「今日はこれで終了ー」 
      「まだだよ」 
      「暗いし腹減ったから止め止め」 
      「そんなのバトルに関係ないよ」 
      「これは修行。だから俺が止めるっつったら終わり」 
       ディーノはニッコリと笑ったつもりだが、雲雀の目にはどう写ったのか。ご機嫌を損ねたようで、プイと横を向いてしまう。 
       だが雲雀のトンファーはその手に無く、足も膝をつくギリギリまで酷使している。気力とバランスでやっと立っている状態のはずである。 
      「ま、時も場合も選んじゃいられねー事態もあるけど、それはまた今度な」 
       ディーノは弾き飛ばしたトンファーに近付き拾いあげる。 
      「少し休憩したらメシ食いに行こうぜ」 
       手元に差し出すと、雲雀は大人しく愛器を受け取った。体が動かなくなる手前だと感じてはいるらしい。そうでなければ渡した瞬間、トンファーが襲ってきていただろう。 
      「しっかし、進歩したなぁ恭弥」 
      「それ、嫌味?」 
       顔には出ないが、その台詞には動けなくなるまで振り回された事にムカついていると読み取れた。 
      「んー? 違うって。前は動けなくなってもやろうとしたじゃん。自分のコンディションを無視してもイイ事なんもないし?」 
      「今だってやれるよ」 
      「お前を壊したくないからダメ」 
       暗に『潰すぞ』と匂わすディーノ。それくらいで怯える雲雀ではないが、確かにこれ以上の怪我や体力の消耗は避けたかった。 
       完全に戦闘体勢を解いた雲雀を見たディーノがニコニコと笑う。『いい子だな』と言い出しそうでムカつくが、口に出されるよりましだった。放置が一番と最近悟った雲雀である。 
       
       
       
