は物事の捉え方や事象の移り変わりが早過ぎて吸収が追い付かない。人間に対して良い印象は無いものの、人間が作った絵本や雑誌は気に入っていて、ヨーイチを待つ間によく眺めて時間を潰したりもしていた。 通常とは違う賑わいと静けさが時間を占めるこの時期。これが終わるまで、異端な存在である自分達が紛れても気付かれない『日常』が戻るまで。それまではじっとしていようかと思ったのだが。 「ここでホコホコするの?」 「別のトコでも構わねーけど」 「ホコホコしないとダメ?」 「ダメってこたーねーが。なんだ、ここは嫌か?」 聞かれてプルプル首を振る。セナの様子に無理やガマンはみえない。と、なると。 さして広くもない室内。あるものといえば、少しの食器に冷蔵庫、こたつ、数冊の雑誌。 「ならどっか行きたいトコでもあるのか?」 ヨーイチの言葉にセナのアーモンド型の目がキラキラと期待に輝いた。 2008.12.21 |
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「宵待ち」と同設定のお話です。
時間軸的にはアレより後。
セナの猫姿のイメージはシンガプーラ。
ヨーイチは特にありません。
セナ誕だけど、中身は祝いモンじゃないですね(苦笑)