『 君の隣で 』




 ぼんやりとした意識がシンとした空気から朝になったと感じとる。
 瞼を通して明るい光がセナに起床を促していた。
(もう朝かぁ……)
「って、朝?!」
 ガバッと跳び起きると、セナは自分が寝過ごしたことを悟った。
 カーテンから朝の光が差し込み部屋を照らしている。
「ヒル魔さんっ、起きて!起きて下さい!」
「んぁ…?」
 セナにユサユサ揺らされたヒル魔は薄目を開くが、すぐに閉じた。
「起きて下さいったら!朝になっちゃってますよ!」
 必死に起こすセナだがヒル魔に起き出す気配はないようで。
「眠ぃ…」
 ゴロンとヒル魔は背を向けてしまう。
「ヒル魔さぁん、初日の出がぁ〜」
 それでも諦めず涙声で呼び掛け続けるセナに、ようやくヒル魔が向き直った。
「そんなもんもうとっくに登っちまってるだろうが」
「あぁやっぱり〜」
 諦めろと言わんばかりのヒル魔の口調にセナはガックリと肩を落とした。


 『神頼みも飽きた』とヒル魔の罰当たりな宣言に、初詣は行かないことになった。
 しかし、寝正月はちょっと落ち着かないというセナのために出された案が。
「あぁぁ、せっかくの初日の出がぁ〜。なんで起こしてくれなかったんですか〜」
「テメーが勝手に寝たんだろうが」
「だってヒル魔さんはまだ起きてるっていうから」
「文句は寝たテメーに言え」
 新年をヒル魔の部屋で迎え、出かける時間までNFLの録画などを見ていた二人だったが、3時頃にセナがうとうとしはじめた。
 寝るならベッドに行けよと言うヒル魔の肩に頭を乗せたところまでは覚えているのだが。
「それより俺に礼のひとつやふたつやいつつ位ねぇのか」
 肘をつき、手で頭を支えるヒル魔はまだ眠そうに瞬きを繰り返している。
「お礼って何の?それになんで五倍になってんですか」
 心あたりのないセナがじっとり睨みつけても、ヒル魔が動じるはずもなく指を折り数え始める。
「DVD止めて、テレビ消して、テメーをベッドに運んで、着替えさせて、部屋の電気消してやった。ほら、いつつ」
「細かっ!」
「うるせー。だいたい、持ち上げても着替えさせても起きないテメーが悪いんだろ」
 開いてセナに突き付けられていたヒル魔の手がプラプラと振られる。
 確かにリビングから寝室まで運ばれ、あまつさえ着替えまでさせられても起きなかったのだから、例えヒル魔が声をかけてもセナが起きられなかった可能性は高い。
 しかしセナにも言い分はあった。
「だってヒル魔さんの横が一番気持ち良く眠れるんだから仕方ないじゃないですか…」
「………」
 小さなセナの釈明に、ヒル魔は揺らしていた手で目を覆った。
「…ヒル魔さん?…そうですよね、寝ちゃった僕が悪いんですよね。ごめんなさい…」
 言い訳ばかりで怒らせてしまったかと、セナは恐る恐るヒル魔を窺う。
「でも本当は、」
「来年」
「はい?」
 ポソリとこぼされた声をセナが聞き返す。
 目元を覆った長い指の隙間からはキラリと光る金色が見えた。
「来年は必ず初日の出が見られるところに連れてってやる」
 だから今年は神頼みで我慢しとけ。
 ヒル魔の言葉を聞いたセナの顔が徐々にほころんでいく。
「はいっ」
 ヒル魔からの今と来年の約束。
 本当はどこだって、何だっていいのだ。
「ヒル魔さんと一緒ならどこでも喜んで!」
 勢い込むセナにため息をつくヒル魔だが、嫌なことは絶対しない人だからセナはちっとも気にならない。
「ちっとは寝てスッキリしたし、起きるか」
「はいっ」
 ヒル魔の言う通り、短くともぐっすり眠ったせいかスッキリしている気がする。
 やっぱりヒル魔さんの側は気持ち良いなぁと思いながら隣で起き上がったヒル魔に続こうとしてセナは目をみはった。
「ああああの、ヒル魔さん?そのせ、背中…あぁ?!」
「うるせーなー。背中がなんだってんだ」
 ヒル魔の背中も気になる。が、それよりも指差すために持ち上げた自分の腕の内側に見つけたモノにそれどころではなくなってしまう。
 よく見ればはだけたパジャマの内側にも点々とそれらが散らばっている。
「……気持ち良い新年を迎えられたよなぁ?」
 はくはくと驚きに声もでないセナを尻目に、さーて顔洗ってくるかーと伸びをするヒル魔の背中に刻まれた朱い傷。そしてセナの肌にも朱い花。
(……えぇっと、スッキリってやっぱりそういう事?)
 びっくりするほどカケラも覚えていない。
 しかし、いくらヒル魔の側が気持ち良いからといって、移動や着替えなんか目じゃないことされてんのにどんだけ熟睡してたんだ自分!と驚きを通り越して激しく脱力してしまう。
 自分が嫌なことはしない人だがセナが嫌がることもしない人なので、無理矢理とかではないのは分かっている。が、覚えていないのでなんだか気分はスッキリしない。
 ちゃんと聞きたい気もするが、あの様子だと面白がって、ないことないこと吹き込まれそうだ。
 身体はスッキリしている(気がする)。しかし気分はスッキリしない。
「新年早々これじゃあ、今年も大変だろうなぁ」
 諦めを苦笑にまぜて、セナも洗面所に向かったのだった。


                                2013. 1. 1

                      Fin.




新年早々いちゃいちゃしてればいいんです、この二人は。
しかし、セナはヒル魔が大好きですが
ヒル魔だってセナには大甘ですよね。