| 
       
       
       
       
       
      Fondente cioccolato 
       
       
       
       
       『頑張ったら、ご褒美くれる?』 
 
       
材料は一通り揃えた。聞いた話だと熔かして、型に容れて、冷やせばいい、だけのはず。それくらい出来ない自分ではない。 
だがしかし。 
      「どうやって溶かすの…」 
       
 
「草壁さん、委員長固まってますよ!やはりお手伝いした方がいいんじゃ…」 
「しかし、自分一人でやるとおっしゃったからには、手伝いを申し出てもお叱りを受けるだけだ」 
「…ここで騒いでても怒られそうですけど」 
ちなみに『ここ』とは『調理実習室前廊下』で、風紀委員達はしゃがみ込んで室内を伺っていた。やりとりは全て囁き声。 
周囲を一時通行禁止にしたのは雲雀の命令だったが、結果的に委員達もその姿を晒さずにすんでいる。 
ちょうどその時、廊下で車座に座り込む一同の元に1年生が小走りで駆け寄ってきた。 
「副委員長、2年の教科書に湯煎が載ってます!」 
「そうか!では忘れ物として委員長に提出をっ」 
「あぁ、副委員長っ!」 
「どうした?!」 
中を覗いた委員に振り向いた草壁の声と同時にその音は響いた。 
       
 
意識せずともこの時期になると嫌でも目に飛び込んでくる、あのマーク。 
別にあのマークで表現される感情を持ってるわけじゃない。雲雀には出来ないだろうと思われるのが釈に障るから、見返したくて考えた。ディーノの予想を越えるモノ。 
そうだ、あの形になればいいのだ。 
「一番大きいのは…」 
製菓用の塊のなかから大きめの物を手に取る。 
ダンッといい音がした。 
 
       
『要らない』 
『美味いの用意させるから!』 
『美味しいかどうか食べないと分からないよ』 
『俺のオススメだから大丈夫だって』 
『イタリア人のオススメね…』 
『もらってくれる?』 
『太りそうだから、やだ』 
『恭弥ぁ〜〜〜』 
『そうだね…なら、あなたが作れば?』 
『……へっ?』 
      『甘すぎないこと。それに綺麗に作れたらもらってあげてもいいよ』 
『マジで?』 
『できたらね』 
『やるやる!俺、頑張る!できたら連絡するな!』 
『ギブアップの連絡でもいいよ』 
      『そんなんしねーよ! …なぁ恭弥、俺頑張るから、だからさ…』 
 
       
14日当日。 
「恭弥ー!」 
「ドアは静かに開ける」 
「あ、ゴメン」 
ディーノの軽い謝罪ほど『口先だけ』という言葉が似合う物は無いと、いつも雲雀は思う。 
コンコン 
      「ノックは中からするものじゃないって何度言ったら覚えるの?」 
「覚えてるぜ?思い出すのが開けた後なんだって」 
胸をはって言える事じゃない。 
正直、言い疲れている。だが言い止めたらそこで終わりだ。雲雀のテリトリーでの不作法は見逃せない。本当にどちらが『家庭教師』なんだか… 
そんな雲雀の疲労感など気付きもしないディーノはいつも以上のキラキラ顔で、後ろ手に持っていた箱を仰々しく差し出した。 
      「イタリアからお届け物〜。つっても、ホテルの厨房借りて作ったんだけどな」 
      どうぞとテーブルに置かれた箱は雲雀の予想を超えた大きさだ。 
「……何、これ?」 
「何って、まさか恭弥っ、約束忘れたとか言わないよな?!」 
「あなた質問にも答えられないの?」 
雲雀の冷たい視線にヘラリと笑うディーノ。 
      「中身だろ。もちろん恭弥ご指定の甘すぎないデザートでございます」 
ラッピングを解いたディーノがそっと開けた箱の中身は。 
「………フォンダンショコラ」 
「練習したぜ〜なんでかオーブンは爆発するしよ!」 
      …多分、その時運悪く部下の目がなくなったのだろう。そう思った雲雀は自らの失敗を覚った。 
       
 『俺が上手に作れたら、恭弥も何か手作りのもんくれる?』 
『考えてもいいよ』 
      『えぇー見てからじゃ遅いの! 俺もバレンタインにチョコが欲しい!』 
      『ヨーロッパではチョコだけに限らないって、あなた言わなかった?』 
      『言ったさ。けどさー、日本じゃ好きな相手にチョコ渡すんだろ? だったら恭弥からはチョコしかないだろ』 
『それは好きな相手でしょ。あなた当て嵌まらないよ』 
      『う〜〜〜だったらさ、ご褒美! 俺一人で頑張ってみるから! だから』 
       
