『この世で一番のスパイス』



「今日はここまでー」
 並盛中学校の屋上で、夕焼けに染まる空色から終わりを切り出した。
「まだ明るいよ」
「んー、でもあっちの雲が黒いからここもすぐ暗くなるぜ」
 風上を指して言えば、恭弥がそちらを見て眉をひそめる。雲の下は暗く、雨が降っていそうだった。
「腹も減ったし、メシ食いに行こうぜ。美味い店に連れてってやるからさ」
 戦闘狂な生徒は切り上げでごねるのが常だが、今日は大人しく武器を引いた。
 今日は素直だなとディーノは内心驚いたが口にはしない。ここで気を損ねると、ずぶ濡れのバトルが待っているのは学習済みである。
 ロマーリオが開けてくれた扉を潜り階段を下りる。リノウムの床を踏むキュッという音が3人分、校舎に響く。
 ディーノが恭弥も引き時を見極められるようになったんだなぁと感慨に耽っていると、足音が1つ遠ざかっていた。
 振り返ると出口に向かうディーノとロマーリオとは反対に進む雲雀が見えた。
「恭弥?まだ風紀の仕事残ってるのか?」
 そう聞いたものの、多分違うだろうと予想はつく。雲雀の向かう方向は応接室とは違うからだ。
 ディーノの呼びかけに雲雀が立ち止まる。
「お腹空いてるんでしょ」
 着いてきなよと言うと、雲雀は廊下を歩き出した。
 残された二人は顔を見合わせ、着いていくしかなさそうだと肩を竦めあった。
 そして連れて行かれた特別教室で、ディーノは己の目を疑うことになる。


 コトンと目の前に置かれた皿からは、特徴的な香りが立ち上っている。
 皿を見て、雲雀を見て、再度皿に目を落とす。しばし考えたのちに部下を見ると、メガネの奥が見開かれているのが分かった。ということは、これはディーノだけに見える幻ではないのだ。
 白い米にかかる黄色いルー。煮込まれたと思しき具材はやや小振りに揃えられている。
 手を合わせて「いただきます」と呟くと「どうぞ」と返された。スプーンを手にしながらも、ディーノの目は皿を見つめ続けている。
 ジッとこちらを見ている雲雀の視線を感じながら一口。
「美味しい?」
「…っっっ」
 口の中にカレーの味が広がるともに、ディーノの目に涙がにじむ。
「美味しくない?」
 ディーノの様子を見ていた雲雀の問いかけに、首をブンブン横に振って答える。
「……すっげー美味いです」
 恭弥が作ってくれた料理がマズいはずがない。そう続けようとしたが、言葉より態度だとディーノは口と手を動かすのを優先した。
 雲雀の手料理をこんなに早く食べられる日が来るなんて思ってもみなかったディーノは、ひとすくいひとすくいを感激とともに噛み締める。
 そんなディーノを雲雀は無言で見つめることしばし。半分ほど皿の中身が減ったところで、再び雲雀が聞いてきた。
「それ、本当に美味しい?」
 口に入っていた物を飲み込み、「美味いって言っただろ」とディーノはニッコリと笑った。
 正直なところ、味だけをいうなら「可もなく不可もなく」がディーノの感想だ。しかしディーノにとってこの際味は二の次であり、「雲雀がディーノの為に作ってくれた」というポイントが重要なのだ。
 しかしその返答が気に入らなかったのか、雲雀の顔が不満げに歪む。
 出来が気になるらしい雲雀を安心させようとしたディーノだったが、予想と逆の反応に?が浮かぶ。
 カレーの鍋を睨む雲雀に、ディーノは徐々に不安になりはじめた。
「あのー、恭弥さん? 美味いと何かマズいの?」
「あなた、これが美味しいと感じるんだ」
「えぇーっと」
 雲雀の言いたいことが分からず、言葉を濁す。
「僕の見込み違いだったみたいだね」
「?何が?」
 見込み違い。ディーノの何を見込んだのか知らないが、雲雀に期待ハズレと取られたことは間違いない。手料理まで振る舞ってくれた可愛い可愛い雲雀に失望されたとあっては黙っていられない。
「ちょっ、ちょっと待てって、恭弥はマズいカレーが作りたかったのか?」
「何のこと?」
 いまだ思案中らしい雲雀が、何を言われたのか分からないといった顔でディーノに聞いてきた。
「いやだって、美味いって言ってるのに喜ばないし…」
「あぁ」
 問いが腑に落ちたのか、雲雀はサラっと答えた。
「あなたが美味しいって言うなら作り直さなきゃいけないからね」
……美味いから作り直し?それって一体どーゆーコト??


