いつか、いつか? 
       
       
      
        
          
             
             
             帰り仕度も済んで後は鍵を閉めるだけの部室で。 
「あ、持ってきちゃった」 
カバンをゴソゴソ探っていたセナが言った。 
手には土産屋の物と思しき細長い紙袋。 
何だと目で問えば、袋からソレを出して見せた。 
「昨日、出張のお土産って父さんからもらったんです」 
そういえばカバンから出すの忘れてたとセナが笑う。 
土地のマスコットかなにかだろう人形が先端についた耳かき。 
男子高校生への土産にしてはずいぶんとかわいらしい。 
セナもそう思ったのか苦笑いだ。 
「テメーには似合いじゃねーの」 
「えぇー、そうですか?でも仕方ないのかな。多分これ、まもり姉ちゃんの好みっぽいから」 
「糞マネへの土産じゃねーだろ?」 
「だって使うのまもり姉ちゃんだから」 
            「…………つまりテメーは高校生にもなって耳掃除を糞マネにしてもらってるってことか」 
「だ、だって、恐いじゃないですか!」 
俺の冷たい目に怯みつつも反論なんてしてきやがった。 
「自分じゃ見えないんですよ?うっかり耳に穴あけちゃったりしたら痛いですって、きっと!」 
耳に穴ってなんだ。鼓膜を破るって言いてーのか。 
「そりゃ痛いじゃスマネーナー」 
「やっぱりー!!」 
怯えたセナは涙目になって震え出した。 
顔も青ざめているが内容が情けなくてため息が出る。 
「馬鹿かテメーは。いや馬鹿なのは分かってるから、大馬鹿だなテメーは」 
「ヒル魔さんヒドイ…」 
            「どんだけ力込めて耳かきするつもりだ。そっとやりゃーいいだけだ、この馬鹿が」 
「む、難しくないですか?」 
耳かき握りしめて迫るな。 
「そんなもん体で覚えろ」 
「か、体でって」 
今度は顔が真っ赤になった。 
何考えてんだテメーは。 
仕方ねーなー。 
首をかしげるセナに向かって手を差し出した。 
「それ寄越せ」 
セナが渡してきた耳かきを受け取る。 
長椅子の端に座って膝を叩くと、セナが目を丸くした。 
おずおずと横に座るから、グイッと頭を引き倒してやった。 
「ヒ、ヒル魔さぁん」 
「じっとしてろよー。動くと危ねーぞー?」 
キュッと上がった肩を撫で下ろしてから耳を引っ張って覗きこんだ。 
そのうち、セナの体から力が抜けていくのが分かった。 
ヒル魔だって人の耳かきなどしたことはない。 
だが、出て来る耳垢とセナの様子から、下手ではなさそうだと自信を持った。 
片方を終えると、今度はいそいそとセナが体勢を変えてきた。 
「次からはテメーでやれよ」 
「えー、こんなのすぐには覚えられませんよー」 
擦り寄ってくる頭をつかんで、耳を明かりに向けた。 
「いたたたっ」 
「勝手に動くなっつっただろ」 
「はーい」 
大人しくなったセナはうっとりと目を閉じている。 
その様子に「これからも俺がやってやる」と言いそうになったが、堪えた。 
ここで折れたら糞マネと同じだ。 
それに高校生にもなって耳かきくらいできなくてどうする。 
「いきなり突っ込まずに、徐々に滑らせてきゃいけるさ」 
「頑張りますー」 
気の抜けた声の返事に軽く耳の縁を引っ張った。 
クスクス笑いに揺れる頭をつかんで固定する。 
他人がこの光景を見たらどう思うだろう。 
ヒル魔とて想像したことのないシチュエーションだ。 
自分には似合わないだろうほのぼのした空気の中を、のんびりした声に呼ばれた。 
「ヒル魔さーん」 
「なんだよ」 
「気持ちいいですー」 
「そーか」 
「僕、頑張って耳掃除できるようになりますねー」 
「あーガンバレー」 
「上手にできるようになったらヒル魔さんの耳掃除してあげますねー」 
………なんだと? 
セナの申し出に耳かきを動かすスピードが落ちていく。 
「ヒル魔さん?」 
呼びかけに我にかえると、セナの髪をかきまぜ告げた。 
「ほい、終了ー」 
「あ、ありがとうございました」 
身を起こしたセナを横目に、まとめた耳垢をごみ箱に捨てる。 
よっぽど気持ち良かったのか、セナの目はまだトロンとしている。 
「気持ち良かったか?」 
「はい!」 
「覚えられそうか?」 
「が、頑張ります」 
「それじゃあダメだな」 
「へ?何がですか?」 
キョトンと見上げる大きな目がまっすぐ見上げてくる。 
「『頑張る』程度の意気込みなテメーには、俺の耳掃除なんざ無理矢理」 
「じゃあじゃあっ、すっっっごく頑張りますから!」 
「俺より下手な奴には耳は預けられねーな」 
「ヒル魔さんより上手になってみせますからっ」 
「へー、ガンバレー」 
俺の熱のない返事にも絶対上手になってみせます!とセナは目を輝かせた。 
ところでコイツは気付いてるんだろうか。 
セナの耳掃除の腕をジャッジするのが誰なのかを。 
せっせと練習したとしても所詮セナ(自分)の耳。 
つまり、「ヒル魔以上」と認める他人の評価が求められるという事だ。 
そして今まで耳掃除をしたことのないセナの練習台など誰もしたがらないに決まってる。 
また別の意味で『ヒル魔の耳掃除』も敬遠されるだろう。 
そして、経験をつめないセナが言うだろう「頑張ったから大丈夫(だと思います!)」に頷くヒル魔ではない。 
結論。セナにヒル魔の耳掃除をする日は来ない。 
セナは可愛く思っているが、それはそれ、これはこれ。 
ヒル魔も「あっ、やっちゃった!」で鼓膜を破られたくはないのだ。 
「ヒル魔さんに気持ち良くなって欲しいから頑張りますね!」 
…まあ、そこまで言われてはヒル魔も悪い気はしない。 
さて、耳の遠くなった爺さんになる頃になら考えてやってもいいかもな。 
 
 
             
             
                                                     Fin. 
             
             
                                                2012.
            5. 1 
             
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      どう考えてもうちのセナは耳掃除ヘタそうなんでこうなりました。 
      いつになったらヒル魔さんの耳掃除、 
      出来るようになるんですかね(笑) 
       
       
       
        
       
       
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