切れない理由




 じゃあな、と言って切れた電話がほんのりと温かい。
 あの人が教えてくれる事は、たいていどうでもいいと言ってしまえるものばかりだ。


 雲雀は携帯を2台所持している。1台はつい最近、押し付けられた物だ。
『現代科学の粋を極めた』とかたいそうな触れ込みで渡された携帯だったが、雲雀にとっては『電話とメールができる機械』でしかないソレ。使いもしない機能をありがたがる趣味は雲雀に無かった。
 風紀活動の連絡や報告を受け応えできればそれで十分。というか、雲雀にとって『携帯』の使用目的はそれしかなかったのだ。
 現に以前から使用していた1台は週に1度の充電で事足りる。もう1台の方がおかしいのだ。
『見て見て、新しいスーツ!似合う?』
『街の子にもらった貝殻、綺麗だろ』
『眠いよ〜クマくっきりでカッコ悪い〜』
 こんなメールを送ってくる相手はいなかった。
『こっちは季節外れの寒さにビックリ!恭弥も風邪には気をつけろよ』
『仕事の隙間なんだ。恭弥は何してた?』
『実はちょっと疲れてた。…声聞けたから元気になったぜ』
 こんな用件で電話をかけてくる相手もいなかった。
 送られてくる画像はやたら高画質で、受信のくせに時間がかかるし、1度電話に出てしまうとなかなか切らない。欝陶しいことこの上ない。
 しかし、メールは勝手に受信するし(拒否設定してないから当たり前)、電話を無視するのも失礼だ。礼儀をかくやり方は雲雀の意志に反する。取り込み中はその事を伝えてから切るよう気をつけている雲雀だ。(「『忙しい。切るよ』の、どこが礼儀正しい切り方だ!」某D氏談)
 なのに、携帯が切れる。電波状態が悪くなった訳でもないのに突然切れる。
 だいたい週末近く。そして話しの途中。小さく高い音が聞こえたと思ったらもう切れている。仕方なく動かなくなった携帯を鞄に入れて、仕事を再開することが多くなってきた。雲雀が挨拶も無しに切ったと思われるのは非常に不本意だったが、それを伝えようにも肝心の携帯が動かない。こちらからかけようにも番号が分からない。渡された時には相手の番号もアドレスも登録済み。電話もメールも表示されるのは一人の名前だけ。わざわざアドレス帳を開いて覚える気になろうという方がおかしい。そもそもアドレス帳を開けたくても、携帯が動かないのだからどうしようもない。
 向こうはもう1台の番号も知っているのだから、まだ話しがあるならかけてくるはずだ。だが、風紀の方にかかってきたことはなかったので、別に大丈夫なんだろうと思っていた。あの日までは。


