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『 ついて行ってあげるから 』




「残された理由は分かってるな」
「……はい」
 向けられた声に小さく応える。
 呼び止められたセナをいつもなら「待つ」と言うまもりだったが、ヒル魔の手元に散らばる資料を見て「先に帰るね」と部室を出ていった。皆も練習の指示か何かだろうと、お先にーと言いながら一人二人と帰っていき、5分もすると部室にはセナとヒル魔だけになった。
 「座れ」と言われ、セナはヒル魔の横の椅子にそっと座る。
 昨日から始まった痛みは少しずつ大きくなっている。動きに出さないように気をつけたつもりだったが、痛みを感じるとどうしたってかばってしまう。このままだと走りにも影響が出るのは確実だ。
 ヒル魔に隠し通せるとは思わなかったが、打ち明けるにはまだセナの心の準備は出来ていない。
「なんで俺に言わない?」
「…だって」
 俯いたセナからはヒル魔の表情は見えない。淡々とした響きに何かを読み取ろうとしても、それはセナには難しすぎた。
 もしかしてと思いはじめて数日。この状態を黙ったままでいるのは無理だと分かっていても、恥ずかしい気持ちが先に立ってしまい、セナは取るべき方法に踏み出せないでいた。
「ひどいのか」
「…よく分からないです」
 人と比べるなどできないセナに今の状態の判断はつかない。ただ放置しても悪化するだけなのは予想がつく。
 昨日も自分でなんとかできるかと薬局までは行ったのだ。だが肝心の薬を手に取る勇気が出ず、気付けばごまかしに絆創膏を買ってしまっていた。
そして今日、ヒル魔の前で小さくなりながら、セナは叱られるのを覚悟した。
 だが。
「悪かったな」
「……ヒル魔さん?」
「気付いてやれなくてすまなかった」
「そんな、ヒル魔さんのせいじゃっ」
 思っていたのと正反対の言葉にセナは慌てて顔をあげた。
 大丈夫だと口をつぐんだのはセナである。ヒル魔に非などあるはずがない。
「もっと気をつけてなきゃいけなかったのにな」
「ヒル魔さんは全然悪くないですっ」
「そんな訳ねーだろ」
「恥ずかしがって薬も買えなかった僕が悪いんです」
 ヒル魔さんにこんなことを言わせる前に薬でも医者でもなんとかすれば良かったと、今更なことにセナは再び俯いてしまう。
「まぁ言いにくいわな」
 濁された言葉に頬が熱くなる。
「帰りに薬局寄ってくぞ。んで俺ん家な」
「ヒル魔さんちって?」
「薬塗るついでに具合見てやるよ。ひどいようなら医者に行かねーと」
「ぐぐぐ具合ぃ?だだだ大丈夫ですっ、それくらい自分で出来ますからっ」
 驚きに声がひっくり返ったが、今のセナにそれを気にする余裕はない。
「よく分かんねぇっつったのはテメーだろ」
「いやいやいやホントに!大丈夫だし結構ですっ」
「大丈夫じゃねぇから今テメーはここにいるって分かってるか?」
 セナがブンブン首を振って断ろうとするのに、ヒル魔は頑として譲ろうとしない。
 一緒に薬局に行くのはかまわない。むしろ、ヒル魔が居てくれれば勢いで薬も買えるだろう。
 だが、いくら相手がヒル魔だとしても恥ずかしいものは恥ずかしい!
 なんとかヒル魔に諦めてもらおうとするセナは声をはりあげようと息を吸い込んだ。が、叫ぶ直前にヒル魔が続けた内容に思わず首を傾げた。
「それにどう考えたって俺が原因なんだから」
「ヒル魔さんは全然悪くないって、さっきも言いませんでしたっけ…」
 何となく感じた違和感にセナの声が尻すぼみになっていく。
ヒル魔の「気をつける~」は、あくまで部員の体調管理など、部長としての発言だとセナは受け取っていたが、もしかして誤解があるのでは…?
 セナの反応にヒル魔も不審気な顔で椅子に座りなおす。
「昨日、つまり月曜から痛いんだよな」
「…はい」
「走りに影響が出る位置で」
「……はい」
「口にするのが恥ずかしい」
「………そうですけど」
 そこで会話が途切れた。互いに見つめ合う視線が「どうぞお先に」と促しあう。
 徐々に頬が引き攣るセナに、だから、とヒル魔が切り出した。
「アソコだろ、俺が激しくしたから」
「全然全く完全に違いますからーーー!!!」
 涙声で叫びながら、さっさと薬を買いに行っていればとセナは思わずにはいられなかった。


 その後セナは、ヒル魔に患部を確認され、皮膚科に放り込まれた。セナがかばっていたのはヒル魔が勘違いした足の奥ではなく、足の先、指の股の部分であった。
 後日、炎症をおこし赤く腫れた様子に「水虫かと思って恥ずかしくて言えなかった」と言ったセナに、「紛らわしい態度とりやがって!」とヒル魔のマシンガンに追い掛けられたのは言うまでもない。



                                2010 11. 11

                      Fin.




「ヒル魔さんがそんな間違いするわけないよ!」

分かってますとも。
でも思いついちゃったんだもん。
笑って流していただきたいなーと。