※ ディノヒバのシリーズの間に入る作品ですが、
  ディノヒバらしいシーンは皆無です。
  オリキャラの視点で話進みますので 
  ディーノはちょっとだけ出てきますが、
  雲雀に至っては名前すら出てきません。
  あと、緩いですが残酷な描写があります。
  私の妄想の範囲で書いたマフィアっぽいお話なので
  上記の点がダメな方、ディノヒバじゃなければ興味なしという方は
  バックブラウザを推奨します。
 
  ボスが春から夏の終わりまで来日がなかったのは
  こんな事情ですってお話です。
  
  それでも読んでやろうか! という方だけどうぞ・・・




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天国より野蛮



 ヨーロッパでは5月も終わり近くになると大人はソワソワしだす。なぜなら、ある事の準備が始まるからだ。
 そうなると、人と会うたびの開口一番で合言葉のように交わされる言葉があった。
『なぁ、夏はどうする?』
 夏は休みを取るものとするのが一般的なヨーロッパ。もちろんイタリアもその例にもれない。
 この言葉が飛び交いだすと、どこに行って何を楽しもうかと計画を練りながら心はすでに「バカンツァ」な者も少なくない。
 そして待ちに待った夏を迎えると会社の休みと有給休暇を組み合わせて長めの休みを存分に楽しむのだ。
 だが、大人がみんな休んでは社会は回らない。周囲が休みを満喫するなか働くイタリア人も当然いる。
 それは、ここキャバッローネ・ファミリーとて同じであった。

 緊張で震える足を慎重に運ぶ。靴底に感じる絨毯はフワフワで、まさに雲の上を歩いているのかと錯覚しそうになる。
 以前に一度来た時は足を乗せるのをためらってしまい、思わず靴を脱いだほうがいいかと聞いて案内の人間に笑われたのだ。それくらい、ドン・キャバッローネの館は男にとっては日常とはかけ離れた別世界だった。

 扉の前で控えていたファミリーがこちらを認める。少し手前で立ち止まり、「報告に参りました」と告げると軽く頷き、ノックの後に「来ました」と声をかけ、許可を待たずに扉を開けた。
 入れよと明るく促され、ぎこちないながらも会釈をし、室内に足を踏み入れる。
 初めてここに通された時、本当にここがマフィアのドンの部屋なのかと正直面食らった。
 重厚な雰囲気は十代という年月を経ただけのことはあるが、家具らしきものは飴色に磨きこまれた大きめの机と本棚が一つずつ。そして壁に飾られているのは優しげな壮年男性の肖像画がやはり一つ。
 もっと豪奢な様を想像していただけに、キャバッローネの舘にあって質素とも見える部屋に「やはり自分のような下っ端がボスと対面などないのだな」との思いが過ぎる。
 けれど、その考えはすぐに正されることとなった。
 正面の机についているのはまだ若い男性。きらびやかな容姿やくだけた服装をしていても、落ち着いた大人だけが持ちうる雰囲気が彼を誰だか教えてくれた。
 今日もドン・キャバッローネは明るくも深いまなざしで、あの時と同じように迎えてくれた。
「ご苦労だったな」
 労りのこもった声に深々と頭を下げた。




 男にはマリアという幼い娘がいた。数年前に妻を亡くし、親一人子一人の生活は慎ましいものだったが、娘が健康に育ってくれているだけで男は十分幸せだった。
 しかし、ある日を境にささやかだが幸せな日々は終わりを告げた。