      「お腹減ると闘えないって、どれだけへなちょこなの」 
       夏の陽は長い。夕方といってもまだまだ明るく、言い訳になるほど完全に暗くなるには時間がある。 
       少し離れた場所に停めた車を待つ間、ディーノと雲雀は仲良く並んで休憩していた。『仲良く』と思っているのがディーノだけなのは二人の表情を見れば分かる事だったが、それを指摘する者は(雲雀にとって残念なことに)その場にいなかった。 
      「食事は大事だぞー。ほらあれだ、腹が減っては戦は出来ぬってな」 
       得意げに語るディーノがニコニコと笑う。どれだけ勉強したのだろうと雲雀が思うくらい、ディーノは日本語を知っている。 
      「それに恭弥は成長期だしな。たくさん食えよー」 
      「腹八分って言葉は知らないみたいだね」 
      「んー? 80%くらいでやめとけってヤツだっけ」 
      「知ってるんだ」 
       雲雀が軽く目を見張り隣を見る。 
       どんな必要を感じたら『腹八分』を覚えようと思うのか。それに知っていても使えないなら無駄に等しいのに。 
      「控え目なジャッポーネらしい言葉だよなー。でも俺に遠慮はいらないから、財布の80%なんて言わず好きなだけ食っていいぜ!」 
      「………あなたは食べ過ぎだよ」 
       ため息とともに横に向けていた顔を前に戻した。 
       雲雀はそんな遠慮などしていない。そもそも、『8割』のかかり所が間違っている。確かに『腹』と『懐』は同じ意味も持っているが、この場合は違うものを指している。 
       『知っている』と『意味を理解している』には深い溝があるのだと、ディーノといると気付かされる。(別に雲雀は知りたくもなかったが) 
       昼より少し涼しい風が二人の髪を揺らしていく。 
       気持ち良さそうに伸びをしたディーノは、はーっと深い息をついた。 
      「疲れてる?」 
      「ん?」 
      「肩が落ちてる」 
      「そっか?」 
       肩と首を回すとコキコキ鳴る音が雲雀にも聞こえた。 
      「溜まってた仕事、一気に片付けてきたから体が鈍ってんのかもな」 
      「……相変わらず、あなたはムカつくね」 
      「えっ、どーして?!」 
       鈍ったとか言いながらも、雲雀を振り回すだけの力の差を見せ付ける相手のその言いようが気に食わない。 
       だがそれ以上口にすると不満が止まらなくなりそうで、雲雀は口をつぐんだ。何を言ってもディーノが笑って受け流すだろうことも、自分の子供っぽさを強調すると分かるからなおさらである。 
       そうして黙り込んだ雲雀をどう受けとったのか、ディーノが顔を覗き込もうとしてくる。もちろん反対に顔を背けた。が、更に寄って来たので、間を空けるために横へ動く。 
      「怒ってる?」 
      「怒ってない」 
       雲雀は怒ってはいない。ムカついているだけだ。 
      「じゃあなんで逃げるんだよ」 
      「逃げてない。暑いから避けてるだけ」 
       実際、近寄られた腕にディーノの体温が感じられる。先程までの名残か元々なのか、雲雀より高い熱が腕に暑さを移す。 
       納得のいかない顔付きのディーノだったが、それ以上食い下がることなく座りなおした。スキンシップは大切だと豪語して嫌がる雲雀にベタベタしてくる普段との差が、小さな刺のようにひっかかる。 
       いつもと同じノックもせず開けられた応接室のドアに始まり、同じようなやりとりに、屋上での勝敗も悔しいが同じ。違うことと言えば、いつも以上に振り回されたくらいで… 
       考えがまとまる前に手は動いていた。 
      「っっ〜〜〜!」 
       前触れもなく首筋から腰近くまで撫で下ろされ、ディーノの全身が波打つようにビクビクッと震えたのが雲雀の指に伝わってきた。 
       人差し指で背筋だけを、ではなかったが、軽いタッチの触り方は、ディーノが飛び上がるに十分のくすぐったさだったらしい。 
      「触るなら触るって言えよ、恭弥っ」 
      「触ったよ」 
      「今じゃ遅い!」 
       予想してなかった接触は結構な衝撃だったらしい。いまだ体をすくませたままのディーノが恨めしげに雲雀を睨むが、雲雀はどこか納得した表情でディーノを見返した。 
      「ねぇ、動くのも億劫なくらい疲れた体で僕の相手をしようだなんて、あなた失礼だよ」 
      「…恭弥?」 
       ディーノのうなじから肩に続く辺りに雲雀の手が伸びる。今度はゆっくりと近づいてきたので、何をするのかとディーノも逃げずに自分のそこに目をやった。 
      「片付けた仕事ってデスクワークが主だね。肩も背中も固い」 
       雲雀が憎らしく思うほど綺麗についたディーノの筋肉は、指の下で反発するように固く張り詰めている。よく見れば長い睫毛の影のように、目の下には隈ができていた。 
      「自分が動きたくないから接近させなかった? そんなに疲れてるなら相手なんてしてくれなくて結構。僕だって病人一歩手前の人間を咬み殺しても楽しくないからね」 
       足に力を入れて雲雀が立ち上がる。見下ろしたディーノは何も言わずに雲雀を見上げている。 
       確かに立てなくなる寸前まで雲雀は体力を使い果たした。だが、近寄らせもせずに終わらせられたバトルには何の手応えも残っていない。 
      「『会いたかったから』とかですませないで。それだけなんて邪魔なだけだ。それに、これがあなたの言う『修行』なの。…なら、あなたは家庭教師として最低だ」 
       つぶてとなった言葉にディーノの顔が歪む。しかし言い訳も謝罪もディーノは口にしなかった。雲雀もそれを受け入れるつもりもない。 
       見つめ合ってしばし、先に視線を切ったのは雲雀だった。ゆるりとまぶたを落とし、もう一度ディーノと目を合わせる。 
      「今のあなたと食事なんてしたくないから帰る」 
       雲雀がくるりと背を向け歩きだすと、後ろで慌てて立ち上がる音がした。 
       扉まであと数歩で立ち止まり、後ろを振り向く。雲雀の目に写ったのは、色々な感情が交じり合いながらも逸らされない飴色の瞳。 
      「チャンスをあげる。明日また今日みたいな真似をしたら二度と並盛に入る事は許さない。食べて、寝て、出直しておいで」 
       それだけ言うと、今度こそ雲雀は屋上を後にした。 
       翌日。前日よりは大分マシな顔になったディーノは、応接室に現れ『もうあんな事はしない』とだけ言い、雲雀の返事も聞かずに屋上へと向かっていった。 
       それを見送り、手にした日誌を棚にしまい雲雀が応接室を出ると、眼鏡の黒服が扉の横で立っていた。 
      「恭弥……」 
      「あの人が手にしたチャンスを潰す気かい?」 
       威嚇でも脅しでもない響きは、しかし反論を許さない強さを秘めている。 
      「僕から目を逸らさなかった。あの人が保身に走らなかったからあげたチャンスだ。けど君がそれを言うならあの人が言ったのと同じだと僕は受け取るよ」 
       真っすぐディーノの背中だけを見つめる表情に迷いはない。 
       何も言えずに立ち尽くすロマーリオを見る事なく、雲雀は屋上へと向かった。 
       鉄製の扉が音を軋ませ開く先には、雲雀の望む唯一の相手が待っている。 
      「さぁ、始めよう」 
       雲雀の口元には期待の笑みが浮かんでいた。 
       
