『in side』
目の前で問題の採点チェックされるのって、かなり心臓に良くないと思う。
テスト前の恒例勉強会で僕はヒル魔さんちに来てて、作って貰った仮問題を解き終わったところだった。
パラパラと静かに紙のめくられる音だけ耳に入る。
最後まで目を通したヒル魔さんの 「ま、こんなもんだろ」
のセリフに全身から力が抜けた。 「もー頭の中パンパンです〜」 「答案埋めるまでは詰めた中身こぼすんじゃねーぞ」
ふぁ〜いとため息とも返事ともつかない声で返す。
「テメーの、片付けとけよ。風呂の仕度してくっから」
そう言ってヒル魔さんは席をたち、僕はノートや筆記具が広げられた机に突っ伏していた体を起こした。
教科書とノートを鞄に入れる。そしてシャーペンに手を伸ばして、その横にある自分の物ではないソレに目がいった。
さっきヒル魔さんが自分の勉強のために使っていたボールペン。
手に取って握ると思った以上に長い。ヒル魔さんが持ってる時は長いなんて思わなかったのに。
PCや携帯を駆使するヒル魔さんのイメージはアナログよりデジタルだけど、ペンを手にしてノートに向かうヒル魔さんはいつも以上に大人っぽくて、うっかり見とれてしまうくらいカッコイイ。
このペンは家にいても学校にいても、ずっとヒル魔さんの近くにいられるんだよね。ヒル魔さんの持ち物なんだから当たり前なんだけど。
・・・・・・いいなぁ。 「いつまで握ってんだ」
「えっ、ヒル魔さん?!」
「俺の分の片付けは頼んでねぇぞ」
「うわっ、す、すいませんっ」
差し出された手に返さなきゃと思った。
思ったのに僕はペンを手放せなかった。 「糞チビ?」
訝し気に問い掛けられても、自分でもなんでこんな事してるのか分からない。
でも手の中にある物をヒル魔さんの手に戻したくなくて、ついギュッと握りしめた。 「ソレ、気に入ったのか?」 「へっ?」
「へ、じゃねーだろ」
差し出された手が伸びて、僕の手からはみ出したペンの先を弾いた。
「気に入ったのかって聞いてんだよ」
「えっと、その、・・・はい」
ボールペンなんて普段使わないから気に入るも気に入らないもないっていうのが正直な所だったけど、返したくない理由を思い付けない僕はヒル魔さんの推測を肯定するしかなかった。
「俺も気に入ってんだけどなー」
どうしようかなーと呟く声は、小さいのにはっきり届く。僕が困ってるのを分かってて言ってるんだ。でも僕が困ってる本当の理由までは分からないだろうけど。
そう思ったらなんだかモヤモヤしてきて、返さない自分が悪いのは分かってるのに、モヤモヤな気分のままにヒル魔さんを上目で見てた。
「睨んだって拗ねてるよーにしか見えねーぞ」
「睨んでなんかいませんよ」
「そうかよ」
「そーです」
プイと顔を背けたけど笑われてるのは分かる。小さくケケケって聞こえてますよ、ヒル魔さん! 「くれてやってもいいぜ」 「・・・はい?」 「コバヤカワ君が返してくんねぇんだからしょーがねーなっつったんだよ」 「えっ、でもコレもらっちゃったらヒル魔さんの書く物がなくなるんじゃ」 「んなわけねーだろ、ばーか」
ピシッっおでこを弾かれたけど、そんなに痛くない。手加減してくれた?それに声からもイジワルっぽい感じが無くなってる気がする。
本当にもらっちゃっていいのかな・・・
ヒル魔さんの意図が分からなくってじっと見上げてたら、まだなんか欲しいのかよと言われて慌てて首を振った。 「本当にいいんですか?」 「いい加減うたぐり深いなテメーも。・・・そうだな、んじゃ交換だ。テメーの使ってるのよこせ」 「えぇ?!」 「なんだ、くれねーのか。ケチ臭ぇ奴」 「ち、違いますよ!だって僕の使ってるのって・・・」
いまペンケースに入ってるのって、まもり姉ちゃんからもらったロケットベアーのマスコットが付いたシャーペン・・・ 「いいんだよ、どうせ使わねぇだろうし」 「そうですよね・・・」
ヒル魔さんの手に握られたシャーペンを想像しようとして、僕は早々に諦めた。無理だよ、無理。 「テメーだって使うのかよ、その黒ペン」
ソレと指差されてウッと詰まった。
教科書にアンダーをする時はカラーマーカーを使うし、書いては消し書いては消しのノートになんて使えるはずもない。だいたい書き損じしないからなんて言って、ノートをボールペンでとるヒル魔さんがおかしいんだよ! 「ほら、さっさと寄越せ」 「これ、まもり姉ちゃんにもらったんですけど」 「だから手放せねぇってか?」
おもしろくなさそうな表情に違いますとまた首を振る。 「使ってたのテメーだろ。誰にもらおうが関係ねぇ」
・・・それはつまり『僕が』使ってたって事が大切だって事・・・?