 裏口の扉が小さくきしむ音がした。予想をつけた男は振り向かずに声をかけた。
「マリアか?お店には来んなって言ったじゃねーか?……マリア?」
 しかし、返事がないことを不思議に思い振り返ると、裏口に佇む同年代くらいの男性と、その相手にしがみつき震える娘という組み合わせに驚かされた。
 次いで急激な警戒心が沸き起こる。
 どこのバールでも見かけるような至って普通の身なりだが、あまり大きくもないこの町で見かけたことがないからには余所者だ。それに善良そうだと見えても中身が善良だとは限らないと男は知っている。
 用心しつつ「娘から離れろ」と言いかけた。だが、よく見ると男性の手はそっと娘の背に添えられているだけ。むしろ娘のほうが手を離そうとしていない。
 中肉中背の男からと比べても相手のやや小太りの体は鍛えているようには見えず、離れない娘をただただ気づかっているように見えた。
 どちらも姿を見せてから一言も話さないことは気になるも、娘に怪我はなさそうだし、とりあえず男は強引な手段に出ることを諦めた。
「突然失礼します。私はジャンニと申します」
 男性は丁寧に名乗ってきた。男が一人で切り盛りしている店は小さく、そろそろ陽も暮れかかる時刻。この場所では話もしづらい。
「奥へ行ってな」
 男の言葉にコクンと頷いた娘がしがみついた服を引っ張り行き先を示すのに、会釈した男性は大人しくついていった。
 一先ず男性と娘を奥の部屋へ通し、もう客は来るまいと男はそそくさと店を閉めた。
 そして、着替えもそこそこに奥へ向かった男が名前を呼んで腕を差しのべた。すると、しがみついていた服を離した娘が飛びつき泣き出した。慌てて屈んで腕の中に抱きこんだ娘の様子に戸惑う男は、「先ほど誘拐されかかったので、ようやく安心したのでしょう」と見知らぬ男性と告げられた。
 一瞬にして真っ青になった男の胸元から「おじさんが助けてくれたの」と聞こえ、ギュッと抱きついてくる手に力がこめられた。
 ……どれほど恐い思いをしたのだろうか。自身も動揺していた男だが、とにかく娘を安心させようと小さな背中をゆっくりと撫でた。
 そうしながらも、男は恐ろしさに震えていた。今日は無事に戻ってきたが、もしかしたら最愛の娘を失っていたかもしれないのだ。
 思い付いてしまった最悪の想像に血の気がひいた。…ありえるだけに想像はより恐怖を煽る。
 腕の中のぬくもりを確かめるように男は娘を強く抱きしめる。そして、その温かさと無事に戻ってきてくれたことへの安堵に涙がにじむ。
『神よ、感謝します』
 さほど信仰心の厚い人間ではなかったものの、それはすんなりと男の口からこぼれ出たものだった。
 そして男は助けてくれた男性へ礼を述べようと顔をあげた。
 けれど、そこにあったのはなんとも複雑な表情だった。
 微笑みと苦渋を浮かべた目はこちらを向けられているのに、どこか遠くを見つめているかのようで。
 その目に感じた不安が一瞬にして男の背筋を滑り落ち体温を奪っていく。
 男の顔に怯えが広がる。それを見た男性がさらに痛ましいといった顔で父娘を見つめる。
 ……やめろ、そんな表情をしないでくれ。これは「ただの」誘拐だ。だって「奴」ならこんな簡単に娘が帰って来られるはずがない。娘は無事に帰ってきたんだ!それでいいじゃねーか!
 安堵に溢れた涙は今や恐怖の涙に変わっていた。
 父親の様子がおかしいことに気づいた娘が「パパ?」と呼ぶが、今は震えた声しか出せないだろう。そんな声で大丈夫だと言ったところで説得力などあるわけがない。
 娘に大丈夫だと言ってやって安心させたい。なのに不安にさせるような声しか出せそうになくて口をつぐむ。
 男は娘の肩に顔を伏せた。妻を亡くした今、男の肉親はもう娘しかいない。
 俺から娘を奪わないでくれ。頼むからそっとしといてくれと叫んでやりたい。けれど……。
 男はのどにグッと力を入れる。
 娘は何も知らない。知らせるわけにはいかない。あんな事、知らないほうがいいに決まっている。男はそうやって今まで守ってきたのだ。これからだって守ってみせる。