       
       
       並中の屋上には、昨日と同じ光景が展開していた。ディーノは受け身の姿勢を崩さず、雲雀が間合いを測り仕掛けていく。 
       だが昨日と違い、グランドの照明だけが光源となる頃、足を止めた両者の顔に浮かんでいたのは満足げな笑みだった。 
      「今日はこのへんで止めとくか」 
      「いいよ」 
       大人しく武器をしまう雲雀にディーノもロマーリオも「おっ?」と眉をあげた。 
      「あなたが限界みたいだからね。許してあげる」 
      「そりゃどーも」 
       子供のようでいて大人にしかできない顔で笑うディーノは、昨日と違い雲雀の知る彼だった。 
      「んじゃ飯行くか。ロマ、車回してきてくれ」 
      「待ちなよ」 
      「恭弥?」 
      「あなた、まだ疲れが取れてないみたいだね」 
      「んん? そっか? 食ったし寝たし、スッキリしてるぜ?」 
      「まだ隈、消えてないよ」 
       大丈夫と言ったディーノも自覚はあるのか、頭をかいて「だってなぁ?」と腹心の部下に同意を求める。 
      「ここんとこかなり睡眠時間、削ってたしな。劇的にゃ回復しねーよ。ま、山は越えたし、キチッと休ませるさ。あんな格好悪いボスは俺らも見たかねぇからな」 
      「なっ、格好悪いって!」 
      「ワォ、部下にまでそう思われてたんだ。体調管理もできないボスの下は苦労するね」 
      「殴ってでも眠らせときゃ良かったか?」 
      「その時は呼びなよ。思いっきりやってあげるから」 
      「そんな格好悪い理由に恭弥の手を借りたとあっちゃあキャバッローネの名が泣くぜ。テメーらでやるさ」 
      「お前ら、ヒデー……」 
       休めと言っても休まなかったボスに一言も二言も三言もあった部下の本音だろう。容赦がない。いたたまれないのか、うずくまってしまうディーノ。 
      「群れは嫌いだけど、あなたの部下は有能だと認めてもいい。あなたにはもったいないよ」 
      「だっ、誰もやらねーぞっ」 
      「要らない。やっぱりあなた馬鹿だね」 
       焦ってディーノが叫ぶと、雲雀の冷たい目に見下ろされた。どんどん小さくうずくまっていくボスを見かねて、ロマーリオが助け舟を出してきた。 
      「次からは恭弥に落胆なんかさせねぇから勘弁してやってくれ」 
      「君達がボスを甘やかすのは勝手だけど。程々にしなよ」 
       雲雀とロマーリオの間にどこか分かりあった空気が流れたのは喜ばしいことだと思いはしたが、ネタが自身のふがいなさとあってディーノとしては肩身が狭い。それにディーノを止めないのが甘さなら、休ませようと繰り出される愛の教育的指導とは… 
      「ねぇ聞いてたの」 
      「へ?」 
       明らかに「聞いてませんでした」といったディーノの顔に雲雀がため息をこぼす。 
      「ついてきなよ」 
       
       
       
