「Drinker Heart」




 ふと目が覚めていぶかしく思った。
 微かにだが響いてくる音と、・・・振動?
 今自分がいる静かな空間に地震などがあるはずもないが、寝ていた自分を起こしたのは「コレ」しかあるまい。
 周りがなにか注進にくる気配も無い。しばらくそのままにしていたが、振動が止むこともなかったので見に行ってみることにした。
 響きが大きくなる方へ足を向けてみると、そこにいたのは暴れまくるグリムジョーとそれを取り囲んでいる破面と死神だった。
「どうしたんだい?」
「藍染様!」
「お休み中、申し訳ありません!」
「あぁいいよ、別に怒っているわけじゃないから。しかしどうしたんだ、あれは?」
「はぁ、それが・・・」
「そこにいたか藍染!!」
 部屋の中心で暴れていたグリムジョーが叫んだ。
「グリムジョー、お前藍染様を呼び捨てにするなど!!」
「やかましい!」
 軽々と跳躍して部屋の入り口に立っていた藍染の胸元をつかみ、グリムジョーは物騒に笑いながら顔を近づける。
「あんたには言いたいことがたくさんあんだよ」
「そうか。なら、」
 その瞬間、ガクリとグリムジョーが崩れ落ちた。
 グリムジョーの首に当てていた手を外し、足元に伸びた体を抱えて藍染は微笑んだ。
「ゆっくり聞いてあげなくてはいけないね」
 いつ藍染の手が動いたかも分からなかった面子は、その微笑が一番物騒だと思わずにいられなかった。


「きーてんのかよ、あいぜんさま!」
「はいはい、聞いてるとも」
 そして場所は藍染の寝室に移ったのだが、目を覚ましたグリムジョーは今度は暴れることは無かった。しかし。
「だからさーどーしておれがいちばんじゃないんだよー」
「それはさっきから言ってるだろう?」
「きーてるけどさー!」
 話が堂々巡りになってしまっている。そして話す言葉が全部ひらがなっぽく聞こえる。一見真顔のその目元がほんのわずかに赤い。
 いわゆる典型的な『酔っ払い』である。
「ほら、もう寝たほうがいい。横になりなさい」
「やっぱりあいぜんさまはわかってない!」
 そして今度は泣き出した。
「あいぜんさまはーおれのことわかってくれないんだー」
「絡み上戸の次は泣き上戸か・・・」
 さすがにため息が出てしまう。
「だいじでぇ、だいじだからぁ、だいじなんだよー」
「はいはい、分かった分かった」
 ぐずりだしたグリムジョーの背中をぽんぽんと叩いてやる。
 擦り寄ってきて胸元に頬を寄せながらウーウーと泣く様子からは、嵐のように暴れまくる先ほどの姿を想像することもできない。
 しばらくそのまま背中を撫でてやっていたら、今度は胸元からくすくすと笑い声が聞こえてきた。
「グリムジョー?」
 顔を覗き込むようにすると、グリムジョーはウットリした表情で目をつむっていた。
「ほんとにあいぜんさまがここにいるんだ・・・」
 離れたくないというように、手元の着物を握り締める。
「ここにいるよ」
 握り締めた手をひらかせ、そっと指を絡めた。
 グリムジョーは耳元でそっと囁かれた声にくすぐったそうに肩をすくめて、はにかむように笑う。
 閉じたままの目元はほんのりと紅く染まり、口元からは満足そうな吐息が漏れて、藍染は誘われているのかと思った。
 最初は抵抗もするくせが、どんどん従順になっていき、最後にはどこまでも淫らにすがってくるいつものグリムジョーとは違った雰囲気に、思わず笑ってしまっていた。
「あいぜんさま?」
 目を開け、不思議そうに見上げる顔を、柔らかな目線で見つめる。
「お前は本当に可愛いね」
 しかし、言われた本人は不本意だったらしく顔をしかめた。
「おれ、かわいくなんかないです・・・」
「ほら、そんな表情も可愛いよ」
 引き締まった、けれど存外柔らかい頬に口付けを何度も降らせていく。グリムジョーの刻まれた眉間のしわが徐々にほぐれ、まぶたに口付けを落とし目を閉じさせると、ゆるくひらいた唇をゆっくり食んでいく。
 いつもより熱く感じる口内を堪能してからやっと解放すると、潤んだ瞳が見つめ返してきた。
「あ・・いぜん・・さま・・・」
 その声の響きに誘われるように、首筋に顔を落とそうとしたその時。

スー・・・

「・・・グリムジョー?」
 寝息が聞こえたと同時にカクッと頭がのけぞり、藍染が嫌な予感に目線をあげるとそこには熟睡状態のグリムジョーの寝顔があった・・・
 あまりにお約束な展開だが、さすがにたたき起こしてまで続きをする気にもなれず、やれやれと起き上がろうとして自分の袖を握り締めたままのグリムジョーの手に気付いた。疲れ果てて眠る見慣れた寝顔と違って、あどけないと言えそうな寝顔を見つめて、今日何度目かのため息をつく。
「本当に、お前は可愛いよ」

 翌朝。水と間違えて酒を一息にあおってしまったらしいと、昨日の経緯を聞かされた藍染はいまだに残る耳鳴りと無言で戦っていた。目覚めたグリムジョーが、目の前にあった藍染の寝顔に出してしまった絶叫のせいである。
 しかも夕べのことを一切覚えていないグリムジョーという、これまたお約束の展開までついてきた。
 別に忘れたからといってどうなるわけでもないのだが、なんとなく消化不良な感触だけが残ったため、表情が微妙な物になっていた。
「あの・・・色々とすみませんでした・・・」
 周りからも散々怒られ、注意され、嗤われてしまったグリムジョーはうつむいたまま謝った。
「もういいよ。お前のせいじゃない」
 なんとか平静に声をかけてやる。いや、何から何まで全部グリムジョーのせいなのだが・・・
「本当に申し訳ありませんでした」
 深々と頭を下げ、部屋を出て行く後姿には反省の言葉が張り付いているように見える。
 そして部屋を出ようとするその背中に、昨日のクルクルと変わった表情を思い出し、
「お前は本当に可愛いね」
と囁いた。
 その言葉に立ち止まって動きを止めたグリムジョーは、振り向かないままに呟いた。
「・・・可愛くなんかないって言いませんでしたっけ」
 逃げ出すように走り去ったその耳のふちが真っ赤になっていたことを見逃す藍染ではなかった。
 呟きを聞き取った耳から痛みがひいていることを感じながら、微笑まずにいられなかった。

「本当に・・・ 可愛いよ、グリムジョー」




                                     Fin.

                                   2006.6.4 



「紅い庭」の石橋チャウさまへ捧げたSS。
絵茶で盛り上がった「酒乱なグリムジョー」が妄想の元。
・・・そう見えてるといいなぁ。