 決意を胸に、男はなんとか立ち上がった。
「娘を助けてくれて本当にありがとうございました。ご恩は決して忘れません」
 深々と頭を下げる男に、男性は静かに聞いてきた。
「警察へは?」
「明日にしますわ。……落ち着いてからのほうが娘も話しやすいでしょうし。まずは娘を休ませてやりたいんで」
 顔を上げた男は腰に抱きついている娘の頭をそっと包むように撫でる。不安げに揺れる瞳で見上げてくる娘にぎこちないながらもなんとか微笑んでやれたが、その努力も男性の一言で打ち砕かれてしまった。
「逃げる準備は出来ているんですね」
 静かな問いに男の手が硬直した。
「ですが、夜を待っていては遅い」
「……何のことだか」
「奴は諦めない。逃げてもまた追ってきます。…娘さんの血を狙って」
「止めろ…」
 のろのろと男の手が動き娘の耳をすっぽりと覆う。
「見つかる前ならともかく、知られたからにはもう遅い。マフィアの目と手はこの国中に張り巡らされています。例え逃げても追いつかれるのは時間の問題。…それでも逃げますか?」
「……逃げるさ。それしかねぇだろ?他に何ができるってんだ?」
 乾いた笑いにのどが震えた。
「マフィア相手じゃ警察も役所も助けになんてなっちゃくれねぇ。小遣い稼ぎに情報売られちまう」
 マフィアという存在がありとあらゆる所に食い込んでいるのがイタリアという国なのだ。下手に動くと見つかってしまうから、小さく小さく息を潜めて今までなんとか生き延びてきたのだ。
「捕まりたくなきゃ逃げるしかねぇじゃねーか。…なぁ、学もなけりゃ金もねぇ俺に他に何ができた?!さぁ言ってみろよ!!」
 耳を覆われた少女は父親の激昂に肩を弾ませた。しかし、怯えをにじませた体は離れることなく、より父親にしがみついた。
 そうやって寄り添い合って生きてきたのだと、拒絶を纏う二人の姿がこれまでの全てを物語っていた。
 男性は男の嘆きの叫びを受け止めるようにまぶたを伏せたが、ゆっくりと開かれた目には静かだが強い光があった。
「……あなたに手を貸してもいいと言う方がいます」
 その言葉に男の周りの空気が一気に険しさを増す。
「まずは当座の落ち着く先を。そして、奴を怯えずにすむ生活を約束しましょう」
「…お前、頭いかれてんだろ?相手が誰だか分かってんのか?」
 吐き捨てるようになされた返事に男性は淡々とした口調で続ける。
「分かった上で、です。そんなに信じられませんか?」
「当たり前に決まってるだろ!!マフィアを敵に回そうなんて人間がどこにいるってんだ」
「『いまさら敵の一人や二人増えたところで変わらない』」
「……何だって?」
 聞こえた単語は理解できた。が、表情を変えないまま、しかし男性が告げたその言葉は耳を疑わざるをえないものだった。
「私を寄越した方ならそう言われるでしょう。といっても勝手に敵視してくる輩が次から次へ突っかかってくるようで、作りたくて作ったのではないことは断っておきます」
 ……敵が多いってのは同じだろ。男はそう思ったが、口は動かなかった。
 ジャンニと名乗った人物の第一印象は「平凡」だった。どこにでもいそうな人間だと。
 なのに、今、静かな口調で話すジャンニの様子は何も変わらないのに、足を引いてしまいそうなほどの重圧を感じている。
 奴の追っ手ではない。けれど、もしかしなくてもより危険な相手なのではないのか?
 男の動揺と懸念が伝わったらしい。
「もちろんデメリットがないとは言いません。誰もが避けたいと願う選択肢ですが、手を貸す条件はそれ一つ。……あなたにその覚悟はありますか?」
「あんた、いや、あんたらは一体……」
 どんな円滑な人間関係を築こうとも、揉め事と無縁な人間などいない。それが金や権力を持った連中となると庶民には計り知れないほどの世界なのだろうくらい男にも想像がつく。
 けれど、マフィアを敵にしてたいしたことではないと言えてしまう。それはつまり……。
「この申し出の主は十代目キャバッローネ・ファミリーのボス、ディーノ・キャバッローネ様です。私はあなたをファミリーに迎えるために参りました」

