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      夢物語 
       
       
        
       
 
       
ぼんやりとした飴色の目がこちらを向いた。と思ったら、その目がふいと逸らされてしまった。 
 
ドスッ 
 
鈍い音の中に交ざったビリッは布の裂ける音だ。 
フワリフワリと舞った枕の中身の羽根がベッドに床にディーノの顔にと落ちていく。 
真っ青なディーノのこめかみの横には先程雲雀が振るったトンファーが深々と枕に刺さっている。 
「目は覚めた?」 
「……………覚めました」 
今度はちゃんと飴色に自分が映っていることを認め、雲雀はトンファーを抜いてやった。 
 
 
ベッドの上に座り腕組みをした雲雀はぎこちなく身を起こすディーノを待った。 
「理由があるなら聞いてあげる」 
キャバッローネのディーノの寝室。雲雀が居るときは雲雀の寝室でもあるこの部屋で。 
「俺だって寝ぼけるくらいするさ」 
でも、ごめんな?そう言ってディーノが頭を下げた。すまないという響きに偽りは感じられない。が、まだその目からは夢の色が抜けきっていない。 
これが付き合い始めたばかりの頃なら、ディーノはコメツキバッタよろしく頭を下げまくり、その内容の要不要を問わず謝罪を溢れさせて雲雀を辟易とさせていただろう。 
しかし、側にいるようになってそれなりの月日が経った今。いつしか落ち着いていった言葉数やちょっとした仕草からでも、互いの考えや気持ちを読み取れるようになっている。 
それなのに夢を引きずって見えるディーノへ向けた雲雀の視線はどこかすりぬけていくようにも感じられ、目の前にいるのにいないような…。 
手応えのなさに疲れてまぶたを閉じて目頭をこすれば、そろりと頭に雲雀より大きな手が乗せられた。じっと動かない雲雀の髪を梳き、耳のふちをたどって頬をおおう。ディーノの固い指の腹が閉じたままの目頭から目尻に沿って羽根が触れるような感触で滑っていくのにまぶたが震えた。 
「…冷たいよ」 
「そっか?」 
離れていこうとした手にスリッと頬を押しつけてから目を開けた。向かい合うディーノの眼差しには愛おしいという感情が溢れている。しかし、やはりそれとは別の感情がその奥に見え隠れしている。 
聞かないほうがいいのかもしれない。 
寝ぼけたとだけ告げ、すすんで話そうとしない様子からして、雲雀から問い詰めないかぎりディーノは何も言わないだろう。 
たぶん、それはディーノの柔らかい部分を傷つけたのだ。体から体温を奪ってしまうような、その延長と勘違いしたディーノが雲雀から目を背けてしまうほどの。そうしてしまったことを謝ることもできないくらい、嫌な嫌な、夢。 
聞くことで傷を抉ってしまうことくらい分かる。けれど、ディーノが蓋をして見ないようにしても、ただ放置するだけでは傷は膿むだけで無くなりはしないのだ。 
雲雀はそっとまぶたを伏せた。ディーノが見た夢、おそらくそれは……。 
「僕がいなくなった夢?」 
指の震えは大きくはなかった。 
さらに冷たくなった手のひらに雲雀の体温を移すように頬を押しつける。 
強ばってしまった手の中から伏せていた視線をあげて見たら、予想通りの顔がそこにあった。 
「ひどい顔」 
「ひどいってどんな?」 
「分かってるくせに」 
今までもしてきただろう、いろんなモノを諦めて、諦めて、受け入れたあとにきっと浮かべていたに違いない笑顔。 
頬に添えられた手に引かれるのに逆らわず、雲雀はポスンとディーノの胸におさまった。 
「僕はここにいるよ」 
「うん、そうだな。ちゃんといるよな」 
ディーノの両腕が雲雀の背中にまわり、なのに柔らかく包むだけに留めるから。 
「ムカつく」 
雲雀より厚みのある胸まわりに腕をまわしギリギリと締め上げた。 
