ジレンマ
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この思いをどこにぶつけたらいいのだろう‥‥
『女の子じゃないんですから』
俺の構い方が女に対するようだとセナは言った。
それを過保護だとセナは拗ねるが、ぶつかってよろけた身体を支えられたり絡まれている所を引っ張り出された回数が多いからだと思い付かないのか。 『すみません』と『ごめんなさい』
これもよく聞く。街中をセナと歩くと何度も耳に入る言葉。人や荷物にぶつかる度にセナが謝っているからだ。
たまに向こうが悪くても、睨まれて反射的に頭を下げてたりもする。そんな連中の時はたいがいセナ越しに俺が睨むと難癖付けずに去っていくが、多分セナは俺が睨みをきかせている事など気付いていないだろう。
まったくもって目が離せない。手間がかかって迷惑だと文句の一つや二つ言ってやりたかったが、俺がほおっておけないのだから仕方がないと腹に仕舞いこんだ。
だが、それも恋人となるまでの事。
練習を早めに切り上げたらぶつかってしまった満員電車。ドア近くで周囲からセナを庇うように立った時にやはり『女の子じゃないからいいのに』と呟いた。急カーブに車内全体が揺れる。その拍子によろけて軽く俺の足を踏んで『ごめんなさいっ』と息を詰めたセナ。聞き飽きる程聞いた言葉。いつも周りに満遍なくふりまかれるのと同じ。
しかし。
見てしまった表情に。
聞き取ってしまった声に。
俺にだけ向けられたセナの甘い感情。
それに気付いてからというもの、俺の中で文句の内容が変わってしまった。
さっきまで空いていた車内が、今は鮨詰め状態だった。いつも混みだす駅ではなかったのでセナを庇う間もなく人に流されてしまい、背中にドア横の手摺りが当たって食い込んでいた。身体の角度からセナにも俺の状態は分かっているようだったが、俺は痛みを顔に出しはしなかった。なぜなら。
申し訳なさそうに歪むセナの顔が顎の下辺りに見える。向かいあって立っていた形のまま流されたので、セナはすっぽり俺の胸に収まっていた。できるだけ踏ん張ってこらえようとしているが、後ろからの圧力で俺を押してしまう度に『ごめんなさい』と目が訴えるからだ。
力が足りずに踏ん張りきれない悔しさや、俺の背中に対する心配。それと、俺と密着している体勢への恥ずかしさ。感じられるのは媚びも計算もないまっすぐな気持ちだけ。この恋人の顔を見て見栄を張れないような奴は男じゃないだろ。
数十分後、乗り換えの為降りた客の分だけ空いた車内でやっと背中の痛みと息苦しさから開放された。密着状態ではなくなったものの、俺とセナの距離は『並ぶ』よりは近く『寄り添う』よりは遠いくらい。 「やっぱりヒル魔さん、僕を甘やかしすぎ」 「そーか?ならご希望通り練習メニューと時間増やすか」 「そっちじゃないです」
言いたい事は分かってはいたが、拗ねた顔のセナが可愛くてついからかってしまう。
「僕だって前に比べたら筋肉だってついたし背だって‥‥多分伸びてるし」 「どれどれ」
「頭押さえないで下さいよ〜」
もう!と頬を膨らませてセナが怒るが、その様子も可愛いとしか映らない。頭に乗せた手で撫でてやると、不機嫌と歓喜と羞恥が混じった表情で見上げられた。
そんなセナを見て下がりそうになる自分の目尻に力を入れる。にやけた面はこっぱずかしくて見せたくないからだ。
なのにセナは、俺の努力を粉砕する行動に出た。
そっと足を動かし距離を詰めると、俺の片口に頭を寄せてきたのだ。近くにいないとはいえ、まだ少なくない人数が乗っている車内。誰が見ているかしれない場所で大胆な態度を取ったセナに驚いていると。 「・・・ずっとこうしてたくなるから」
だから甘やかさないで。
耳まで赤くして擦り寄ってきたセナをその場で押し倒さなかった俺を褒めて欲しい・・・
小さい文句は言い出したらきりがない。しかし考えたら根っこはひとつだ。 『セナが可愛すぎるのが悪い』
言いたい。言ってしまいたい。だがセナに言ったところで拗ねるか怒るかどちらかに転ぶ事は確実だし、自分が可愛いなんて信じようとしないだろう。それに、可愛くするなと文句を言われてもセナだって困るだろう。
このジレンマをぶつけたい。だがセナにはぶつけられない。もう誰でもいいから八つ当たり(かろうじて自覚はある)してやろうかと思ったその後時、いたじゃないかと気がついた。誰でもないセナを可愛くさせた相手が。
声に出しはしなかったが心の中で俺は叫んだ。
『蛭魔妖一のバカヤロウ−−−!!!』
2008. 5. 1
Fin.
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うちのヒル魔さんてバカですね・・・。

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