 あなたにその覚悟はありますか?




「それでマリアが助かるなら」
 そう答えた男の決断は早かった。
 娘を抱き抱えてジャンニを促し、急いで戻った家から鞄ひとつを手に出てきて「どこへ行けばいい?」と聞いてきた時には内心驚いてしまった。
 しかし驚いてばかりもいられないので、村外れに用意しておいた車まで移動し、すぐさま出発した。
 誰も話さない車内は静かで、エンジン音だけが聞こえている。
 男も娘も後ろを振り返ろうとはしなかった。別れの挨拶などできる状況ではなかったのは確かだが、おそらく惜別を感じるほどの人間関係を作らないようにしていたのかもしれない。
 道中ジャンニがこれから行く場所や住民、やること、やってはいけないことなどの説明には簡単な相づちだけが返ってきた。
「何か質問は?」
「行けば分かるんだろ。ならその時でいい」
 なげやりにも前向きにも聞こえる返事にそっとバックミラーを窺うと、やや落ち着かない様子の男の姿と父親の膝枕で眠る娘が写っている。
 緊張に不安、期待に安堵。目まぐるしく動く事態に幼い娘の体は休息を求めていたのだろうし、とりあえずの安全を手に入れたものの、条件が条件だ。男は己と娘のこれからがどうなるのかと考えずにはいられないのだろう。
「家はすぐに生活できる状態にはしてありますが、何か必要な物があれば連絡して下さい」
「…あんたへ?」
「いえ、別の者が対応します。連絡先も特定を避けるため小まめに変更しますから気をつけて。ただ直接伺うのは私だけです。周りには私はあなたの従兄弟と説明してありますから覚えておいて下さい」
「……」
「聞きたいことがあるのならどうぞ?」
 全てに答えられはしませんがと断りながら、運転席と車内をうろつく視線に気づき問いかけた。
 すると、それまで定まらなかった視線がしっかりと前に、ジャンニに向けられ、ジャンニも気持ち背筋を伸ばした。
「…俺らにここまでする理由は?」
 真剣な面持ちでなされた問いに少しだけ肩から力を抜いた。
「それは直接ボスから説明があるでしょう。誓いの儀で呼ばれるはずですから」
「違う。あんたが、だ」
 きっぱりとした響きに口を閉じた。
「確かにあんたは命じられて来たんだろうさ。マフィアのボスの命令は絶対だって話だしな。けどよ、…それにしたって必死すぎる気がすんだよ、あんたは…」
 男の言葉に苦笑がもれた。自分では冷静に行動できたとばかり思っていた。しかしどうやらそれは自惚れだったようだ。
「そうですね。必死でした。あなたがもっと悩みそうなら強行手段に訴えてでも頷かせていたでしょう」
 実際のところ、男には選択の余地はなかった。しかし取るしかないと分かっていても、差し出されているのはマフィアの手である。絶望とともに弾かれていてもおかしくはなかった。けれど、拒まれたからといって引き下がれない理由がジャンニにはあったのだ。
「奴の種はキャバッローネの中にも撒かれていました。そして残念なことに我々は獲物が狩られて初めて奴の狂気を知ったのです」