「地産地消って聞いたことは?」
「えっと、農作物とか取れた土地で消費するシステム?」
「取れた土地だと狭すぎるけど。並盛でも野菜を作ってる農家があるって知ってた?」
 大型冷蔵庫から雲雀が取り出したのは、大きいが少し歪んだ形のニンジン数本。
 それが?とディーノは目で続きを促す。
「並盛の農家で売れ残った野菜があるって聞いてね。少しでも規格外だと買い取り値も高くない。売っても利益が出ないし、売るのも処分するのと変わりない状態らしい」
 なら並盛の活性化に貢献してもらおうと思ってね。続いた雲雀の台詞にぼんやりと浮かぶものはある。だが、それがディーノの味覚とどう繋がるというのか?
「あなたが美味しいと感じるなら、それは庶民の味とは言わないと思って」
「庶民の味…」
 つまり、売れ残った野菜その他でカレーを作る。それを並盛で売る。農作物は無駄ではなくなり、並盛の人々もカレーを食べることで並盛の野菜の美味しさを知り地元産業に貢献出来る。
「それで地産地消…。けど、なんで庶民の味なんだ?美味けりゃそれにこしたことねーだろ」
「一部受けしても意味がないんだよ」
「一部受け?」
 1度作って終わりなら美味さを追求するのも良いが、これは継続してこそ意味がある仕組みである。雲雀は「並盛の食材は並盛で消費する」を狙ったのだ。美味さを追い求めて食材を他から取り寄せるなど筋違いも甚だしい。
「それにね、美味しい物ってたまに食べるから良いんだ。でもそれじゃ駄目だって分かるよね」
「まあな」
 定期的に売れなくてはそこで終わってしまい、また野菜は売れ残り農家は立ち行かなくなる。
「甘すぎず辛すぎず、並盛の常備食になるくらい誰でも口にできるカレーにしたつもりだったのに」
 そう言ってまた雲雀は鍋を睨んだ。
 なるほど、つまり雲雀は「普通」と言って欲しかった訳だ。なら話は早い。
「あー恭弥」
「何」
 雲雀は「これからどう改良しよう」と検討中の様子で言いにくい。が、言わなければ話が進まない。
「実はな、正直言うとな味だけなら物足りない位だったんだ」
「・・・何それ」
 チャキっと不吉な音がディーノの耳に届く。
「待て待て待てっ、聞けっ」
「命令するな」
「聞いて下さいっ」
 後ろからロマーリオのため息が聞こえたが、体裁にかまってはいられない。拳をにぎり訴える。
「恭弥が作ってくれたんだから美味く感じて当然だろ!」
「僕は作ってない」
「………え」
 次の瞬間、雲雀からの言葉と武器のダブルパンチに、床に沈むディーノの姿があった。


「やっぱり恭弥の愛情がこもってるって」
「そんなの入れた覚えはないよ」
痛む頭をさすりながら、ディーノが残りのカレーを頬張る。
「ルーをかけた時に一緒にかかったんだなー」
「勝手に妄想してれば」
 呆れられてもディーノには美味く感じるのだからそれでいいのだ。
「恭弥も食べる?」
「いらない」
「どうして?」
 手合わせでたっぷり運動した後だ。腹が減ってないはずがない。
「あなたがもっと美味しいもの、食べさせてくれるんでしょ」
 雲雀の期待に応えるのは、いつもディーノの喜びだったが・・・
「・・・俺がよそったらカレーも美味くなるかもよ?」
「ねぇ、今日は魚が食べたい」
「・・・食べ終わるまでもうちょっと待ってな」
「早くしてね」
 早食いすると行儀が悪いと怒るくせに・・・。
 頬杖をついて待つ雲雀に見られながら、スプーンの動きを少し早める。
 風紀委員一同(雲雀を除く)で作ったカレーを味わいつつ、いつか俺が作った料理が食べたいって言ってくれる日が来るかなーなんて夢見るディーノだった。




                                2010. 7. 23

                  fin.




削った部分にこそディノヒバ要素があったと
今気付いてもどうしようもないという・・・
ディーノがイイ店に連れて行くから、
雲雀たんの舌も肥えてしまったんだよーとか。
そのうちどっかで・・・無理かな(笑)