 
………騙された。 
      「最初の1回だけ教えてもらったんだ。あとは全部一人でやったぜ」 
得意げな笑顔は子供みたいだ。だが忘れていた。子供の顔で笑うこの人が『キャバッローネのボス』だと。 
「練習に作ったのはファミリーの奴らににやったけどいいよな?」 
「……あなた何個作ったの」 
      「ん〜〜?両手で足りるくらい? あっ、1回オーブンが爆発しちまってさ! それは食べるトコ無くなっちまったからノーカウントな」 
おそらく部下が目を離した隙の残事に違いない。その光景が脳裏に浮かぶ自分が嫌だ。ハッキリ思い浮かぶくらい、相手の事を分かり始めていると突き付けられる。 
「あなた、ファミリーがいればなんでも出来るんだ」 
      うっかりしていた。ファミリーがいればディーノは『やれる』人間になるという事。 
そしてそれは別に『戦い』に限らないと証明されてしまった。 
「やれるもんだなー。俺も自分にビックリ」 
箱に添えてあったナイフで慎重に切り分けるディーノ。フワリと甘い香りが広がり、中からとろりとチョコが流れ出す。 
「召し上がれ」 
ナイフと一緒に入っていたフォークを手渡され、味見程度と小さめの一欠けらを口に入れた。 
「………美味しい」 
      「マジで? 合格っ?! やったー!」 
ポソリとこぼれた一言にディーノは満面の笑みで両手を差し出した。 
フォンダンショコラを見つめたまま動かない雲雀に、ディーノは何も言わない。ただニコニコと両手だけで催促してくる。 
きっと雲雀が何を渡してもディーノは大袈裟に喜ぶのだろう。高級なものでも、コンビニのものでも、同じように。 
それが欲しいとねだったチョコではなく、たとえパチンコ屋のポケットティッシュでも。 
『恭弥がくれるもんならなんでも嬉しいぜ』 
………本当に駄目な大人だとため息が出る。 
「………」 
息に紛れるくらいの声は届かなかったらしい。 
「なんか言った?」 
「馬鹿だねって言った」 
「ひでー!」 
ひどいと騒いでもやっぱりディーノは笑うのだ。 
チラリと向けた視線の先には、待ってますと顔に書いたディーノ。再びこぼれたため息のあと、握りしめていたフォークをテーブルに置き、ポケットから探り出した物をディーノの手に落とした。 
「板チョコじゃなくてチロル?」 
乗せられた小さい紙袋からはビニールのエアパックが見えている。 
「要らないなら捨てて」 
「要る要る!恭弥がくれる物ならなんでもいいって!」 
一瞬雲雀の顔に影が走る。だが奪い返されるのを阻止するように紙袋を抱きしめたディーノは、その一瞬を見逃し気付かなかったが。 
ディーノが大事そうに袋を覗きこむ。 
「……恭弥、これって」 
「約束は守るものだよ」 
つままれたエアパックの中に無造作に入れられた茶色い塊。恐る恐る取り出されたそれは、ディーノの手にちんまりと納まる。 
      作ると言ったからにはディーノは作るだろうと雲雀は思った。約束は『ディーノが頑張ったら褒美を与える』だ。ディーノが頑張らない訳はないのだから、雲雀もそれに応えなくてはならない。どんな出来だろうと頑張った事に違いない。(実際はすばらしい出来だったのだが) 
      「…ハート型? でもちょっとガタガタしてねぇ?」 
「嫌ならあなたが削ればいい」 
「削るって、えっ、これ恭弥が作ったとか?」 
「あなたに手作りを要求したからね」 
応えるならば同じにするのが礼儀だ。 
ただ、誤算が二つ。 
      一つ目は『溶かして型に入れて固める』が分から無かった事(雲雀の中で教えてもらうという選択肢は無かった)。 
とりあえず形になればいいかと割ってみた。まずは四角に。その角を四分の一落とせばおおざっぱな予想図になる。はずが、薄い板は全体が割れてしまい、分厚いのを選ぶと真っ二つになった。あらかた割ってしまいどうするか悩んだ雲雀の出した結論が『削る』だった。 
二つ目はディーノの持参品の出来。予想以上の出来栄えに、失敗したと心の中で舌打ちした。自作との釣り合いがとれなさすぎる。だが渡さない訳にはいかない。『約束を破る自分』は雲雀には存在しない。 
      それに、雲雀がどれだけ葛藤しようがディーノの反応は同じだと、胸のモヤモヤをしまい込む。 
結果は雲雀の予想通り。 
見る見るディーノの周囲が明るくなり、花まで舞っているのが雲雀には見えた。 
「嬉しいよ…ありがとうな」 
「約束を守っただけ」 
「それでも嬉しいよ」 
はにかむその顔が本気に見えて、雲雀は三度目のため息をついた。 
 
       
子供のみたいに笑うズルイ大人は気付いているのかいないのか。 
『なんでもいい』って『どうでもいい』と同じなんだと、あなたを知って気付いたよ。 
まだほんのり温かいフォンダンショコラ。甘いはずのそれが苦い気がした。 
 
       
       
                                         Fin. 
       
                                      2009.
      2. 14   
       
       |