 ある日、突然妻子が消えた、捜したいからボスの許可を取りたいと願う連絡が上がってきた。
 天涯孤独の妻には帰る実家がなければ頼れる縁者もいない。きっと何か事件に巻き込まれたに違いないと嘆く部下に、キャバッローネの十代目は人手を割いて捜索に当たらせた。ファミリーの人間が失踪したのだから当然だと。
 しかし、捜索は難航した。行方不明になった人物達に拐われる理由が見当たらなかったことも捜索を遅らせた。ようやく手がかりをつかんだ時は失踪からニヶ月が経っていた。
 しかし、どれだけ狂気に走ろうと、奴はマフィアのドンだった。集まるのは推測ばかりで確たる証拠が出てこない。
 進まぬ捜索に焦れた一部から誘拐などではなく家出だったのではないかとの意見まで出始めた頃、捜していた内の一人がキャバッローネのシマの外れで見つかった。
 脳裏に浮かぶ姿。絞めつけられたかのように息が苦しい。
 なんとか声を絞り出す。
「見つかったのは子ども。解剖の結果、死因は餓死。野性動物により少々荒らされていましたが、獲物にするにも物足りなかったのでしょう。痩せ細って顔や身体は萎び、手足は枯れ木のようでした。また身体中に注射の跡があったため薬物中毒が疑われましたが、体内から薬物は検出されませんでした」
 後部座席から息を呑む気配がした。
「……もう一人は」
「見つかっていません。キャバッローネのシマ以外から連れ去られたとおぼしき人間も誰一人として生死の確認ができていません」
 逃げてきたとは考えづらい。ならば棄てられたのか。しかし、物証になりそうなモノを残すなどマフィアのやり方としてはあるまじき失態である。
 そこで仮説が立った。
 内部に奴の行いを止めたい人間が、わざと見つかるようにしたのでは?と。
「こちらがコトを起こしたドサクサに紛れて逃げるつもりなのか、それともボスの暴走を憂いて止めてもらいたいのかは分かりませんが」
「身内のゴタゴタぐらい身内でなんとかしろってんだ……」
 迷惑だと言わんばかりの口調にフッと笑みがこぼれた。
「何がおかしい?」
「いえ、ボスも全く同じことを同じ口調で言われたのを思い出したので」
「……そりゃまたずいぶんと砕けたボスだな」
 疑わしげな言葉に「本当にね」と笑う。そして、自分が笑えるようになったことを改めてボスに感謝する。
 怒りも憎しみも苦しさも悲しさも何一つ消えてはいないし減ってもいない。
 けれど、これは自分がやらなければと。これだけは自分にやらせてくれと願い出た。
「ボスはあなたを説得するためもっと交渉ごとに長けた人間を寄越すつもりでした。ですが、誰よりあなた方父娘に近しい人間である私に行かせてくれと頼み込んだのです」
「近しいって…、あんたとは今日会ったばっかりで……」
 男は言いかけた言葉を途切れさせた。張り詰めた空気が車内に満ちる。
「ファミリーに手を出した者には死を。奴の手に渡る人間が減ればそれだけ奴の死期は早まる。つまり報復の手段、これがキャバッローネがあなたがたを助ける理由。そして、私が必死になる理由はあなたには私と同じ思いをして欲しくないから」
「それじゃあ…」
「……見つかったのは私の息子。連れ去られたのは私の家族です」




 事後報告にと呼び出されたキャバッローネの執務室には、一息ついたような空気が流れていた。
「父娘の様子は?」
「だいぶ落ち着いたようです。力仕事はいくらでもあるので男手は歓迎されますし、子どもの少ない村ですから娘さんはお年寄り達から大変可愛がられていました」
「そうか」
 それを聞いたボスがほっとした顔で頷く。
 父娘を匿うという仕事は上手くいった。けれど、原因自体が顔をしかめる類いの話なため、終わった今も後味の悪さが残っている。
 先日、件のファミリーが壊滅したとボンゴレからキャバッローネに連絡があったらしい。同盟関係にあるファミリーの動向はボンゴレとしても注意していたが、ボスの死亡をきっかけに引き起こった内部抗争はあまりにも急な出来事で止める暇もなかったと。
 ジャンニにはどんな情報が動き、どんなかけひきがあったのか知りようがない。分かるのは奴が死に、妻は帰ってこなかったということだけ。けれど…。
「付加情報として奴の病気の詳細が来た」
 まあ俺らの予想とたいして変わりなかったけどなと断った上でボスが説明を始める。
「簡単に言えば血液の病気だ。骨髄維持は年齢や体力的な問題で無理。出来るのは輸血でのだましだましの延命くらいだが、奴の特殊な血液型は特殊だったらしく『提供元』が極端に限られた。乱暴な手段で手当たり次第にかき集めたが如何せん『元』が少な過ぎたし、拒否反応を考えれば使える量などたかがしれてる」
 忌まわしいばかりの内容だ。語るボスの表情も冷たいばかりで同情の欠片もない。
「さんざん他人の人生を好き勝手に狂わせてきてもなんとも思わなかった奴だが、自分が踏みにじってきた人間達と同じように病に苦しみ無様なさまをさらすなんて耐え難い屈辱でしかなかったんだろうな。だが、現実に病は治らず死は徐々に近づいてくる。そこで諦めていれば良かったものの、奴は思い出しまった。どこかに自分の血を引く子供がいるかもしれないと…」
「とことん下種な野郎だぜ」
「ああ、そうだな」
 側に控えた幹部の忌々しげな声にボスが同意する。
 キャバッローネでは唾棄すべき内容だが、人間を人間として見ない、それが珍しくもないのがマフィアの世界なのだ。
 そして、正面に立つジャンニはその言葉をただ黙って聞いていた。
 もう掻き毟りすぎて麻痺してしまったはずの心がジクジクと痛みを訴えてくる。
 それを顔に出したつもりはなかった。が、哀れみをその目に浮かべ、それでもボスは言葉を続けた。
「……奴が行きずりに嬲った女性はたくさんいた。大抵がボロボロになるまで使ったから死んだはずだが、生き延びた女がいたとしたら?もし孕んだ子供を産んでいたら?」
 その考えに行き着いた時にはもう狂気に取り憑かれれていたのだろう。おぞましい願いを叶える為の捜索が始まった。
 老いた狂人の妄想にしかいないのではと思われた人物は、しかし存在してしまった。そして新たな狩りが始まり、……ジャンニは家族を失った。
「助けられなくてすまなかった」
「止めてくださいボス!」
 ボスが頭を下げようとしたので、ジャンニは慌てて叫んだ。

