「 遠くにありても 」 
       
      
        
          
             
             
             まぶたを開くと飛び込んできた金色が眩しくて目を閉じてしまう。 
「恭弥…?」 
「なに」 
目を閉じたまま返事をすると、大きなため息と同時に胸に重みがかかった。 
「重いんだけど」 
「うーるーさーい」 
そう言うとディーノは雲雀の胸にグリグリ頭を押し付けてきた。 
よりによってディーノに「うるさい」と言われるのは非常に不本意だが、今回は雲雀に心当たりがあるので口をつぐんだ。 
左側からディーノの頭が乗っているので、加減はされているが左腕はディーノの下敷きで動かない。 
ほどなく大人しくなった金色に右手を乗せる。クセがあるのに柔らかい髪をそっと撫でた。 
「驚かせてごめん」 
雲雀の胸に耳を当てていたディーノがスリッと擦り寄るのが感じられた。 
 
 
久しぶりに手合わせをと、キャバッローネの庭に足を運んだ昼下がり。 
木立の間を移動しつつ、距離を詰めようと動いたその時。ふと感じたモノに雲雀は気を取られてしまい、結果、ディーノの鞭に足を取られ転倒。 
なんとか受け身は取ったものの、倒れた拍子に頭に衝撃を感じ、雲雀の意識が遠退いた。 
「恭弥っ!」 
声の後に駆け寄る足音が聞こえた事までは覚えている。 
持ち上げた腕は見慣れたシャツに包まれており、部屋の明るさからそれほど時間は経っていないようだ。 
「軽い脳震盪だって」 
くぐもった声に「そう」と返す。 
寝たままで身体の感覚を探る。どこにも痛みは感じない。 
ゆっくり髪をすくと、指の間からサラサラと金色がこぼれていく。 
「あなたは何も悪くないよ」 
左の脇腹に当たっているディーノの肩がピクリと揺れた。 
「僕の不注意だ。足も傷めてないし、もうどこも痛くない」 
だから大丈夫。 
うんと返ってくる返事がまだ遠い。 
ディーノが雲雀を心配するのはいつものことだが、これは少々マズかったと思わずにいられない。 
何か気をそらすものはないかとゆるりと視線を巡らせた。 
広く取られた窓の横でカーテンが風に揺れている。そこから流れてきた香りに、雲雀はそうだと思い出す。 
「あれ、どうやって持ってきたの」 
ディーノに問うと、何のことか分からないディーノがやっと顔を上げて雲雀を見た。 
雲雀の視線を追って庭に目をやったディーノが、あぁと頷いた 
「日本からだと検閲が面倒だからな。こっちじゃなかなか見当たらなくて、あちこち探したぜ」 
嗅ぎ慣れた、だが最近は遠ざかって久しい香りに今の季節を思い出す。 
「初めて恭弥に会った頃って、日本のどこに行ってもこの花咲いてたから気になっててさ」 
「気になったのは花より香りじゃないの」 
「確かに」 
まだ背の低い木だが、濃い緑の葉の陰に対照的な明るいオレンジ色の花が咲いている。金木犀だ。 
そして、何かに気付いたらしいディーノが雲雀に向き直る。 
「もしかして恭弥…」 
「だって気になるだろ」 
雲雀が並盛から、日本から出てもう10年。それこそ世界中を回ったと思うが、アジア圏では何度か見たものの日本程この花を見かけた国は無い。 
「それがあなたのところで咲いてるなんて思わないから」 
「ならやっぱり俺のせいじゃねーか…」 
「馬鹿言わないで」 
断じてディーノのせいなどではない。 
 
 
ただ戦って技術を磨く時期を過ぎた頃からディーノの言葉が変わった。 
相手だけを見るな。どんな状況でも周囲に気を配れ。小さな物音。微かな空気の匂い。それがもたらす危険を見逃すな。 
正直、無茶を言うと思わざるを得なかった。そんな細々した一々に気を取られては出来ることも出来なくなる。強ければいいじゃないかと。 
しかし、月日が経ち、雲雀が場数を踏めば踏む程、ディーノの教えは生きてきた。 
どこに敵が潜んでいるか、何が仕掛けられているか。知ろうとしないで戦って、何度危ない橋を渡ることになったか。 
特に雲雀は群れることを嫌い単独で動くから、部下も出来るフォローが限られる。 
実戦の中で鍛えたとはいえ、ディーノが雲雀のフォローをしていたようなものだと、気付いたのはいつ頃だったか。 
「花の香りに気を取られたのは僕の不注意でしかないよ。あなたのせいのはずがない」 
「でも俺があれを植えてなきゃ」 
後悔と謝罪に飴色が揺れる。 
「僕が気を緩めなければすんだことだよ」 
だからあなたは謝らないで。 
重ねる語調の強さが雲雀の意思を表していた。 
雲雀の譲らない姿勢にディーノも折れるしかないと悟ったようだ。 
「…もうちょっと控え目な匂いだったら良かったのにな」 
「そうかもね」 
少し距離があるというのに、風に乗って届く香りはほかのどの花より強い。 
「修業ってあちこち連れ回されてる間、何度も嗅いだ覚えがある。後になってあなたみたいだと思ってたよ」 
「えぇっ、俺?あんなに強い香水は付けた覚えないぜ?」 
「香水はね」 
香水でないなら何だ?と袖の匂いを嗅ぐディーノの姿に笑みが浮かぶ。 
帰国してからも何かと理由を付けて並盛にやってきたディーノだったが、そばにいない時はメールや電話が雲雀のもとに電波に乗って飛んで来ていた。 
遠い国にいるはずなのに、すぐに会えるような感覚になってしまっていたのはそのせいだ。 
それに、ディーノはいつも別れ際には「すぐ来るから」と言っていた。なのになかなかやって来ないディーノに雲雀はムカつきもしたが、今なら分かる。1日1日があっという間に過ぎていた雲雀と違い、あれはディーノにとって本当に「すぐ」だったのだと。 
ディーノへの理解が深まるにつれ、違いや距離も感じた時もあった。それでもディーノは連絡を絶やさず、雲雀の近くにあろうとしてくれた。 
花が見えなくても届く甘い香り。目を閉じれば瞼に浮かぶ輝き。 
「やっぱり似てるよ」 
「そうかなぁ??」 
前身頃まで引っ張って嗅ぎ出したディーノには分からないだろうなと、秋の香りに目許を綻ばせる雲雀だった。 
             
             
             
             
                                    Fin. 
             
                                 2012.10.14 
             
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      10月14日は「お前が雲雀恭弥だな」の日! 
      スパークのコピー本用のネタでしたが、 
      入らなかったので再利用。 
      うちのは大人だと甘くなれるんだなぁ・・・ 
       
       
       
        
       
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