『それはただの充電切れだ』
「最先端とかあなた言わなかった?」
『電池は使えば減るの!』
「使わなくても減るよ」
『そうじゃなくって!』
「うるさいよ」
 通話中に切れる回数が増えてきた。こんな失礼な携帯ならいらないと言ってやろうと思うくらいには。
 いつものように応接室のソファーに座り、かかってきた電話に答える。
「欠陥品つかまされたのかと思ったよ」
『この間も言ったぜ、そんなの恭弥に渡すわけねーって…』
 性能の良さは認めても良い。ため息が耳にかかるかと勘違いしそうに明瞭な声が届く。
『俺は恭弥を怒らせて切られてんだとばっかり思ってたぜ』
「やらないって言ったよ」
『そうだな。でも返事がねーからそう思っちまったんだ』
 拗ねた返事は『恭弥も悪い』とにじませている。危惧していた通りの言葉に、やはり意思の疎通は図らなければいけないと再確認する。多大な労力が予想されるだけに避けていた自覚はあった。ここまでダメな大人もいないと、関わりを持ってしまった己の不運を嘆きたくなる。だが、この相手に『察する』なんて期待できないのだから、言わなければ伝わらない。
「僕とあなたは一緒じゃないよ」
 手にした携帯を握りなおす。
「ねぇ、無駄話をしろって言うの」
『無駄話ってなんだよ』
「僕の夕飯の献立も仕事の進み具合もあなたには関係ないじゃない」
『ちょっ、それはそうだけど…』
「並盛に雨が降ろうが晴れてようが、イタリタにいるあなたに影響あるの?」
『ないけど…。あれ、それってこないだ俺が言ったことじゃ』
「僕は食べられない物への感想は言えないよ」
『うん…』
 本当に性能は良い。しょんぼりとうなだれる様子まで伝えてくる。
 面倒だが仕方ない。勘違いが得意な相手は、また勝手に想像して勝手に決め付けて勝手に落ち込んでいる。
「それだけ?他に言うことはないの」
『…ごめんな』
「なにが」
『俺、恭弥に我慢させてたんだな』
 やっぱり。
「なにを」
『恭弥、電話嫌いなんだろ?』
「なんで」
『だって、無駄話はしたくないって』
「僕はね」
『俺の話ってたいていそんなんだし』
「うん」
『だから、』
「別にしてない」
『ん?』
「我慢なんてしてない」
『そうか?』
「返事ができないだけ」
 目の前にないものの感想は言えない。仕事の話に口だししたくない(自分はされたくない)。
『じゃあ困らせた?』
「困ってもいないよ。あなた返事しなくても話してたし」
『そっか、恭弥は優しいな。俺って無駄話しかしてないのに』
 話し言葉が堪能でも、やはりイタリタ人に日本語は難しかったに違いない。言っても言っても伝わらない。溜息とともに一気に肩から力が抜ける。
「………そう、無駄だったんだ」
『え?』
「僕は無駄話に付き合わされてたんだ。なら怒ってもいいよね」
『あのさ恭弥? 怒ってるって言った?』
 遠い海の向こうの声に困惑が滲む。
『そっか、怒らせてたのか。ごめ…』
「怒ってなかったよ」
『だって今…』
 僕は別に我慢もしてなかったし困ってもいなかった。怒ってもいなかった。さっきまでは。
「あなたが今、怒らせたんだ」
『今って…』
「あなたが僕を無駄話に付き合わせたって言ったからだよ」
『さっきと言ってることが違ってないか?』
 困惑に不満が混じる。一から十まで言わないと分からないなんて、頭の悪い相手は本当に面倒だ。
「無駄だと思わなかった」
『…ゴメン、言ってる意味分かんねー』
「少しは考えなよ」
『すっげー考えてるって! 恭弥のことで俺の頭ん中パンパンなんだぜ?!』
 ……本当に頭が悪い。これでマフィアのボスが勤まるというのだから不思議だ。
「あなたには電話もメールも意味があるものだと思ってた」
『……恭弥?』
「僕には無駄でもあなたには必要なんだって。違う?」
『…違わねーよ』
 今度は嬉しそうな顔が目に浮かぶ。よくこれだけコロコロと機嫌が変わるものだと感心してしまう。だがしかし。
「さっき言ったことも覚えてないの」
 ディーノが言ったのだ。『無駄話』だと。
『それは、恭弥がそう言うから』
 次ははしおしおした声だ。耳と尻尾がついてたら、ペタンと垂れてるに違いない。
「……僕とあなたは違うでしょ」
 またため息が出た。肩が下がるのを感じて、抜けたはずの力がまた入っていたことに気付いた。
 知らず前屈みになっていた背を伸ばし、そのまま背もたれに沈む。
「で。どっち?」
 ここまで言わせてまだ分からないなら、切ってやる。親指を滑らせながら返事を待つ。
『あのさ、いろんな物見たり感じたりしたら恭弥にも伝えなくてたまんなくなるんだ。溜めてたらパンクしちまうからさ、俺にはメールも電話もすっげー必要』
「そう、なら仕方ないね」
 ディーノがパンクしようが潰れようが知ったことではない。ただ、並盛に来た時に使い物にならない位グダグダになられるのはいただけない。手合わせも出来ないディーノが来たところで構う価値はゼロだ。
 メールも電話も途絶えた期間があり(1ヶ月位)、その後ヘロヘロで現れたディーノは挨拶もそこそこに「恭弥不足〜」と抱き着いてきたことがあった。(もちろん即行、床に沈めた)
 彼との手合わせは確実に自分を楽しませてくれる数少ないチャンスだ。今は開いた差がジリジリと縮まっていく感覚がたまらない。こんな獲物、そうそう手放せるはずかない。
 幸い忍耐力には自信がある。(でなけれは、毎日毎日なにかしら違反を起こす草食動物相手に風紀委員などツトまらない)駄目な部分が多すぎる大人だが、あのお楽しみと引き換えなら目をつむってやらないでもないと雲雀は考えていた。
『恭弥もかけてこいよ。メールなら時間なんて関係ないだろ? いつでも待ってるから』
「そんなのしないよ」
 毎日代わり映えしない生活の中、わざわざ伝えたいことなどありはしない。
『んー、そっか、そーだな』
 言葉だけだと残念そうなのに、語尾に微かに笑い声が聞こえてくる。
「なにがおかしいの」
『恭弥を笑ったんじゃないって。嬉しかったから、つい』
 嬉しい? 先程の会話の何が嬉しかったのか、やはり読めない相手だと首を傾げていると。
『恭弥が俺の誕生日は無駄話とは思わなかったんだって分かったからだよ』
 恭弥からかけた初めての電話のことだと理解した。理解はしたが、雲雀にとって内容は腑に落ちない。
「あれは文句を言うついで」
 タイミングときっかけが合っただけのこと。
『次に俺が電話した時でもよくね?』
 …言われれば確かに。雲雀からかけなくともよかったかもしれない。ディーノがしゃべりだす前に言えばそれですむ(口を挟むのは難しかろうが)。
『あれな、すっげー嬉しかったんだ。恭弥が俺の誕生日覚えててくれて祝いの言葉までもらえたんだ。ついででも嬉しかったよ』
 それはなんとなく伝わっていた。あの時も、今も。
『恭弥は大事な時にかけてくれたもんな。たくさんなんて贅沢か。あれだ、二兎を追う者は一兎をも得ず』
 日本のことわざまで駆使するイタリア人は、そう言って満足そうに笑った。


