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      2.窓の外は雨 
       
       
       
        濡れるのは嫌いだ。毛がペタンコになるし、体は冷たくなるし、後の毛繕いが大変だし。 
       でも、空から落ちてくる水は嫌いじゃないなぁ。 
       
       
       
       今日は朝から細かい水が落ちてきてて、庭にも出してもらえなかった。 
       前に泥だらけになった奴が帰って来てから、水が落ちてくる日は一日中家の中だ。鬱憤ばらしに暴れ回る奴もいるけど、他はいつもと同じにのんびりと過ごしてる。 
       外が明るくて風の気持ちの良い日なんかは俺もあちこち出歩くけど、水が落ちてくる日の居場所は決まってた。 
       人用の出入口に一番近い部屋。 
       そこから外を眺めてるのが俺の水が落ちてくる日の過ごし方だ。 
       水の勢いが強くて、目の前の見えない板がうるさい時や、真っ暗の中を急に光が走ったらビリビリするような音が鳴る日も、人に退かされない限りは座ってる。水の音はなんだか気持ち良い。 
       見えない板に蓋をされたら外が見れなくなるけど、そんな時は出入口に置いてある台に行くんだ。 
       その台は俺のお気に入りの一つ。最初は何もなかったのに今は布があって、寝ても座っても気持ちいい。 
       布からは殿の匂いがするから落ち着くのかも。 
 
       「殿」ってのは俺の飼い主の事。大声だし荒っぽいけど、ホントは優しいよ。 
       ここに来てすぐに「ヨボセシュするぞ」って言うやいなや、白くてヤな匂いのする場所に連れてかれて痛い事されたし、首に輪っか付けられたし、はげるかもってくらい毛を毟られたし、熱い水にほうり込まれた時は死ぬかと思ったけど。 
       ・・・言ってるうちにそんな事ないような気がしてきたなぁ。 
       でも、庭の高い木から降りられなくなった俺を迎えに来てくれたのは殿だし、大人しくしてる時と元気がない時の違いに気付いてくれたのも殿だし。 
       恐かった時も痛かった時も、殿は俺の震えが止まるまでずっと側にいてくれた。 
       なにより、どこにも行く宛の無かった俺の居場所になってくれたんだから。 
       だから俺は殿が大好きなんだ。 
       
       
       2回目のご飯を食べ終わってもまだ水が落ちてきてる。 
       そういえば、落ちてくる水を「雨」って言うんだのを教えてくれたのも殿だったっけ。 
       殿は少し位の雨だったら冊から走ってきちゃうから、一番に出迎える俺を撫でてくれる手は濡れてる事が多い。 
       当然俺も濡れちゃうんだけど、そんなに嫌じゃない。なんでだろう? 
 
       今よりもっと小さかった頃は確かに嫌いだったんだよ。 
       嫌いじゃなくなったのはいつからだっけ? 
       その日暮らしをしてた頃は食べ物と寝れる場所を押さえるのが大変だったから、雨の日は大嫌いだった。 
       でも「ひよし」って呼ばれるようになってからは、食べ物も寝る場所もあるから全然困らない。 
       少し位濡れたってすぐに乾かせるし。 
       だからかな? 
       んー、なんか違う気がするんだよなー。 
       んーんーんー。パタン、パタンと尻尾を振ってみても考えつく訳もなく。 
       ・・・ダメだ、分かんないや。 
       だんだん暗くなってきて、外が見えなくなってきたなー。 
       ・・・そろそろ台に行こうっと。 
       揺らしてた尻尾を立ててゆっくりと歩いてく。 
       軽く勢いをつけて台に飛び乗ると、くるっと回って布に丸く体を収めて、最後に体を囲うように尻尾を巻き付けた。 
       
       
       遠くに冊が動く音を捉えて、伏せ気味だった耳がピンッと立った。 
       殿が帰って来た! 
       丸めてた体を伸ばして、台の上で座りなおす。 
       軽い足音が聞こえて、毛繕いを終えると同時に板が動いて、目の前に殿が立っていた。 
       殿だ〜殿〜vvv 
       嬉しい気持ちが大きくなって、尻尾の先がパタパタと台の上で踊る。 
       自然とノドもゴロゴロと鳴りだす。 
       頭についてた水を払った殿が、俺を見て目を細めた。 
       「出迎えご苦労」 
       そう言いながら耳の後ろを掻いてくれるから、その気持ち良くって大きな手に顔を擦り付ける。 
       耳からノドに移った指から微かに感じる水の匂い。 
       あ、そうだ! 
       雨の日が嫌いじゃなくなったのがなんでか分かった! 
       殿と初めて会った時の事を思い出すからだ。 
       思い出したらなんだかスッキリしたなぁ。 
       さっきノドをくすぐってた手は、今は背を撫でてくれている。 
       あ〜、眠くなってきちゃった。どうして殿の手ってこんなに気持ちイイんだろ? 
       俺がうとうと気分に浸ってるうちに、いつの間にか殿が目の前からいなくなっちゃってた。 
       耳をすますと、外とは違う水の音がする。『お風呂』ってやつか。あれには近寄りたくないや。 
 
 
 
       さーて殿も帰って来たし、寝ーようっと。 
       ここには何匹も猫がいるけど、寝場所はそれぞれでお気に入りが決まってる。 
 
にゃー 
 
「おい、そこは駄目だっつってるだろうが」 
       やっぱ駄目か。 
       渋々枕の真横から退くと、殿は少し離れた所に布を置いてくれた。 
       駄目って言われたら仕方ない。大人しくいつもの場所へ足を向ける。ここからでも殿の顔は見れるから我慢するか。 
       雨が嫌いじゃない理由が分かったし。撫でてくれた殿の手はいつもより気持ち良かったし。気分いいまま寝ようっと。 
       それじゃあ 『おやすみなさい』 ♪ 
 
       
       
                                             Fin. 
       
                                         2007.3.11 
       
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