「恭弥?や、ちょっ、いた!」 
背中でディーノの腕がバタバタする。が、抵抗は小さく、それがさらにムカつきを煽る。 
「それマジ痛いっ、いたたたたっ!」 
雲雀の腕にも伝わるミシミシと骨のきしむ感覚にディーノの悲鳴は真剣身を増したものの、ディーノの腕は雲雀の背中を引き剥がそうとはしてこない。 
苛立たしい。だが、それと同じくらい寂しい。 
「本当に分かってる?」 
僕はここに、あなたの腕の中にいるって。 
ディーノの胸の中から呟くと、「分かってるっ、いやマジで痛いほど実感してるぜ!」と涙声が降ってきた。 
そういえば締め上げたままだったなと腕の力を緩めた途端、ディーノの上体が雲雀にもたれてきた。 
「うわっ」 
とっさに背中から肩へと手をずらし支えた。上体だけとはいえそれなりの体格をしたディーノのそれはずっしりと重い。 
文句を言おうと口を開きかけたが、ぎゅっと巻き付いてきた腕に気づき口をつぐんだ。すがるように抱きしめられては、出かかった文句も引っ込めるしかないではないか。 
深々とした呼吸を繰り返すのに合わせて上下する広い背中をポン、ポン、と手で叩く。 
雲雀を抱き込んだディーノの頬が黒髪に擦り付いてくる。 
「……いなくなったんじゃなくてさ」 
「うん」 
「いなかったんだ、恭弥が」 
「そう…」 
言葉としてはほんのわずかな、けれどとても大きな違いだ。 
「みんな『雲雀恭弥』なんて知らないって言うんだ。雲の守護者は別の奴だし、ツナは『お知り合いが行方不明にでも?捜すのお手伝いしましょうか?』って心配してくれるし、スモーキンボムなんか『ボンゴレの手を煩わすんじゃねーよ』とか言いながら『さっさと特徴教えろ』なんてメモ用意するし、山本は『匂いが残ってるハンカチとかないっすか?』とか言って次郎出してくるし」 
次郎とは山本のボックスアニマルのことか。 
「あの犬にそんな機能あるの?」 
「さあ?それをいうなら、お手・おかわり・お座り・待て・伏せも機能じゃねーだろうし。山本はさせる気満々ぽかったぜ」 
おどけたような口調も力なく話されては寂しさばかりが浮き上がってしまう。 
「夢のくせに本当にあいつらが言いそうなことばっかりだね」 
「そうだろ?……でもな、俺がどれだけ訴えたって、誰も彼もが口揃えて言うんだ、『そんな奴はいない』って」 
「………」 
声ににじむ寂しさがやるせなさに替わる。 
「そりゃもう捜しまくったさ。イタリア国内、ヨーロッパ各地、お前が足を伸ばした所全部。ロマ達が止めるの振り切って」 
「あなたが?ファミリーを振り切って?」 
雲雀の疑わしげな問いに当たり前だろとディーノが返したが。 
(あなたにそれができた時点でもう夢だろ) 
そう思いはしたが、雲雀は何も言わずにポン、ポン、と背中の手を動かし続きを促した。 
「……最後にな、並盛へ行った。景色も人も覚えてるまんまなのに、やっぱり恭弥がいないんだ。もちろん風紀財団なんて影も形もありゃしない」 
アレにとどめを刺されたな。 
ポツリとこぼれたとても静かな呟き。しかしそれを裏切るように雲雀に回された腕は力を増し、手からは震えが伝わってくる。 
「でもさ、俺の中には残ってんだよ。恭弥に会ってからの全部が。楽しかったり嬉しかったり悔しかったり情けなかったり、まだ俺にもこんなガキっぽい感情あったんだって自分でも驚くぐらいのモンが全部!なのに恭弥がいないなんてあり得ねえだろ!!」 
雲雀は目を閉じその慟哭を聞いた。 
「……もう捜す場所も思いつかなくて仕方なくイタリアに戻った俺にリボーンが会いに来た。何だか珍しいもん見たなってぼんやり思ったな。だってあのリボーンが憐れみの目でこっち見てだぜ?そんでこう言ったんだ。……『どんな夢を見たのか知らねーが現実逃避してんじゃねーぞ』って」 
