『 決意の朝に 』




「空いてますね」
「中途半端な時間だからな」
 時計に目をやれば、午前5時少し前と読み取れた。確かに除夜の鐘には遅く、一眠りしてからの初詣には早い。
「でも星が綺麗ですよ」
 ハァと吐いたセナの息が白い。
 神頼みに縋るほど馬鹿らしい事はないと言っていたヒル魔だったが、行きたがるセナを止めようとはなかった。

 静かな道を二人並んで歩く。
 人と擦れ違う事もなくたどり着いた神社には予想通りセナとヒル魔以外の人影もなく、こじんまりした境内にひっそりとした空気があるだけだった。
 賽銭を投げ入れ、小さく鈴を鳴らし拍手を打つ。
 合わせていた手を離し顔を上げたセナの眼差しは目の前の社殿とは違うどこか遠くを見ていた。
「帰るぞ」
 かけられた声にセナが慌てて周りを見れば、隣にいたはずの人はすでに参道へと足を向けている。
 小走りに駆け寄り隣に並んだ。

 来た道を辿りながら、まっすぐ前を見て歩くヒル魔をちらりと見たセナに笑みが浮かぶ。
「人の顔見て笑うな」
「笑っちゃ駄目ですか?」
 もっとおどおどした返事が返ってくるものと思っていたヒル魔は、楽しげなセナの声に軽く眉を上げる。
「好きな人と一緒にいられて幸せだなぁって」
 そしたら自然と笑ってるんですとセナ。
 ヒル魔は無言だったが、その沈黙がいたたまれなさに繋がる事はなかった。居心地のいい沈黙が続く。
 遠くにコンビニの明りが見えるようになった時、セナが一応といった感じに聞いてきた。
「ヒル魔さんは何をお願いしたんですか?」
「無病息災」
「去年もそんな事言ってませんでしたっけ」
「去年は交通安全。来年も交通安全だ」
「それって2つを交互にって事ですか?」
「文句あんのか」
「ありませんよ」
 ヒル魔さんらしいですねとセナが笑えば、
「テメーは?」
「僕ですか? 頑張る事を忘れないでいられますように」
「なんだそりゃ」
 だってと言ってセナが続ける。
「自分で出来ない事をお願いするのが神頼み、ってヒル魔さん言ったじゃないですか。アメフトも勉強もいろんな事は自分が頑張る事だから。もし忘れかけた時は神様が思い出させてくださいってお願いしたんです」
「面倒くせぇ事頼んだんだな」
「えぇ、そうですか?」
「忘れてるって気付くにはずっと見てなきゃいけねーんじゃねーの?」
「ささやかな願い事だと思ってたのに」
「で。 他には?」
「他に?」
 ヒル魔の言葉に思いつくものがなくて首を傾げるセナ。
「ずっと一緒にいられますように、ってのは?」
 セナのパッと頬が染まる。
「ヒ、ヒル魔さんは?」
「さーな」
 ズルイと訴えてもヒル魔は知らん顔だ。
「・・・ちょっとは思いましたけど」
 恥ずかしそうな声が漏れた。
「一緒にいる為にはやっぱり僕が頑張らないと意味が無いなって。誰にお願いしたってヒル魔さんが立ち止まってくれるわけじゃないですから」
「前を走ってくのはテメーだろ」
「ヒル魔さんは後方支援ですもんね。でも、ゴールは前でもテープを切った後は、ヒル魔さんの所へ帰りたいです・・・」
 TOPでゴールテープを切れるかどうかは分かりませんと照れる仕草に目を細めるヒル魔だった。

「空、まだ明るくなりませんね」
 立ち止まってセナが空を見上げる。時計の針は6時過ぎを示していた。
「まだ夜明けにゃ早いな。ちなみにそっちは西で日が沈む方向だ」
「っ! 早く言ってください!!」
 くるっと180度回って再び空を見上げるが、やはりまだ明るさのカケラも見えない。
 セナが顔を戻すとヒル魔はだいぶ前を歩いていた。
 神社を去る時と同じように追いかけて隣へ並ぶ。
「待てって言わねーんだな」
 コンビニの明りが二人の顔を照らすほど近づいた時、ヒル魔は今思いついたように隣を見て言った。神社の時も、今も。
 その言葉にエヘヘとセナは笑って答える。
「僕には追いかけられる足があるから」
 嬉しそうに笑った頬が寒さに冷えた頬にまた赤みをともす。
 ポンポンとセナの頭を撫でたヒル魔はその手でセナの背中も叩いた。そしてニヤリと口元をゆがめた。
「そんじゃ昼から走りこんでこい。イヤってくらい走らせてやる。その前に腹ごしらえだな。あー、腹減った」
「ヒル魔さん今日は完全休養って言ったじゃないですか!」
 さっさとコンビニに向かうヒル魔にヒドイとセナが叫ぶ。
「走りたいっつーから叶えてやろうって言ってんじゃねーか。俺は寝るぞ。テメーの腹の音がうるさくてこんな中途半端な時間に起きちまったから眠いんだよ」
「なんですか、それ! ヒル魔さんが人のお腹を枕にするから!」
 勝手に起きたくせにといいつつ恥ずかしさに耳まで赤くなったセナ。そんなセナにポカポカ背中を叩かれてもヒル魔が前言を翻すはずもなく。再びポンポンと頭を撫でられてセナは頬を膨らます。
「テメーが戻る頃にはコーヒー入れて待っててやるよ」
「・・・・・・ミルクと砂糖、入れてくださいね」
 そう言ってそろりと袖口をひっぱったセナの手をヒル魔が握ると、セナは驚いたように顔を上げた。耳まで赤くなったセナを見て笑うヒル魔。そして手を繋いだままコンビニに入っていった2人だった。



                                2008. 1. 1

                      Fin.




コンビニの店員さんに丸見えだったんじゃないかと・・・
でも「願い事」より「決意」になれるくらい
進化してたらいいなー。

今年も『Crawford』をよろしくお願い致します m(^▽^)m