『 イイトコロ 』 
       
      
        
          
             
             
             
            「なーに唸ってんだ」 
             後ろからかかった声に顔を上げると、ヒル魔さんが屈みこんで僕の目の前にあるノートを覗き込んでいた。 
            「次の授業で当たってるんです。でも、なんかどう書いたらいいのか分からなくって」 
            「自分の自慢できる事を3つ挙げなさい?」 
            「教壇に立って発表するんです。ジコケイハツがどーたらって先生が言ってたんですけど」 
            「作文っつーより教育セミナーだな」 
             『セミナー』ってなんだろう? と思いつつ、タイトル以外は1行も進んでいないノートに目を戻す。 
            「先週はモン太も同じ課題出されたって聞いてたからどんな事書いたのか聞きに行ったんですけど、2つしか思いつかなかったって」 
            「キャッチと、あとは?」 
            「それが教えてくれなくて。発表の時もうまくしゃべれなかったって言ってました」 
            「ま、だいたい想像つくがな」 
            「・・・手帳ネタですか?」 
            「そんなモン手帳使うまでもねーよ、バーカ」 
             驚いて見上げた額をつつかれる。 
            「テメーにもあるだろ、自慢できる事」 
             そりゃ、あるにはあるけれど。 
            「足が速くなったのは自分が頑張ったからじゃなくってパシリやってた結果だから、自慢って言っていいかどうかと思って」 
             自分が弱かったから結果として速くなっただけで、それは自慢していい事じゃない気がして。 
             ハッと笑い声が上から降ってきて、次の瞬間、頭を鷲掴みされたうえにギリギリ締め上げられた。 
            「イダダダダッッッ、イタッ、イタいですヒル魔さんっ」 
             涙声で訴えると手を放してくれたが、最後にパーンと軽く後頭部をはたかれた。 
            「人が悩んでるのに何するんですか」 
             涙声だったし、実際涙がにじんできた。あー、まだジンジンする。 「今、役にたってんだから過程はどうだっていいだろ。思いきり自慢しとけ」 
             確かにこの足が速くなければアメフトに出会えなかったかもしれない。それに・・・ 
「足が速かったおかげでヒル魔さんに見つけてもらえたようなものですしね」 
「目を付けられたって言いてーんじゃねぇか?」 
             そう言ったヒル魔さんが隣に座り、片手で頬杖をついて僕に顔を近づけた。 
            「あはは・・・  でもヒル魔さんの目に止まったから今の僕があるって本当に思ってますよ。うん、そうですね、確かに自慢の足です」 
             顔の近さにドキドキしながら答えた。 
「でも他に自慢できる事は思い付かないです」 
             頭も見た目も並(頭は以下だけど・・・)の自覚くらい僕にもあったし、足以外のスキルは持っていない。 
            「あるぜ、3つ」 
             あっさりしたセリフが耳に飛び込む。 
            「えっ、ビビりも頭悪いのも自慢できませんよ?!」 
             驚いて横を見やれば、そんな事自慢になるかと鼻で笑われた。 
            「じゃあ何ですか? あと2つもあります?」 
             指を3本、ヒル魔さんの目の前に立てて揺らす。 
            「足が速い」 
             ヒル魔さんが僕の立てた人差し指を曲げながら言う。 「俺を好き」 
             中指。 「俺が好き」 
             薬指。 「おら、3つあったぞ」 
             ・・・え、え、ナニ、今の? びっくりして手を引いてしまった。 
            「・・・これって、自慢ですか?」 
             中指と薬指をそっと伸ばしてみる。 「自慢できるだろ」 
             ニヤニヤ笑いで見つめられて思わずうつむいたら、近付くヒル魔さんの長い指が目に映った。 
             中指がつままれて 「俺を選んだ目の付け所の良さと」 
             薬指をなぞられる。 「俺を落とした事を自慢しないでどうするよ」 
             ヒル魔さんに触れられた場所に灯った熱が全身に広がっていく。 
            「そ、それは確かに、そうかも、しれないですけどっ みんなの前で言うのはちょっと・・・」 
            「なんだ、言えねぇのかよ」 
             ちょっとムッとした、でもフリだって分かる言い方でそんな事を言われてちょっと笑ってしまった。 
            「何がおかしいんだテメー」 
             おでこを突かれても笑いは消えない。 
             さっき指先に灯ったのとは別のぬくもりが胸の底から湧き上がる。それが頬をゆるませた。 
            「違いますよ。その3つなら大声で自慢出来ます。でも、もったいないから黙っていたい気もあるから」 
            「もったいないだ?」 
            「だって大声で自慢しちゃったら、僕が捕まえた人がどんなにすごい人かって事もみんなに分かっちゃうじゃないですか。それでヒル魔さんを好きになっちゃう人もできるかもしれないし。そんなの僕、嫌ですから」 
            「そりゃあ面倒だな、確かに」 
             面白そうに笑うヒル魔さんに、そうでしょ?とまた笑う。 
             ふと思いついて聞いてみた。 
            「ヒル魔さんの自慢ってなんですか?」 
             たくさんあって選べなさそうだと思いながら、でも違う答えを僕は期待した。 
             考えるように目を閉じるヒル魔さん。ゆっくり開く目に見つめられて鼓動が跳ねる。 
             立てられる人差し指。 
            「考える力があること」 
             中指が上がる。 
            「テメーが好きなこと」 
             言葉は続かない。沈黙が落ちた。 
             でも、 
            「・・・ヒル魔さんの自慢になれるように、僕、頑張ります」 
             そっと薬指を持ち上げた。そのまま手を握られる。 
             今、ヒル魔さんの側にいれる自分が誇らしい。 
             そしてこれからもこの人に誇りに思ってもらえるような自分でいたい。 
             引き寄せられた腕の中で、ヒル魔への想いと自分への誓いを新たにかみしめるセナだった。 
             
             
 
            「ヒル魔さん、僕、もう1つ自慢できる事がありました」 
            「言ってみろ」 
            「アメフトが好きな気持ちは誰にも、ヒル魔さんにも負けませんよ」  にっこり笑うとヒル魔さんの眉が片方上がった。 
            「いい答えだ、糞チビ」 
             大きな手に髪をかき混ぜられた。ちょっとくすぐったい。 
             アメフトが大好きな気もちは負けませんよ。でもヒル魔さんを好きな気持ちには負けるかもしれない、なんて言ったら怒るかな?? 
             
             
             
                                            2007.12.20 
             
            
                                  Fin. 
             
             | 
           
        
       
       
       
       
      こ電車の中で聞こえてきた会話に 
      超萌えてできたネタです。 
      ありがとう、ありがとう高校生! 
      そして、セナたん 
      お誕生日オメデトウ! 
      (1日フライング!) 
       
       
       
       
        
       
       
       |