そう言ったディーノの声から感情が消えていた。思わず広い背中に添わせていた手の中のシャツを握りしめる。 
いまディーノがどんな表情をしているか、見えなくても雲雀には想像がついた。 
「それ聞いてな、動けなくなっちまった」 
諦めて、諦めて、受け入れたあとにきっと浮かべていたに違いない笑顔。 
「こんだけ捜しても見つからないどころか俺以外誰一人知らない人間なんて、そりゃみんな夢だって言うよな。言い出したのがツナやリボーンだったら俺だって同じこと言うさ、『夢でも見たんだろ』って」 
雲雀を囲っていた腕の力が緩み、雲雀の肩から重みが消えた。だが、ディーノの腕は緩んだだけで解かれず雲雀に巻きついている。 
「夢なんて何でもありが当たり前だけど、与えるだけ与えておいて最後に取り上げるなんてひどい話だと思わねえ?…まぁでも夢ってのは叶わないことの代名詞でもあるんだし、知らずに終わるはずだった気持ちを体験できただけ良かったのかもなってところで」 
「目が覚めた?」 
それは雲雀を見て目を逸らしもしよう。 
けれど、雲雀はここに、ちゃんとディーノの側にいるのだ。さっきも分かってると言ったが、ディーノに何度でも分からせてやろう。 
そう思い顔を上げようとしたら、背中に回っていたディーノの手が雲雀の腕にかかり体を離してきた。 
「いいや。そこでは目は覚めなかったんだ」 
「ディーノ?」 
正直、抜け殻のような顔を想像したのだが、雲雀を覗きこんできたディーノの表情にはただただ疲れだけがあった。 
「ふて寝しようとベッドのカバーめくったら『ドッキリ!』って書かれたプレート下げたヒバードがいてな」 
「………………そう」 
他に雲雀にどう返事ができただろう。どうにも相づちを打ちにくいことこの上ない展開である。 
肩を落としたディーノが横にコロンと倒れ、腕をつかまれたままの雲雀も一緒にベッドにポスンと倒れこんだ。 
「ヒバード手に乗せて『恭弥がいないなんて、からかうにしたってやりすぎだろ!』って部屋飛び出したら、ファミリーの奴等『どこでそんな可愛らしいぬいぐるみ買ってきたんです?』って不思議そうに俺を見るんだよ。えっ?てなって確認したら確かにぬいぐるみなんだよ。やっぱり恭弥はいないのか、でもヒバードのぬいぐるみなんて誰がどんな意図で用意するんだ?それにドッキリってなんなんだよ?ってグルグルしながら部屋へ戻るとな」 
思わせ振りに言葉を切りディーノが雲雀を見つめてくる。雲雀の腕から離れたディーノの両手は、今は雲雀の手を握っている。 
理由を話せと振ったのだから雲雀は聞かねばならないのだろう。 
「……今度は何?」 
「実物大の真鍮製のロールとトンファーの置物がベッドのど真ん中に出現してた」 
「………………」 
「もう『いるのかいないのかどっちなのかハッキリさせてくれよ!』って叫んで」 
「目が覚めた?」 
「後ろから殴られて気絶した」 
「………………」 
「それでな」 
「まだ続くの?」 
「おうよ。殴られた瞬間な。誰もいないはずの俺の部屋で、しかも気配を感じさせずに俺を殴れる奴なんてそうそういるはずがない。なんだ、やっぱり恭弥いるんじゃねーか、それにしてもいきなり殴るのはのは無いだろなんて思ったんだ。でもこれでやっと恭弥の顔が見られるともな」 
「………………」 
「なのに気がついたら俺は頭叩かれただけのはずなのにチューブいっぱい取り付けられて集中治療室みたいなとこで寝かされてて、起きられるような状態じゃなくなっちまってるんだ。やっと恭弥に会えると思ったのに俺死んじまうのかよ?!こんなのありえねえって思うのに指一本動きゃしねえ。そんな俺を見て部屋の外からファミリーの奴等が『夢なら覚めてくれ』なんて言うから『それを言いたいのは俺だ!!!』って叫ぼうとしたとこで目が覚めたんだ」 
「………………」 