 妻と息子が突然居なくなってしまったあの日。
 いつものように帰宅したジャンニを迎えたのは、いつもとは違い妻の笑顔も息子の笑い声もない暗い部屋だった。怪訝に思い部屋を回るも、どこにも二人の気配はなく。
 荒らされた跡など見当たらない部屋でただ呆然と床に座り込み、どこかで「きてしまったか」と思ってしまう自分がいた。
 優しく大人しかった妻はいつも何かに怯えているようにみえた。ジャンニは下っ端も下っ端で、「マフィア」という組織に属してはいても、シマは田舎で荒事や危険な仕事についたこともなく、これからもつかないだろうと思っていたしそう伝えてもいた。もちろん甘すぎる考えであると分かっていたが、妻の不安が晴れるならと言わずにはいられなかったのだ。
 しかし、穏健派で知られるキャバッローネと言えど5000のファミリーを抱える「マフィア」には違いない。いつどんな危険なことに巻き込まれるか分からない夫の側は恐ろしくて耐えられなかったか。
 今朝の様子を思い出す。出掛け際、何か言いたそうにしていたが、結局言葉を飲み込んで「いってらっしゃい」と控えめな笑顔で送り出してくれた。
 目頭が熱くなりグッと息がつまる。いつも嬉しそうに「おかえりなさい」と言ってくれた。それがもう聞けないのだと、込み上げる嗚咽に床に伏したその時。
 涙に歪んだ視界に写ったのは、家具の裏に隠れるように転がっている小さな靴だった。きつくなっただろうからそろそろ買い換えようか言っても「お気に入りだから」といつも履いていた息子の靴が片方だけ。
 全身から血の気が引いた。
 何故ここにこれが転がっている?靴紐で結ぶ靴は簡単に脱げる形はしていない。しかも、転がっていたのは片方だけなのだ。
 慌てて家中を見て回るが、妻の物も息子の物も何一つ、本当に何一つ減ってはいなかった。
 ……もしかして、いつも妻から離れなかった影はジャンニの仕事ではなく別にあったのでは?
 そう思い至った瞬間、ジャンニは家を飛び出していた。

