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      駆ける 
       
       
 暑い暑いと言っていたのに、ふと気付くと雲は高く風は涼しい。 
休憩がてら木陰に入り幹に背を預けた。 
これで少しは練習しやすくなるな。 
思って脳裏に浮かぶ笑顔。 
メットの中にこもる熱気でのぼせないよう、早めに練習を切り上げていた頃。 
まだやりたいと思う気持ちについていけない小柄な身体。 
もどかしいとあの大きな目にありありと浮かんでいた。 
『もう少しダメですか?』 
睨むと部室にすっ飛んで行った後ろ姿。 
あの時、焦れていたのはセナより自分だったかもしれない。 
もっと早く、もっと前へ。 
挑む背中に感じた高揚感。 
自分には追いつけない速さで駆け抜けていく。 
<翼が生えたような>と形容もされた。 
それを聞いた本人は首を傾げていた。 
『僕、飛んでったりしませんよ?』 
爆笑の真ん中でオロオロしていた姿にその通りだと内心で頷いた。 
セナは飛んでいきはしない。 
フィールドに足をつけ、踏み締め、ゴールを目指し。 
そして振り返り笑うのだ。 
「ヒル魔さん」 
瞬きした目に映る空が夕焼けに染まっている。 
いつの間にか隣にセナが立っていた。 
「何考えてたんですか?」 
「……知りたいか?」 
ニヤリと笑うとセナもつられて笑うが、頬はやや引きつり気味だ。 
「や、やっぱり遠慮しときます」 
どんな予想をしたのか聞いてみて実行するのも一興か。 
俺から何か感じ取ったかセナがジリジリ離れていく。 
さて、お楽しみは後に置いておくとして。 
「で?」 
促してやると思い出したのか、さっき開いた距離が縮んだ。 
「どぶろく先生がヒル魔さん呼んで来いって」 
「用があるならテメーが来いっての」 
      「そんな無茶な…」 
そう言ってセナは辺りを見回す。 
後ろには手入れされた木々が並び、その間を遊歩道が延びている。 
「ランニングコースのどこかにいるからって。僕、今日2回目ですよ」 
セナがハハハと渇いた笑いをこぼす。 
「今から戻れば明るいうちに学校に着きますね」 
      学校へ近い方のコースを走り出そうと背を向けたセナに声をかけた。 
「走るの、好きか?」 
「好きですよー、でも」 
数歩先でクルリとセナが振り返る。 
髪の縁を夕日に光らせたセナが笑った。 
『フィールドは皆と走ってるからもっと好きです』 
 
       
       
       
       
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