最後の方はかなり無理な場面が突っ込まれてきたが、全体的に非常に現実的な人物描写が夢を夢と感じさせずにしていたらしい。しかし己の脳内でなされたとはいえ振り回されたディーノの疲れ具合が顔に出るのも無理はない上げ下ろしの激しさだ。聞いていただけの雲雀でさえぐったりな気分である。 
「俺、ホントにすっげー恭弥のこと捜したんだ。捜して捜して、恭弥に会えたのはみんなが言うように夢だったのかなと思いかけたらヒバードとか出てくるし。ロールにトンファーなんて恭弥以外あり得ない組み合わせだってのに、それでも周りが嘘ついてるようにも見えないし。もう何がなんだか分かんなくなっちまって…」 
雲雀の手から離した片手が黒髪を愛しげに撫でてくる。 
「目が覚めたら恭弥がいて…、もしかしてこれも俺の願望が見せてる夢なのかもって。そう思ったら目を背けちまってた…」 
ディーノは「ごめん」とは言わない。けれど、細められた目が、髪を梳く指が、声にならない謝罪を伝えてくる。 
雲雀には「夢は夢だよ」と言ってしまうこともできた。実際、それは夢だったのだし、雲雀はここにいるのだから。 
雲雀がそう言えば「そうだよな」とディーノは笑うだろう。決まり悪げに、次いで吹っ切れたように。おそらく、言葉を切りじっとこちらを見つめてくるディーノもそのような返事を予想している。 
(そんなつまらない終わりかた、僕はごめんだよ) 
ハーーーッ 
これみよがしのため息をついた雲雀にディーノの目が丸くなった。 
「後ろからで見えてないのに殴ったのが誰だか分かったの?」 
疑わしげに雲雀が問えば、「長年伊達にお前に付き合ってきてねーからな」と困惑しながらも迷いなげにディーノが言い切るから。 
「きょぅにゃ?」 
雲雀に鼻をつままれて不明瞭になったディーノの発音に笑いそうになるが、そこはグッと我慢して。 
「それはあなた、殴られて当たり前だよ」 
きっぱり言い切る雲雀に再びディーノの目が丸くなる。鼻をつまんでいた指で今度は鼻の頭をトントンとつつく。 
「捜したのはあなたが並盛まで押し掛け家庭教師をしにやってきた、雲の守護者なんて余計な肩書き持ってしまった風紀財団のトップの『雲雀恭弥』でしょ?」 
「……あぁ、でも誰も知らないって」 
「ならその世界に風紀財団トップにしてボンゴレ雲の守護者なんて肩書きの『雲雀恭弥』はいなかったんだよ。でも別の『雲雀恭弥』ならいたんだ」 
そうだ。互いの癖や力加減も、身を以て知り尽くしてる。そのディーノが「恭弥がやった」と感じたなら…。 
「捜し方を間違えたんだよ。いない人間を捜したって見つからないのは道理でしょ。だったらあなたは並盛じゃない場所で風紀もマフィアも関係無い、雲雀恭弥という名前ですらないかもしれない人間を捜さなきゃいけなかったんだ。難しいかもしれないけど、『僕』を知ってるあなたにしかできないことだ。それを諦めようとするからその世界の僕は怒って殴ったんだよ、きっと。僕はその世界にいたはずだ。だってそこにあなたがいるんだから」 
言い終わりにピンと鼻を弾いてやるとディーノがパチパチと音のしそうな瞬きを繰り返す。思いがけないことを言われたと言ったところだろうか。 
(ねぇ、ちゃんと分かってる?僕はここにいる。あなたの側にいるよ。例えば遠く離れていても、そこがどんな世界でも) 
「……わざわざ殴りに来たならちゃんと顔見せていけばいいのに。でも、そのつれないとこが恭弥なんだよなぁ」 
今度はディーノがわざとらしいため息を吐き、不満たっぷりに雲雀への文句を言いだした。しかし、雲雀の言葉がディーノに届いている証拠に、徐々にディーノの顔が泣き笑いの形に歪んでいく。 
「そっかあ、あそこにもやっぱり恭弥いたんだな。良かった…」 
伸びてきたディーノの腕が雲雀の頭を胸に引き寄せてきた。 
「良かった?何が?あなた最後は死にそうだったんでしょ?」 