 持ち直そうとした携帯の温度が、雲雀に『そろそろ』と知らせる。
「まだ言いたいことある?」
 雲雀はディーノの勘違いがとけた時点で用件としては終わっていたのに、気付けばずいぶん話し込んでいたようだ。
『あるある、たくさんあるぜ』
 まだ話し足りないのか。だが改めて確認すると、予想通り残った電池は1つしかない。
『ごめん冗談。もう切れそうなんだろ』
「本当に切るよ」
『ごめんごめん、ホントーにごめんっ』
 おそらく電話の向こうでは、片手で拝むポーズをとっているに違いない。細かいところが妙に日本人くさくて、頭に残った見た目とのギャップ大きすぎる。その違和感にも慣れてしまった雲雀ではあったが。
『電池な、もうちょっと長持ちするよう改良させてるから』
「充電すればいいだけでしょ」
 雲雀としては壊れていないなら問題はない。
『機械は常に改良されてなんぼだからな』
 それもそうかと納得しかけるも、続いたセリフに相手がディーノだったことを思いだす。
『それに俺が時間気にせずに話したいから!』
「……仕事に支障が出たら叱るよ」
『忙しい時は恭弥切るじゃん』
「僕じゃなくてあなたの仕事」
『……俺の心配してくれるんだ!!』
「大人なら働けって言ってるの。調子にのるなら咬み殺すよ」
『はいはい、分かった分かった』
「返事は1回」
『は〜い』
 本当に疲れる。話しているだけなのに体がダルい。雲雀は背中がソファーに減り込む錯覚を覚えた。
『恭弥の誕生日には渡せると思うから楽しみにしててくれ。…じゃあな』
「うん」
 雲雀の返事を待って、繋がっていた回線が切れる。手の中の携帯はほんのりと温かい。
 携帯がこんなに熱くなるなんて雲雀は知らなかった。あの人が教えてくれる事は、たいていどうでもいいと言ってしまえるものばかりだが、知らなければよかったと思うものはそんなにないなとも思う。
 ストラップをつまみ、揺れる小さな機械を目の高さに持ち上げる。
「新しい携帯か…。楽しみにしてあげてもいいよ」
 その時うっすら浮かべた笑みに雲雀が気付くのは、ずっと先になる。






                        Fin.

                     2009.5.5



最うちの雲雀さんは、もっと手厳しくしてもいいと思う、
甘い、甘いよ、風紀委員長!
「甘い」けど「甘ったるく」ではないのがうちらしい。

雲雀さん、ハッピーバースデー!
(結構無理やり・・・)