salute!



チクチクチクチク、頬に感じる視線。
人目をひく容姿の自覚はあるし、感覚としては慣れたソレ。しかし、コレはちょっと事情が違う。
意を決して言ってみる。
「…なぁ恭弥、視線が痛いんだけど」
「視線なんてモノが痛いはずないでしょ」
すげなく一蹴された。
いつも気配がうるさいという雲雀が言っていいセリフではないとディーノは思う。
確かに痛くはない。痛くはないが非常に気になってしかたない。


朝食の席ではいつも通りだった気がする。
昨日からムズムズする鼻を鳴らし、PCとにらめっこをするうちに感じはじめた恭弥の視線。
隠す気もなかったのか、顔をあげると真正面から目があった。少し丸くなった目がじっとディーノを見ていた。
その時は「やっぱり恭弥は綺麗で可愛いなぁ」くらいにしか思わなかったのだ。
しかし、それが何時間も続けばおかしく思わないほうがおかしい。
いつもなら「体を鈍らせない為に相手になってあげる」と仕掛けられる上から目線の手合わせも無し。書類に埋もれるディーノへの当て付けに「つまらないから帰る」と言い出す事も無い。
つまり、大変お行儀が良いのだ。
しかも、聞かせられない話の時はさりげに席を外す。仕事に口を出さないのは二人とも気をつけている事なのだが、話が終わり部下が出ていくと雲雀はまた戻ってきて気に入りのソファーにおさまる。
下手をするとそのまま屋敷を去っていることもあるのに、今朝から雲雀はこんな感じにただディーノの側にいて、ゆったりと時を過ごしている。
互いに忙しい身の二人だから、過ごす時間に余裕があっても気持ちはどこか急いていた。
けれど今、雲雀の周りに漂うのは落ち着いたとしかいいようのない空気だ。
こんな時間を持ちたいとずっとディーノは願っていた。それが叶ったはずなのに、どうしてディーノは仕事なんてしているのか。
部屋にいるのはディーノと本を読む雲雀だけ。
恭弥の手元からは紙をめくる音がする。それはとてもゆっくりで、いつもなら落ち着くと感じるはずの音なのに、なぜ急かされていると感じてしまうのか。
気になる視線を感じはじめて何度目か、どうにも不思議で雲雀から目をそらさなかったあの時。
『なに?』と聞かれたあの時に、どうして『なんでもない』と言ってしまったのか。
おかげで無言の視線がディーノに注がれ続けている。


非難ほど鋭くもなく、お誘いほど熱くもない。ただ向けられる視線には観察の色が濃い。
しかしディーノには原因の心あたりなど全くもって思い付かない。
顔になにかついているのか?
しかし、それ位ならとっくに部下達がからかってくるはずだ。
グルグルと悩みながらも最後のデータを承認して、その旨を担当者にメールした。
これでやっと『キャバッローネのボス』から『ディーノ』になれる!
早く早くと気持ちが逸り、PCからは落ち着けとばかりにエラー音が鳴りひびく。
キシリと椅子がきしむ音がした。近づいてくる気配が、さらにディーノのミスを誘う。
「少しは落ち着きなよ」
「俺は落ち着いてるぜ」
ピピーーーッ
「…どこが?」
「うぅ〜」
モニターには押し間違えて始まった再起動の様子が写っている。
「笑いたきゃ笑えよ」
「別におもしろくもないのに笑えないね」
笑われたほうがマシなんだって…。
鼻の奥がムズムズするのは風邪の悪化か、涙の予感か。
強制終了の誘惑を堪えてモニターを睨んでいると、ため息が聞こえてきた。
「ねぇ、気になって仕方ないんだけど」
それは俺のセリフだ!と、叫ぼうとして固まった。
雲雀が机をはさんでディーノを覗きこんできていた。思った以上に近い距離から、切れ長の目がディーノを写している。
近づく瞳に、キスの距離だと目を伏せる。添えられた手に頬を寄せると自然と首が傾いた。
「スッキリしたら、気持ち良いよね」
心の中で同意して、唇を迎えようとした次の瞬間。
フッとかけられた息がディーノの顔、正確には鼻の下をくすぐった。ヤバイと思う間もなく鼻の奥から衝動が込み上げる。
動作の前兆にあごが上がった次の瞬間。
グイッ
プチュン
「いてーーーっ!!!」
スッと身を引いた雲雀には叫ぶディーノに頓着する様子はない。
「あれはやっぱりあなただったんだ」
やっとスッキリしたよ。
確かに雲雀は言葉通りスッキリした表情だが、叫びの主はそれどころではない。
くしゃみが出ようとしたその時に頬にかかっていた手がディーノの顔を真横に向けたのだ。
おかげで雲雀にくしゃみをぶつけずにすんだが、急な動作にディーノの首は悲鳴をあげている。
それに、くしゃみだって雲雀が息を吹きかけたから出た事を思えば、首の痛みは理不尽きわまりない。
首をさすりつつ横目でにらむと、クスッと笑われた。
「あなたのくしゃみって可愛いかったんだね」


どうやら雲雀の目的はディーノのくしゃみだったらしい。
「だって気になるじゃない」
ちょうどディーノがくしゃみをした瞬間を雲雀は見逃した。
あまりにも小さく可愛らしい音にディーノがしたとは信じられず、雲雀は次の機会を待ち構えていたのだ。
「そりゃーご苦労なこって…」
夕食を終え、自室でぐったり体をのばすディーノとは対照的に横に座る雲雀はいつもの顔に戻っている。
ディーノに心あたりなど見当たらないはずだ。自分のくしゃみなんて気にしたこともないのだから。
「ちくしょー俺のドキドキを返せー」
「何それ。僕がいないほうが良かったの」
「それは絶対イヤ」
雲雀の視線に振り回された1日だったが、いないほうがいいなんてあるはずがない。
「なら、もうグズグズ言わない」
「えぇ〜」
一緒にいられたことは素直に嬉しいが、それとディーノの煩悶は別の話だ。
「だったらさ、あの気持ちいいとかはなんだったんだよ」
顔を押さえた指のすき間からチラリと視線をなげかけてみるが、雲雀は涼しい顔で受け止めた。
「あなたはくしゃみでスッキリできる。僕は疑問が解消できる。ほら、どちらも気持ちいい」
「俺は全然スッキリしてねー…」
あれでガッツリ期待した分、気持ちの下げ幅が大きかった。体は微妙に疲れているが、その疲れが奥に残る火がくすぶらせ続けている。
「仕方ないね」
雲雀の指がスルリとディーノの指を撫で、そのまま頬に手が添えられる。
とたんに部屋の空気に色が漂い始めた。
「じゃあもっとスッキリしようか」
あの時と同じに近づいてくる眼差しにディーノも同じように首を傾ける。
だが、これだけは言っておかなければと、触れる直前の唇に指を挟んだ。
「もう首は押すなよ?」
「あなたがくしゃみしなかったらね」



                                   Fin.

                                2012. 6. 7  


くしゃみが可愛いと女の子らしく見えますよねー。
ボスのくしゃみはたまたまだと思います(笑)
豪快な空気が震えるほどのも想像できないけど。