雲雀のあきれを含んだ言葉に「そうだけどさぁ」と言いつつ腕に込められた力は強まるばかりで雲雀は顔も上げられない。けれど、今はもう無理に顔を見たいとは思わない。 
「んー、今ならもうちょい待ってて欲しかったなって思わないでもないけど、諦めかけた俺を恭弥が許せねーってのなら結局俺の自業自得ってやつだし」 
「でもそれであなたが死んじゃったら意味ないよね」 
それくらいの手加減ができない『僕』ではないだろうに…。その点では少々納得いかない雲雀だったが、ディーノは違ったらしい。 
「いいんだ。…だって恭弥は生きてるんだから」 
それはほんの小さな、チクリとも言い難いほどの、けれど無視できない引っかかりだった。 
雲雀の頭を抱えていた腕がそろりと解かれ、頬に添えてきた手に素直に顔を上げる。 
もっと情けない顔をしていると思っていた。さっきみたいな泣き笑いの顔をしているだろうと。 
「ディーノ?」 
確かにディーノは笑っていた。それもとびきり晴れやかに。 
「俺、恭弥がいないと生きてけないみたいだ。恭弥は1秒でも俺より長生きしてくれ」 
吹っ切ったのか突き抜けたのか、あっさりした口調はいっそ楽しげですらあった。もう弱々しげな様子など欠片も見当たらない。しかも無茶な要求までしてくるではないか。 
「簡単に言ってくれるね。命なんて明日どうなってるか分からない世界にいるのに?」 
「分からない世界だからさ。恭弥は強いぜ。でも怪我しないわけじゃないし病気だって人は死ぬんだ。恭弥はその辺無頓着だしなぁ」 
チクリ、チクリと微細な棘が肌を撫でていくような。刺さるほどでもない、けれど無視もできない違和感が雲雀を襲う。 
(……ディーノ?) 
「病気?あなたみたいに将来的に肥満確実な食生活はしてないし、運動もしてるからね。それで防げないなら分かった時のことでしょ」 
「お、俺だって運動はしてるさ!」 
痛いところをつついてやれば途端にどもりだした。生活習慣病ならディーノにこそ注意が必要だと。ディーノは明らかに認めつつ、それでも前言撤回はしなかった。 
「恭弥ならそういうと思ったよ。けどな、俺が嫌なんだ。『雲雀恭弥』って存在がいなくなるなんて」 
「……誰だっていつかは死ぬよ」 
「俺が死ぬまで生きててくれればいい。…その為なら俺はなんだってするぜ」 
「……なんでも?」 
「なんでも」 
言いきった笑顔のどこにも曇りなどない。 
「例えばあなたの夢にあったみたいに意識も無く眠ったままの状態でも?」 
「何か一つでも反応があるならどんなことをしても繋ぎ止めるさ」 
「僕がそれを望んでなくても?」 
「動けない恭弥に俺は止められないだろ」 
否定的な恭弥の言葉にもディーノの笑顔は崩れない。 
「俺はもう恭弥のいない世界なんて耐えられない。…愛してるよ、恭弥」 
とろけそうな飴色の瞳の奥。チカチカと危うい光が瞬くのが雲雀には見えた気がした。 
(そうか、これは吹っ切ったとか突き抜けたとかじゃなくて…) 
雲雀は自分の意識が戻る見込みがあるならともかく、生命維持装置だけで命を繋ぎ止める状態になったなら「生かして欲しい」とは思わない。おそらく草壁もギリギリまで粘るだろうが、手を尽くしきったら雲雀の意思を汲み取るはずだ。 
おそらくディーノはもっと粘って粘って、もう何もできることがないと自分が納得するまで諦めないだろう。だが、そこまでしても回復しないとなった時。雲雀の望み通りに眠らせてくれただろう。……ただそれは昨日までのディーノなら、だ。 
返事の予想はつく。が、あえて聞いてみた。 
「……周りが止めると思わないの」 
例えばボンゴレが。もちろんキャバッローネも。死にゆく者を無理に引き留めるなと、これからを見ろと。 
「するかもな。でも俺を止めてもいいことないってすぐに分かるさ。俺、恭弥がいなくなったら壊れるもん」 
