あなたの傍に



応接室に入り、まっすぐ恭弥を目指す。
椅子に座る恭弥の横で片膝をつき手にした花束を捧げ持つ。
「今度は色も抑え目だし小ぶりにしたぜ」
ディーノの手元にちらっと視線が流されて。
「匂いがキツイから嫌」
「いい匂いじゃねえか!」
「あなたには良くても僕は嫌」
上げられた指先が、ディーノが入ってきたドアを指す。
今回も受け取ってもらえなかった花束の甘い香りとにじんだ悔し涙がディーノの鼻をくすぐった。


その日も恭弥は応接室にいた。
書きかけの書類の仕上がりを待つ間、ソファーから室内をぐるりと見回す。
「なぁ、花とか飾らないのか?」
「何のために?」
「部屋が華やぐと気分も良くなるだろ」
「僕の気分はそんなことに左右されないよ」
「そっかぁ?」
ディーノも大好きとは言わないが、活けられた花に和む時もある。
過ごす時間が長い場所なら居心地が良いに越したことはないはずだ。
「一回試してみろって」
「僕に指図しないで」
「じゃあ俺が持ってくるから」
気に入ったなら飾って下さいと軽く首も下げてみる。
言葉だけは下手だがディーノは飾らせる気満々だった。
仕上がったのか煩わしかった、恭弥が手元の書類から顔を上げてディーノを見た。
「僕があなたを試すんだ?」
気に入らなければ飾らなくていいよ。
ディーノの言葉の裏をすくって恭弥は考えるそぶりで笑う。
やってみなよと挑発が見え見えの笑顔は憎たらしいに近いのに。
俄然にやる気に燃えたディーノは恭弥マニアだと自嘲に笑みを歪めたのだが。


あれからチャレンジすること数回。
ケバい、でかい、地味すぎ、臭い。
一つとして飾られることない花がディーノのホテルに増えていく。
正直最初は華やかであればいいくらいの選択だった。
しかし、置いてみるとソレは浮きまくりで場違いも甚だしく。
蔑みの目が花とディーノに浴びせられたが甘んじて受けるしかなかった。
それからディーノも考えた。
見た目、大きさ、色合い、香り。
悩んだ末に選んだ花達をドキドキしながらディーノは差し出す。
まるで初な少年の告白シーンのようなシチュエーションだが、捧げる相手は恭弥である。
もちろんディーノも分かっている。
日本人で、中学生で、なんといっても男の子。
頬を染めて喜ぶどころか受け取ってすらくれない。
つれなく扱われる度に「もう止めようか」と頭をよぎり、考え直す。
ディーノは何も間違った事は言っていない。
愛する恭弥のいる空間に安らぎを!
そしてディーノは頑張った。
恭弥の好みに合うモノを考えて考えて考えた。
部下の応援を背に応接室の前に立つ。
手が塞がっていたので、ドア横に立っていた草壁がノックしドアを開けてくれた。
感謝の気持ちでウインクすると、部下と同じ生温い笑みが返ってきた。
今日も恭弥は書類と向き合っている。
ディーノの花攻めにうんざり気味らしい恭弥は、少し前から顔も上げなくなっていた。
それなりに重さがあるので、許可の出た静かな室内をディーノは慎重に進む。
いつもと違う静かさに不審を浮かべた恭弥の顔が上がり。
「……あなた、それって」
純粋な驚きに切れ長の目が丸く見開かれている。
まずはつかみは上々と、心で拳を握りしめる。
いつものように恭弥の横に膝立ち、腿の上にそっと鉢を乗せた。
『花じゃなくてもいいんじゃないか?』
花屋の前で唸るディーノを見ていた部下がもらした一言。
観葉植物を指したつもりだったと後で聞いた。
最も無難な選択で、恭弥もそれなら妥協していたかもしれない。
しかし、聞いた瞬間ディーノの脳裏に浮かんだモノがあった。
そしてディーノは賭け出た。
「花はすぐに枯れるけど、これなら年中楽しめる。…よな?」
勝算は限りなく低い。
さて呆れられるか怒りだすか。
祈るように見つめた先で恭弥の頬がふっと緩んだ。
「…窓の横に場所を空けてあげるから、次は台を持ってきなよ」
言われた言葉は耳を通り抜け、慌てて戻して意味を噛み締める。
目頭の熱さをごまかすように何度も瞬きしていたら。
「泣くなんて変な人」
気付かれて笑われた。
「…あくび我慢したんだよ」
「どっちでもいいけどね」
恭弥の口ぶりからは本当に興味がないと分かるけれど。
恭弥より年上の男としては見栄くらい張っておきたい。
「これは気に入った?」
「大きくなったら庭に植え替えさせてもいいと思うくらいには」
どうやらディーノは大金星を当てたらしい。
いつかこの手の中の緑が雲雀邸で見られる日が来るかもしれない。
そんな日を願ってディーノがそっと心のうちで話しかける。
『ずっと恭弥の癒しでいてやってくれよ』
ツンとつつくとチクチクと葉が指の腹を刺し返す。
「確かあなた、華やかに言ったよね」
「ん? ・・・そうだけど」
さっきよりは興味ありげに恭弥が尋ねてきた。
「松の盆栽って、花じゃないよね?」





H25.4.2〜H26.3.31 まで拍手に使用