「私が一人で捜していたら二人どころか手がかりすら見つけられなかったはずです」
 キャバッローネという組織が動いてくれたおかげで家族の行方がつかめたのだ。
「ありがとうございました」
 深々と頭を下げた男にボスは苦笑のにじむ声で応えた。
「ファミリーを守るのは当然だからな。礼を言われることじゃない」
 頭を上げなと促してくれたのは、ボスの横についた幹部らしき黒服だろうか。
だが、そう言われても男は頭を下げ続けた。もし男が日本の「土下座」を知っていたら行っていたに違いない。
「顔を上げてくれ」
 優しい依頼の形をとった声に胸が詰まる。
「私の…」
 沈黙に促され、途切れながらも続けた。
「私の息子は、帰ってきてくれました。辛い目にあわせてしまったのは…父親である私の責任です」
 結局、連れ去られたとおぼしき人達のうち、見つかったのはジャンニの息子だけで、かき集められた全員が内部抗争の際に「処分」されていた。
 ジャンニは自分の引け目から妻の態度を勘違いしてしまった。彼女が厭うていたのは「マフィアの夫」ではなく「マフィアのドンの乱暴の結果」である出生を知られ、夫が離れていくことだったのかもしれない。
 結局、その不安は当たってしまった。望みもしなかった血は生涯彼女の人生に影を落とし続け、彼女をこの世から引き剥がしてしまったのだから。
 こらえきれない涙が重力に従い真下へ落ちていく。
 件の父娘を保護した後、キャバッローネでは行方不明者の生存の可能性に賭け、急襲も検討された。しかし、同盟内のファミリーを相手にするにはやはり確たる証拠がなければという慎重派の説得を行っている間に「ファミリー壊滅」の報がもたらされた。
「妻は、帰ってきませんでしたが、……血を抜かれるためだけの生を望んだとは思えませんっ」
 その言葉に嘘はなかった。だがそれは自分の願いとも分かっていた。
 連れていかれた者達は逃亡防止の「処置」をされていたはずだ。それがどんなものであれ、「人間」としての扱いから外れることは想像に難くない。ジャンニには耐えられなかった。
「そうか……」
 静かな一言だった。だがそこに交じる様々な想いを感じたジャンニは、頭を上げることができなかった。
 ………本当は。
 生きていて欲しかった。
 どんな姿になっていても。
 自分の元へ帰ってきて欲しかった。
 何故助けられなかったのか!
 ……顔を上げたらそう叫んでしまう。
 ジャンニはこらえた。それだけはしてはならないと。
 末端も末端、ファミリーの使いっぱしりの、しかも本人ではなくその家族。他のファミリーなら見捨てられてもおかしくない者達を気にかけ、真剣に捜してくれた。そして今、助けられなかったことを詫び、その死を悼み、ジャンニを気づかってくれる。
 そんなボスに対して責める言葉を口にする位なら、自分ののどを掻き切ったほうがマシに決まっている。
 そう思うものの、涙は後から後から溢れて止まらない。
 しかし震えながら泣き続けるジャンニを咎めようとする者はおらず、ジャンニは涙が枯れるまで頭を下げ続けたのだった。




 携帯のバイヴ音に気づいたのは、涙もあらかた出尽くした頃だった。
 慌てて頭を上げると申し訳なさそうボスと目があった。
「すまない、ちょっと無視できない相手でな」
「いっ、いえ!」
 再び頭を下げると、「もういいって」と笑われた。
「また連絡入れるから今日は帰っていいぜ」と幹部に促され、そろそろと顔を上げると、窓際まで移動したボスが電話をしながら手を振ってくれた。
 マイク部分を遠ざけ「あの父娘のこと、任せるぜ」と言われ再び涙が込み上げる。どうしても重ねて見てしまう彼らを、ジャンニが気にしていることなど見抜かれていて当然だったのだろう。
 しかと頷くジャンニに安心した笑顔を向けたボスは、携帯での会話に戻っていった。
 どうやら気安い相手のようで、聞こえてくるボスの口調も軽い。
「タイミング良すぎだろ!……そりゃ来いってんなら行くけどよ。ツナ達は元気か?」
 その返事に何を言われたのか、見えもしない相手に必死に頭を下げながらも屈託なく笑っている。
 そうしていると街中で見かける若者達と変わりなく、そういえばボスはまだ20を少しすぎたばかりだったと改めて実感させられる。
 十代でドンを継ぎ、衰えていたファミリーをここまで大きくさせたボスをずっと誇りに思っていた。だがそれは、遠くで輝く星に対する憧れのようなものだった。
 家族二人を失った自分でさえ、これほど辛く悲しいのだ。ジャンニの半分ほどの年の彼がどれほどの辛酸を嘗めてきたか。間近に会い言葉を交わせた今、それを思うと自分ごときがおこがましいのは承知の上だが心苦しさを覚えずにいられない。
 ちっぽけな自分だが、このファミリーを大切にしてくれるボスにこれからも誠心誠意仕えよう。そう心に誓い、ジャンニはパタリと扉を閉めた。










                                                   Fin.

                                           2014. 7.25  



うちのボスの性格について書こうと思ったら
全然性格に関係のない話になってしまいました。
後々生かせればいいなぁ。