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      おくる言葉 
       
       
       
      携帯の画面を眺め、打っては消し打っては消しを繰り返して数分。 
ほのかに光る画面を眺め、雲雀はため息をついた。 
 
 
顔を上げた先にはカレンダー。 
雲雀の部屋にカレンダーは置いていないと聞いたディーノが、ジャーン!と言った持ってきた。 
つぶらな瞳の小動物の写真でいっぱいのそれにクッキリ書かれた赤丸。 
雲雀の誕生日を聞き出し花丸を書いた後に、 
『これが俺の誕生日』 
と笑って書き込んだ。 
プレゼントの要求かと聞いたら、そんなつもりじゃないと慌てて手を振った。 
『教えてもらったから俺も教えただけ』 
それだけだよと。 
だからすっかり忘れていたのだ。 
誕生日といえばプレゼントだ。しかし、本人が要らないと言っていたし、第一なんでも持っていそうなディーノに何を贈れば良いというのか。 
おそらく雲雀からならチ□ル1個でもディーノは大袈裟に喜ぶに違いない。だからといってチ□ル1個はさすがに気が引ける。 
祝う気持ちはあるにはあるが、態度としてあらわすとなると…。 
カレンダーをめくって気付いたディーノの誕生日。 
プレゼントを贈るか悩んで1日。 
贈ろうにも届け先を知らないことに気付くのに1日。 
何も贈らないと決めたものの、では何をするかに悩んで1日。 
つまり今日がまさに当日。祝うなら今日しかない。 
せめて言葉ひとつくらいはと思い、やっと考えついたのは携帯のメール機能。 
電話もメールもディーノからばかりで雲雀からメールを送るのは初めてだったが、使い方くらい分かっている。 
だが、宛て先を選び、件名を打ち、本文画面を開いて雲雀の指が止まった。 
どう打てばいいのか分からなくて。 
<誕生日おめでとう>は件名に使った。 
<ハッピーバースデー>と打つのもくどい。 
<良い1年を>だと年賀状のようだし、<元気で>なんて手紙の締め言葉だ。 
まさか自分が日本語で困る日がくるとは思ってもみなかった雲雀だった。 
 
 
思い付いては打ち、打っては消してを繰り返し、雲雀はいつになく疲れてしまっていた。 
一度など作成途中に電話の着信があり、弾みで文面を消してしまった。ついでに電話も切れてしまい、憤りのまま着歴を見てからうなだれた。 
せっかくのディーノからの電話に出ることが出来ず、かといってこちらからかけるのも慣れなくて気がすすまない。 
普段感じない疲れからか、雲雀の手元の画面には気の利いた言葉ではなく文句が並びはじめた。 
【誕生日なんか教えないで。 
要求があるならハッキリ言って。 
だいたいあなたがここにいないのが悪い。】 
思い付くまま打った文字を見て、徐々にムカつきが沸き起こる。 
たった一言のために何故雲雀がこれほど悩まなければならないというのか。ディーノがここにいたらこんなに雲雀は悩まなくてすんだはず。 
そうだ、ディーノのせいだ。 
思わせぶりに教えたくせに雲雀が祝えない場所にいるディーノが悪い。 
思えば思うほどムカムカがつのり携帯を持つ手に力が入る。 
それに今日の電話だってディーノがもう一度かけてくれば雲雀は出たのだ。またかかってくるかもと電話とにらめっこした30分が馬鹿みたいではないか。 
そこまで考えて肩の力が抜けた。 
本当に馬鹿馬鹿しい。そもそも雲雀は何を願われた訳でもないのだから何もしなくて良いのだ。困る理由も悩む必要もどこにもない。 
少し明度の落ちた画面でカーソルが点滅している。 
連ねた文字を見直す。八つ当たりもいいところだと自分でも呆れる。これでは「来い」と言ってるのと同じだ。 
恥ずかしさに消してしまおうと指を伸ばしたまさにその時。 
 