      「保健室? 恭弥どっか痛いのか? あ、もしかして俺やり過ぎた?!」 
      「僕は平気だよ」 
       ガラリと扉を開けると、そこには保健医のシャマルが居た。保健医なのだから居て当然なのだが… 
      「何笑ってんだよ」 
      「いや〜坊主が使うっつーからさ。ここには薬や医療器具があるから危ないしよ、勝手に使われちゃ困るんで見張りとしてだな」 
       保健医としてはもっともな台詞だが、シャマルの口から出るとなると。 
      「……胡散臭ぇ」 
       ディーノはポロリとこぼしてしまうが、シャマルのご機嫌は変わらないようだった。 
      「坊主、頼まれたモンそこに置いといたぜ」 
      「そう。君、もう出てっていいよ」 
      「やなこった。俺は並中の保健医だぜ?ここにいる権利がある」 
       まことにもってその通りだが、顔には「見逃すなんてとんでもない」とデカデカと書いてあった。 
      「好きにしなよ」 
       どうでもいい事だと割り切ったのか、雲雀はシャマルが用意したと思しき物を確認すると、こっちへ来いとディーノを促す。ディーノが横に来たのを見て雲雀は一番手前のベッドのカーテンを勢いよく開けた。 
      「恭弥眠たいのならホテルへ…」 
      「ここに寝て」 
      「…………いやー、恭弥からの大胆なお誘いは嬉しいけど、さすがに場所は選びたいっつーか」 
      「あなたはたまに何言ってるか分かんないよね。さっさと俯せになって」 
      「えーっと、恭弥さん? 俺はここで何をされちゃうんでしょうか…」 
      「聞いてなかったんだ」 
       恐る恐る聞いたディーノに、雲雀が目をすがめた。急降下した機嫌を見取ったロマーリオが急いで割り込む。 
      「悪いな恭弥! ボスの疲れを見かねたからって、恭弥の手を煩わせちまうなんてなっ。マッサージか? それともアレか、お香ってやつか?」 
       ロマーリオの必死さを汲んだのか、雲雀はディーノの失礼に突っ込むのを止め、質問に答えてくれた。 
      「……あれは『もぐさ』。お灸をすえるための道具だよ」 
      「ジャッポーネの線香ってやつかと」 
      「違う。火を点けて使うのは同じかな」 
       ニヤニヤ顔のシャマルがなりゆきを眺めていたが、雲雀は無視したしロマーリオも仕方なしとふれずにいた。そんな中、雲雀と部下の会話に取り残されたディーノはと言うと、先程雲雀から出たひっかかる単語を脳内検索していた。 
      『んーなんだっけ? 何がひっかかった? …モグサ? …オキュウ? …スエル…… オキュウをスエル… 灸をすえる… それって!!』 
      「恭弥が俺にお仕置きーーー?!」 
       ドスッ 
      「うるさい」 
       綺麗に腹に入ったトンファーにディーノは腹を抱え悶絶する。よい体勢になったとばかりに、雲雀は中腰のディーノに足払いをかけてベッドに転がり乗せた。 
      「おいおい、穏やかじゃねーな。お仕置きだって?ボスの疲れを取ってくれるんじゃないのか?」 
       ボスの叫んだアヤシイ単語に聞き捨てならないとロマーリオが問うが、それもどこかのんびりした口調だった。なぜなら雲雀が『腹いせに危害を加える』なんて手段を選ぶはずがないと付き合いの短いロマーリオでも分かってきているからだ。 
      「この人がどんな連想したかは知らないけど、『お灸』は昔から日本に伝わる医療だよ。針も按摩もツボを刺激するという点は似てるね」 
      「うぅ… 『灸をすえる』って懲らしめるって意味じゃねーの?」 
       腹をさすりながら聞いてきたディーノに雲雀はため息をついてみせた。 
      「それは知ってたんだ。でもコレは純粋に治療のつもり。それにあなた、結構間違った意味で話してる時があるよ。意味を理解してから使いなよ。ちなみに『腹八分』は満腹手前位が体に良いって意味だから」 
      「…勉強し直します」 
       いじけるように丸まってしまったディーノを見下ろし、雲雀が再びため息をついた。 
      「まだぐずるならベッドに火を点けて黙らせるよ?」 
       