ポッポッポッと熱が上がるのが分かった。顔も多分真っ赤だ。
ペンケースから出したシャーペンを再度伸ばされた手に乗せる。 なんかドキドキする。ペンを渡すだけなのにどうしてこんなにドキドキするんだろう。
手にしたペンをクルクル回すヒル魔さんの目がいつもよりもっと優しく見える。 「ヒル魔さんってシャーペン使うんですか?」 「んー?」
自分でも想像したんだろう。ヒル魔さんが首を傾げて眉をひそめた。 「コレは使わねぇだろうな」 「そうですよね」
ハハハと苦笑した僕。 「僕はもったいなくて使えないです」 「ペンなんて使ってなんぼだろ」 「ヒル魔さんも使わないって言ったじゃないですか」 「俺は持ってるだけで満足だからいいんだよ」
・・・なんかスゴイ事言われた気がするんだけど。 何がどうスゴイのかうまく言葉にできないんだけど。えーっと、えーっと。
グルグル考えてたら、ピーピーと小さな音が聞こえてきた。 「風呂沸いたな。さっさと入って寝ろ」 「えっ、ヒル魔さんがお先にどうぞ?」 「待ってる間にテメー寝ちまうな」 「うう」
確かに。後は服の用意だけだから、ボーッとしてると寝ちゃいそうだ。
「俺はまだやる事あるからな。おら、風呂場まで連れてってやろうか」 「いいい、いいですっ、行けますっ、結構ですっ、自分で入れますっ」 「誰が風呂の手伝いまでしてやるって言った?」
ケケケと笑われ、熱い顔が更に熱くなる。 「あーあ、真っ赤。風呂の前にのぼせてどーすんだ?」 「ヒル魔さんが変な事言うから!」
効果がないのは分かっていても、つい睨んでしまう。
するとニヤニヤしてたヒル魔さんが何か思い付いたのか、口の端がキューっと上がった。
それを見たセナはヤバイと叫ぶ本能のまま逃げようとしたが、目的地は彼の人の向こう。
伸びてきた腕にがっちり肩を抱き込まれ、固まった僕を引きずるようにヒル魔さんが歩き出した。 「俺ん家の風呂場でこけて怪我なんてされちゃー困るんだよ。だから一緒に風呂入るぞ」 「なんで『だから一緒に風呂』になるんですか?!」
叫びながら必死に抵抗するが、ヒル魔さんの力に敵うはずもなくズルズル引きずられてしまう。 「忙しい俺がわざわざ世話してやろうってのに抵抗すんじゃねー」 「そうですよ!ヒル魔さん忙しいんですから僕の事はほっといてっ」 「大事なテメーをほっとける訳ねーだろ」
ギャーーー!!!なんかまた恥ずかしい事言ってる?!
なんてやり取りをするうちにセナの目の前には風呂場のドアが現れた。一人暮らしには無駄に広い(とセナは思う)ヒル魔宅の風呂場なら男二人でも入れると、何度も泊まったセナにも想像できたが。
本当に入るとなると話は別だ。
「本当に本当に大丈夫ですから〜 一人で入れますから〜 放して下さい〜〜〜」
もう抵抗する力も尽きてふんにゃりと抱えられていたセナは、泣き落としなんて無駄だろうとは思いつつも言ってみた。 「ほら着いたぞ」 「へ?」
さっきまでがっちり掴まれていた肩を解放されたセナは一瞬どうなったのか分からなかった。 「連れてきてやったんだ。後はテメーで出来るだろ」
見上げるとヒル魔さんがニヤニヤ笑いで見下ろしていた。 「なんだ、マジで世話して欲しいのか」 「いいえっ結構ですっ」 「つかりすぎてのぼせんなよ」
そう言うとヒル魔さんはリビングに戻っていった。
残された僕はその場にペタンと座り込んでしまった。 「・・・・・・・・・」
解放されてホッとしてるのに、それ以外の何かを感じている。 一緒にいるとドキドキする。そりゃあ色んな意味で毎日がドキドキのしっぱなしだ。
だけどヒル魔さんから逃げたいと思わないのはどうしてなのか。
ペン1本もらえたのがすごく嬉しい。
なのに近づきすぎると恥ずかしくて緊張してしまう。
「一緒に居たいのか居たくないのか、どっちなんだよ僕は・・・」
がっくりと肩を落として呟くが、自分で答え探さなくてはならない事くらいはセナも知っていた。しかし考えても考えても分からないものは分からない。
セナは大きく息をはくと、この事を考えるのを止めた。明日もテストが待っている。せっかくヒル魔さんに叩き込んでもらったのに、忘れましたではしゃれにならないよ。 「・・・お風呂入ろ」
もそもそ服を脱いで、髪と体を洗って湯舟につかる。心地よい眠気にうとうとしながらぼんやりと思った。
「・・・勉強みたいにヒル魔さんに聞ければイイのに」
セナのそんな言葉はヒル魔の耳には届かなかった。
けれど、リビングに戻ったヒル魔がシャープペンを見つめて言った 「早くテメーの気持ちに気付きやがれ、糞チビ」
という声も、セナには聞こえてはいなかった。
セナがドキドキの意味に気付くまで、あと少し。
2007.11.6
Fin.
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二人とも乙女チックでスミマセン。
コレがCrawfordの持ち味という事で
暖かく見守ってください・・・。

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