「もんとか言うな」 
「えー、でも恭弥だって分かってるくせに聞く?」 
楽しくてたまらないといった笑顔が子供のようで、なのにその内容のなんといびつなことか。 
「そうだね、あなたが僕無しでいられないなんて今さらな話だった」 
(そう、今さらだ。だってもうディーノは壊れてるじゃないか) 
ディーノは自分が壊れるとさも未来の話のように話しているがそうではない。あまりにもリアルな夢はディーノに自覚させた。自分がすでに壊れていることを。 
しかし、それこそ今さらな話である。 
ファミリーだけを大事にしていたディーノの心に『雲雀恭弥』は深く鋭く、亀裂をいれながら突き刺さった。そしてディーノは自ら壊した部分に彼を受け入れ、美しい真球の形にその心を閉じた。その内にヒビを閉じこめたままで。 
今、ディーノの心は欠けること無く満たされている。だが、その内側で『雲雀恭弥』は他の何にも溶けることなく、食い込んだ形のままに存在している。 
『雲雀恭弥』を失いごっそりと空いた場所は、何をもってしても埋められることはない。そこから亀裂は広がりディーノを粉々に壊していくだろう。 
ディーノは強い。大切なモノを守るために身につけた強さだ。ディーノに『大切なモノ』があるかぎりディーノは強くあれる。 
けれど、ディーノは脆い。『大切なモノ』を自分の芯にしてしまっているため、それを無くすということは『自分自身』が無くなるに等しい。 
『キャバッローネ』は『ファミリー』という集合体であるから、一人二人が欠けようが存在を無くしはしない。しかし、『雲雀恭弥』に変わりなどあるはずがない。もし雲雀がディーノをおいて逝くような状態になれば、この男はなんとしてもそれを阻止しようとするだろう。そしてその手段を選びはしないだろうことも予想できてしまう。 
(でも、僕も偉そうに言えやしない) 
自嘲の笑みは胸にとどめた。あちこちに固い豆のある、けれどしなやかで温かいディーノの手に頬を擦りつけ雲雀はニヤリと笑う。 
雲雀も自分が人間として欠けている自覚くらいあるのだ。並盛は変わらず大切な場所だ。自分が立ち上げて大きくした風紀財団にはそれなりの自負もある。今も群れは嫌いだが保とうと思えるだけの付き合いも少なからず持つようになった。 
けれど、それらはディーノと天秤にかけられるもの足りえない。 
雲雀にとって泣くも笑うも好きも嫌いも、心を揺さぶるのはこの世でディーノただ一人。そのディーノが他の誰でもない『雲雀恭弥』を求めてくれる。これに歓喜を覚えずにいられようか?だから…。 
「壊れたあなたが周りにどんな迷惑をかけようが、もういないらしい僕にはどうでもいいことだけど…」 
「けど?」 
続きを待ってキラキラさせているディーノの飴色の瞳は雲雀のお気に入りだ。指を伸ばしてディーノの目尻をソッと撫でる。 
「僕のせいであなたが壊れるのに、その僕が壊れたあなたを見られないなんて悔しいじゃないか」 
どんなあなたも見せて欲しい。 
同じくらいあなたも僕を見ていて欲しい。例えそれが夢の中の話だとしても。 
「僕は簡単に死んでなんてやらないよ。だからあなたもせいぜい長生きすればいい。どうせ最期は僕が咬み殺すんだから」 
そう言うと、ディーノは「さすが恭弥だ」と花が綻ぶように笑った。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
       
       
                                         Fin. 
       
                                      2015. 3.6   
       
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