ピーンポ〜ン♪ 
 
チャイムの後に遅れて音が鳴った。そして画面には送信完了の文字。 
「………」 
送ってしまった。 
あまりのことに固まってしまった雲雀の部屋に再びチャイムの音が響く。 
「……咬み殺す」 
握っていた携帯をほうり出し、雲雀は愛器を手にして玄関へ向かった。 
あのメールをディーノが読む。考えただけで顔から火が出そうだ。 
口に出した言葉は消えない。同じく送ったメールも取り消し出来ない。 
チャイムの主が誰で何の用だろうが関係ない。雲雀はあの音に驚いて指を滑らせた。結果、消すはずのメールは送られてしまった。 
今から何をどうしようが、次に会う時に雲雀がディーノの前でとてつもなく恥ずかしい思いをすることに変わりはないが、原因をぐちゃぐちゃに咬み殺しでもしないと気がおさまらない。 
ドアを開けると同時に雲雀はトンファーを繰り出した。これで少しはスッキリできると思ったのだ。 
しかし手に感じるはずの衝撃はいつまでたっても伝わってこず、目は転がるはずの獲物を写さず何かに塞がれている。 
何が起こったのか分からない雲雀の背中と後頭部が押され、前にいる何かに引き寄せられた。 
引き寄せられた?何に? 
「…恭弥っ」 
耳に届いた震える声。押し殺し切れない興奮がにじんでいるような。 
雲雀が反応出来ないほど素早く、ホールドされても抵抗を起こさせない、誰か? 
…そんな相手は一人しかいない。 
「恭弥、俺頑張ってもっと来るから、仕事片付けて時間も作ってから来るから。頑張るから…」 
始めは大きかったディーノの声が徐々に小さくなっていく。 
「あなた…なんで」 
「今回は短時間の滞在だから寄るつもりなかったんだ。でもなんとか時間作れたから。1度電話はしたんだけど」 
切られちまったからかけ直ししにくくて、と言われて思い出した1度切りの着信にイラついたのは少し前だ。 
「いきなり来ちまってゴメン。…でも来て良かった」 
雲雀にしか聞こえないくらいの小ささの声のあと、体に回された腕が強さを増した。 
いつもより強い力に痛みを感じてようやく、あまりに突然なディーノの登場で止まっていた雲雀の思考が回りだす。 
疑問やら困惑やら憤りやら羞恥に強張る口元からなんとか声を押し出す。 
「…っ、違うから」 
「ん?」 
押し潰さんばかりに込められていた力が緩み、二人の正面にすき間ができる。 
今すぐ腕を振りほどき文句をぶつけろと頭で叫ぶ雲雀がいる。しかし実際は柔らかい囲いの中、小さくなりながら顔もあげられずにいた。 
「何が違うって?」 
甘い。ディーノの声がいつもより何倍も甘ったるい。 
「教えて、恭弥」 
唇の動きを感じるくらいの近さでささやかれ、頭のてっぺんから背中まで一気にしびれが駆け降りる。 
動こうとしない雲雀に何を思ったのか、ディーノの笑う雰囲気が伝わってくる。またその空気が甘い。 
ただの文句だ、勘違いするなと言ってやりたい。だがそのためには顔をあげねばならず、けれどあげた先にはキラッキラのディーノが待っている。 
…恥ずかしくて顔などあげられるはずかない。 
それに雲雀が何をどう言ったところで今のディーノは己に都合良く解釈するだろう。言葉を重ねれば重ねるだけディーノは喜びそうだ。 
「とにかく違うから」とだけ言ってあとはだんまりを決め込んだ。もうそれしかできなかったのだ。 
返ってきた「分かった」には「何が?!」と叫んでしまいそうになったがグッとこらえた。「分かった」と言ったのだからこれ以上言わせる必要はないと雲雀は自分に言い聞かせる。 
「メール嬉しかった。ありがとうな」 
蕩けそうな目をしたディーノが雲雀を見ている。そんな声をしているから見えなくても分かる。 
目を合わせたら負けな気がして、雲雀は俯き続けるしかない。でも、これで良かったのかもしれないとふと思った。 
雲雀が祝えばディーノが喜ぶと思ったから。そして嬉しいと言われた。望む結果を得たのだから悪い気はしないのも当然か。 
「もっと恭弥に会えるように努力する。約束は、できないけど」 
「…寝不足でフラフラなんかしたら許さないから」 
ん、という返事が雲雀の髪を揺らした。 
 
       
       
                                         Fin. 
       
                                      2011.
      2. 4   
       
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