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4.6回目の溜息
初めて殿に会った時は最悪だった。
急に雨が落ちてきてずぶ濡れになっちゃって、慌てて走ってった木の下に殿が居たんだ。
人間の近くには行かないようにしてたけど、水に濡れて体は寒い。お腹も空いてて逃げる気にもなれないと疲れきってたあの時。
体は大きいし目付きは恐いし、今まで見てきた中でも「近付くな、キケン!」の見本のような人間だったのに、不思議と俺は安心してた。
雨が止まって、何となく歩き出した方向が殿と一緒だったからどうしようかと一瞬悩んだ。
でも向きを変える気になれなくてそのまま歩き続けたら、どこまでも殿はついてきた。
ついてきたというか、本当に行く方向が同じみたいで、俺の方を見る事もなく足を進めている。
ただ、全く見てないわけじゃない。だって、目が合う。そのたびに溜息が聞こえたけど、溜息をつきたいのはこっちだった。
気配が無くなったと思っても、いくつかの角を曲がるとまた同じ道を歩いていたり。
そんな溜息が6回目を数えた時、目的地に着いたらしく殿が立ち止まった。
帰る場所があるってイイナ・・・
何となく見送る気持ちで見上げていると、不意にこっちに向けられた視線とぶつかった。 「さっさと来い」
・・・? 「来いっつってるんだよ」
・・・何言ってんの、この人? 「来るのか来ねぇのかハッキリしやがれっ」
いきなりの大声に背筋がピンッと伸びた。慌てて足元に走り寄る。
いや、普通逃げるだろ俺!!
ほぼ真下から殿を見ながら、こんな行動をとった自分に驚く。
俺の顔を見てフンッと鼻をならすと、殿は冊の中へ入って行った。
今思い返してもどうして殿について行ったのか分からない。
俺は食べ物に困らない、眠れる場所が欲しかったのかと思ったさ。でも家に入ってからもどうしようかと落ち着かなかった。
殿に『俺の側に居りゃいいんだよ』って言われてやっと気付いたんだ。俺は不思議な安心感をくれるこの人の側に居たかったんだって。
今日もあの時と同じような雨。でもあの時とは違う。
笹に吊るされた紙がヒラヒラと揺れている。手を伸ばしても、スルリスルリと逃げるそれには、なにか書かれていた。
「日吉もなにか願い事?」
ヒカゲが新しい紙を手に聞いてきた。
願い事?
「七夕ってね、年に1度、彦星と織姫が会えた嬉しさに、大盤振る舞いで願い事をかなえてくれるの。頼まなきゃ損じゃない?」
「ヒナタ・・・」
「えっ、違ったっけ?」
・・・ホントにかなえてくれるの?
「願い事と言ってもおまじない程度でしょ」
苦笑で返した言葉は、俺とヒナタとどちらに向けたものだか。
俺、願い事しない。 まだ目の端に映るヒラヒラに気は引かれるけれど、そこに俺の願い事を書いて欲しいとは思わなかった。
「日吉?」
「願い事はないみたいね」
「そうだね、日吉にはお願いかなえてくれる人がいるもんね」
クスクス笑う二人の声が聞こえた。
雨が流れる窓の外を見ながら、俺の願いをかなえてくれる唯一の人を俺は待つ。
年に1度しか会えない人達がかなえてくれるとは思えない。
だって俺の願いは『ずっと殿の側にいること』だから。
耳がピクリと震えた。
ほら、俺の願いをかなえる足音が近づいてくる。
Fin.
2009.
7. 7
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