       
       
      「やっぱりアレはお仕置きだよなぁ」 
      「俺に聞かないでくれ、ボス」 
       機上の人となったディーノの呟きに返ってきたのは周囲の含み笑いの気配だった。 
      あのあと、雲雀の素晴らしい腕前により、ディーノの疲労はかなり解消されたのだが、そこに至るまでが大変だったのだ。 
       雲雀に言われるまま俯せになると、何かを探るような雲雀の指先が背中を撫でていく。その気持ち良さと、それをしているのが雲雀だという嬉しさにディーノはうっとりしていた。今振り返ってみてもかなりダルダルしていたと思う。自身の手が拘束されていくのも気付かなかったのだから。 
       結果、ダルダルでユルユルなディーノを突然鋭い痛みが襲った時には、手も足も出ない状態が出来上がっていたという訳だ。 
      「熱いっつーか、痛いっつーか、一瞬だからどっちともつかなくて余計怖かったぜ」 
       プチパニックになったディーノを見てシャマルはゲラゲラ笑い、ロマーリオは顔を背け、雲雀は予想通りとばかりに頷いていた。 
       拘束されているとはいえ起き上がれないこともなかったが、ロマーリオも黙ったままだしさほど危険はないのだろう。そう判断したディーノも、痛みの正体が分からないのはやはり怖い。 
       涙目で訴えるディーノに『お灸』の説明をしてくれた雲雀が『大丈夫』と言ってくれなければ逃げていたかもしれない。この時のディーノを『飴をもらって痛さを忘れた子供みたいだった』と後にロマーリオが仲間に語っている。 
       大丈夫と言われ横になったものの、あの痛みを思い出した体が一気に緊張した。しかし、ここで雲雀を信用しないで何が家庭教師だ!恋人(候補)だ!とディーノは自分を励まし奮い立たせた。 
      「何も知らねぇ俺が見ても雲雀の手つきは鮮やかだと感じたんだ。スッキリしたんだろ、ボス」 
      「………まあな」 
       確かに体はスッキリしている。体は。 
      「精神的にはぐったりだぜ」 
       熱いと感じた瞬間には消える痛み。緊張と弛緩を繰り返し、ディーノの気は休まることがなかった。しかも、 
      「あの鳥、ヒドくね?! あんなん歌われたらリラックスなんてできるわけねーよ!」 
       その光景を思い出し吹き出した部下を睨んでも咎めはできない。他のやつが同じ目にあっていたらディーノも笑っていただろう。 
       ディーノが灸をすえられている最中、ヒバードが飛びながら歌っていた。可愛いらしく歌われる歌詞は、しかし恐ろしいばかりで。 
      「『モーエロヨモエローヨーホノオヨモーエーロ〜♪』って、怖かったぜ……」 
       ディーノが遠い目で窓の外を見る。 
      「よく頑張ったな、ボス」 
      「……おう」 
       なにしろそんな恐ろしい状況だったので、施術中ディーノはいろんなことを考え気を散らそうと頑張った。 
      『野営した時にローブの縛り方は教えたけど、こんなのに応用して欲しくなかったなー』とか。 
      『ヒバードは焼鳥にしても食べるトコあんまなさそうだなー』とか。 
      『日本語の勉強しなおすから教えてくれっつったら、もっと恭弥に近付けるかなー』とか。 
       主に雲雀に聞かれたら叱られそうな事ばかりだったので、妄想の域に入ったところで「終わりだよ」と告げられた時には「ヤベッ、口に出してたか俺?」とディーノは内心焦りまくったりもしたが。 
      「恭弥の愛は熱くて痛いんだな…」 
      「おいおい、ノロケか、ボス?」 
       ロマーリオ以外の部下から冷やかしが飛ぶが、事実を知る者の目は哀れみの色を浮かべている。 
      「ノロケられるような愛が欲しいな……」 
       小さな呟きを受け止めて欲しい人と、溝が埋まる日は来るのだろうかと思ってしまうディーノだった。 
       
       
       
       
       
       
                                   Fin. 
       
                           2009. 8.18  
       
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