春の猫



『宵待ち』『Hold to』『Together』と同一設定でどっちも妖猫です。


昨日までと違うふんわりと暖かい空気にヒゲをそよがせ鼻を鳴らす。
踏み締めた足元にも緑色の草がポヨポヨと伸び始めている。
こうなることをなんと呼ぶかセナは知っていた。
畑の畦道で立ち止まってしまった僕を振り返ったヨーイチさんが呼ぶ。
「どうしたセナ?」
「ねぇねぇ、ヨーイチさん、ヨーイチさん」
「ん、なんだ?」
うふふと笑いが込み上げる。
笑うばかりの僕に側に戻ってきてくれたヨーイチさんの尻尾がペチッと当たる。
「やけにご機嫌だな」
「えへへ〜、だって気持ち良いんですも〜ん」
ペタンと座ると横にヨーイチさんも並んで座ってくれる。
足の裏には柔らかい土と草。
毛を撫でて行くのは暖かい風。
鼻に届くのは甘い花の香り。
寒さに丸まりがちだった体がほぐれていく感覚に自然とのどが鳴る。
訝しげだったヨーイチもセナの様子にあぁとヒゲを揺らした。
「昨日まで寒い寒いって言ってたのは誰だ?」
「昨日は昨日!だって春ですよ!」
感じ取った暖かさに気持ちが弾まずにいられない。
黒くてツヤツヤな毛並みのヨーイチに頭を擦り寄せる。
尻尾を揺らすとヨーイチの尻尾がスルリと絡まってきた。
「毎年毎年春がくるたび同じようにはしゃいで飽きないか?」
「ん〜、同じじゃないから飽きませんよ〜」
「同じだろ?」
「似てるけど違う〜」
目を閉じて鼻先を空に向ける。
「やっぱり違う〜」
一つ所に留まらず住み処を転々と移す2匹だから。
風に乗る草花の香り。
冷たさと暖かさのまざり具合の違い。
その時いる場所独特の人間や動物の匂いや気配。
それらは同じようでもどこか違う。
「ま、そうかもな」
そう言うとヨーイチがベロリとセナの顔を舐めてきた。
その延長のようにサリサリと耳から首元を丹念に毛づくろいされる。
くすぐったいけど気持ち良くてウットリしてしまう。
ピカピカになった体をゴロゴロとヨーイチに擦り寄せた。
「ありがとうございますぅ」
「どういたしまして」
返すヨーイチの声も楽しそうに聞こえる。
日差しにポワポワと温まりはじめたヨーイチの毛が擦り寄るセナも温める。
どんどん増えていく温もりにのどのゴロゴロも止まらない。
「……なんかいい匂いがする」
そう言うセナの目がウットリを通り越してボンヤリしだす。
「春だからな」
「……そっかぁ、春だもんね〜」
そういえば春はいつもフワフワな気分で過ごしていたような気がする。
暖かくて気持ち良くてヨーイチにペッタリともたれ掛かる。
実際はもたれるを通り越してヨーイチの足元に伸びていたが。
口調もポヤヤンとしだしたセナはその事に気付かない。
「…ホントに春なんだなぁ」
ため息まじりの声が上から降ってくる。
「……ヨーイチさぁん?」
「仕方ねぇな」
さっさと歩かせなかった俺がバカだったとヨーイチがこぼす。
ヨーイチがバカだなんてありえないのに。
パタンパタンと尻尾を揺らすセナを見下ろすヨーイチが変化する。
スラリとした人間の雄に姿を変えたヨーイチが片手でセナを持ち上げた。
ヨーイチの肩に乗せられたセナはぐにゃんぐにゃんの伸び伸びである。
「一体テメーは何に反応してんだよ」
額を突いてもセナはウニャアとけだるげに鳴くだけで答えは返らない。
2匹でいるようになってからどれほど経った頃だったか。
春になるとセナは「ぐにゃんぐにゃんのグデグデ」になるようになった。
最初は発情期かと思ったが雌を追いかける様子もない。
またたびかとも思ったが毎年春だけなのも不自然過ぎる。
理由も分からないまま幾つも季節を過ごしてヨーイチが出した結論は。
「春に酔ってるってことにするか」
ずっとこうなら困りものだがそんなこともなく。
しゃっきり目覚めている時もあるし危険にはちゃんと反応する。
ヨーイチと離れている時は隠れてこもるくらいの自衛も働く。
ならば問題ないかと見守ることにした。
それにヨーイチの傍で酔う分にはもっとなってもかまわない。
「ヨーイチさぁん、あったかいねぇ」
「(セナが乗ってる)肩が特にな」
「ヨーイチさぁん、ほわほわすれねぇ」」
「(セナが擦り寄ってくる)首が特にな」
いつだってセナはヨーイチに従順で大人しい。
甘え方も控えめに感じることが多い。
「ヨーイチさぁん、聞いてぇ〜」
「聞いてるぜ?」
「ヨーイチさんはねぇ、カッコイイしぃ、頼りになるしぃ」
「うんうん」
「だぁい好きぃ〜」
盛大にゴロゴロとのどが鳴り尻尾が腕に絡む。
こうなったセナに自省は働かないらしい。
態度はストレートだし言葉を惜しまない。
これが可愛くないわけがない。
セナが動けないと少々手間を感じもするけれど。
それ以上に頼られるのが気分がいい。
「ヨーイチさぁん?」
「なんだ?」
「春ってイイねぇ」
ウットリとセナがヨーイチに笑いかける。
寒いのは好きではないので冬が終わるのをありがたいとは思っていたが。
ヨーイチにとって暖かくなる以上のイイことが待つ季節になった。
「春か、確かに悪くねぇな」






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