リップクリーム




部室には僕とヒル魔さんしかいない。

皆が帰った後の部室は静かだ。

ルーレット台の角を挟んで大人しく座って待つ。

タイミングが良すぎて、残れと言われた時はバレたのかとドキドキした。

さて、いつ渡そう。

鞄に入れた小さな紙袋。

休まるときのない手を見つめている僕はすごく不自然だろうに、手の先の人物は何も言わずにPCを操り続けている。

「手」

「はい?」

「手、出せ」

なんだろうと思いつつ出した右手。

つかまれて、ひっくり返されて、手の平に置かれたリップクリーム。

「荒れるんだろ」

いつか話したような気がする。

『寒くなると唇ガサガサになって痛いんです』

『ふーん』

他愛のない、ふともらした一言。

覚えていてくれたんだ。

「…嬉しいです。ありがとうございます」

手の中で転がるリップクリーム。

小さい、けど、とても温かい幸せ。

そういえば。

「ヒル魔さん、僕に用事って」

指で示されたのは、手の中のそれ。

「人前でもらいたかったか?」

プルプル首を振って否定する。

別に見られて困るものではないけれど、冷やかされるのは分かりきってて恥ずかしい。

「僕もヒル魔さんに用事があったんですよ」

なんだ?と眉が上がる。

された時と同じように手をつかんで、ひっくり返して、鞄から出した紙袋を乗せた。

「開けて下さい」

ガサガサと音をたてる中から出てきたのは。

「ヒル魔さん、自分も唇荒れてるって気付いてました?」

互いの手にはお揃いのリップクリーム。

僕は予防に使うから。

「早く治して下さいね」

…当たって痛いからと付け足したのは、間違いだったかもしれない。







                                2008. 12. 1

                                   Fin.



どこに当たって痛いかは
読んでくれた方のご想像にお任せv