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      あの夏を忘れない 
       
       
       先程まで炎馬大学校内のあちこちからで聞こえていた掛け声などもやんでいる。 
セミの鳴き声もうるさい8月。秋に向けて追い込みのかかる練習の合間、セナとモン太は食休みに外を選んだ。 
真夏の日差しが肌を焼く昼過ぎ。涼を求めて二人は木陰に逃げ込む。 
木の幹に背中を預け足を投げ出す。そよそよと肌を撫でていく風の心地よさに、セナのまぶたが上下からせまってくる。 
このまま睡魔に身を任せればさぞ気持ちいいだろうとは思うものの、その後が怖い。爪先向こうの日差しはすぐに肌をやけどレベルまで焼いてくる。なにより、いま寝てしまうと部活再開までに起きられる自信がセナにはない。 
なんとか起きていようとセナが頭を振ったところでモン太が口を開いた。 
「あっちーなー」 
「そーだねー」 
「でも風は気持ちいーなー」 
「そーだねー」 
目を閉じると、セミの鳴き声の合間に葉擦れの音が聞こえてくる。 
あの時、セミの鳴き声はなかった。休めるような木陰もなく、照り付ける太陽は容赦なく肌を焼き、渇いた空気に身体からどんどん水分が奪われていった。 
「…キツかったよな」 
「…うん」 
それぞれが一生懸命だった。 
誰もがギリギリだった。 
だから、全員でゴールしたかった。 
輝くネオンを目にした時を思い出すと、今でも胸が熱くなる。 
あの夏を乗り越えられたからアメフト選手としての自分がいるのだとセナは強く思う。 
「あっ、モン太とセナ見ぃつけた!」 
明るい声に目を開けると、鈴音が二人を手招きしている。 
あの仲間達はそれぞれに決めた先へ別れていった。大人になればアメフトとは違う道を選ぶ者もでるだろう。 
それでも、彼らは変わらぬ『仲間』だとセナは信じている。 
「午後練はじまるよー!」 
「おー、今行く!よし、セナ行こうぜ」 
「うん!」 
      セナはアメフトに出会えた感謝を胸に、木陰から出て眩しい日差しの中を駆け出した。 
       
 
 
       
       
                                         Fin. 
       
                                      2012.
      8. 8   
       
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