『シルエット』




「あれ?」
「どした、セナ」
 新しいシューズをモン太と見に来たショッピングセンター。日曜で賑わう人込みに何かがひっかかった。
 立ち止まった僕に合わせて並んだモン太が聞いてくるのも半分に、周囲をぐるりと見回す。
「誰か知ってる奴でもいたか?」
「うーん…」
「なんだよハッキリしねーな」
 それは自分でも分かるけど、そうとしか言いようがない。
「なんかひっかかったんだけど、あっスミマセンっ」
 人とぶつかって、立ち止まったソコが通路の真ん中だと思い出した。
 少し移動し休憩スペースのある場所の壁に寄った僕の横にモン太が立つ。
「行かねーのか?」
 店、モン太にと言われる。
「なんか気になっちゃって」
 誰がいたかも分からないんだし、声をかけられた訳でもない。相手だってこっちに気付かなかった可能性もある。立ち止まる程の理由がない。なのに足が動こうとしない。
 大人に子供。若い人、お年寄り。目の前の流れる人波を眺め渡しても、自分の見知った顔は見当たらない。
「いたかー」
「うーん…」
 モン太も目で追ってくれてるみたいだったが、誰かも分からないのに『捜す』なんて難しいに決まってる。
「なぁ、見えたのって人か?モノじゃなく?」
「人、だと思う、けど」
「なら動いたほうが良くね?」
「うーん…」
 立ち止まってるのは自分とモン太くらいという周囲の状況。しかもセナとモン太の背は高い方ではない。見渡して人を捜すには不向きに決まっている。
 だが追いかけてまでして見つけたいかと聞かれると、答えはNO。
「見つからなければそれでもいいんだ」
「いいのかよ」
「うん。だって自分でも誰を捜してるか分かんないんだし」
 ただ気になった。それだけなのだ。
 それだけなのに何故だか動けない。
「ごめんねモン太」
「気にすんなって。別に急ぐ用事じゃねーんだし」
 もともと野球をしていたモン太と違い、用具等の手入れに不慣れなセナはRBというポジション的にも靴が傷むのが早かった。今日の目的は、靴の傷みは走りのコンディションにも関わるんだから履き潰す前に目星をつけておけとヒル魔に言われての下見なのだ。
「靴選びがこんなに難しいなんて思わなかったなー」
「ちっとでも妥協すっとケガすんぞ。セナは走るんだからよけいに注意MAXだぜ!」
 スポーツ経験者の言葉はやはり重い。
 互いに顔は前にむけながら会話だけが続く。
「ホントに買うときはヒル魔さんかどぶろく先生がついてきてくれるって」
「二人とも目が確かだもんな」
「安心するよね」
「けどよ、ヒル魔先輩が側にいると緊張すっぜ〜」
「ははは……あ、」
「どした?セナ」
「誰が見えたのか分かった」
「えっ誰?俺も知ってるヤツ?」
 モン太がキョロキョロと左右を見回すが、それらしき人物は見当たらない。
「多分間違いないんだけど…」
 セナは自分が『誰』を見つけたのか分かってすっきりしたものの、別のトコロがモヤモヤしだした。
「見間違いじゃねーの?」
 もう一度、ゆっくりと目をこらす。先を急ぐサラリーマン、子供に引っ張られる  母親、賑やかな女の子達、暇そうに音楽を聞くお兄さん。
 ある一点で視線を止めたセナに、モン太の不思議そうな声がかかる。
「セナ?」
「ねぇモン太。知ってる人がいたら声をかけてもいいよね?」
「あ?あー、いいんじゃねーか?」
「そうだよね」
 そう言うと、セナは人の合間をぶつかり謝りしつつ摺り抜け、セナ達とは反対の壁際にいた人物の前に立った。少し遅れて追い付いたモン太の視線がセナと足元を行き来する。
「……なんで見つけんだテメーは」
 顔の半分を覆うグラサンにダボダボな服装で通路脇にしゃがみ込んでいた相手は、苦虫をかみつぶしたような表情でセナを見上げた。
「…やっぱりヒル魔さんだ」
「……えぇぇぇっ、嘘だろっ!!!」


「明らかに変装してますってヤツに対する気遣いくらい持ちやがれ」
 ブツブツと小声のヒル魔に戸惑いを隠せないモン太は、一言叫んだ後は言葉が出ないようだった。
モン太の叫びは分かる。立てた金髪。物騒な銃器。悲しくも見慣れてしまったモノは何も目に映らない。だが、そこにいるのは間違いなく泥門デビルバッツのQB、ヒル魔さんだ。
「……糞チビに見破られるとはな」
 不思議な物を見るように見つめられ、セナは見慣れぬヒル魔を直視できずに視線をウロウロさせた。
「だって分かりますよ、ヒル魔さんなら」
 さっきのモヤモヤは『ヒル魔さんが見つけられなかった』から。見分けたはずなのに見つからなくておかしいと思ったんだ。
 ずっと見てきた。最初は怖さから、窺うために。いつしか怖さも薄れ、指示を仰ぐために。気付いたら自分の中にヒル魔さんがいた。
 正直、この感情は持て余すばかりで困ってるのだが、誰に相談するにも微妙な内容に放置状態にするしかなかった。表し方も隠し方も分からない感情に聡いヒル魔さんが気付かないとは思えないんだけど…
 ハーッとため息が聞こえ、前に向き直る。立ち上がったヒル魔が歩きだし、どうしようかと迷うが、そのまま別れるのもどうかとセナとモン太はひとつ頷くとヒル魔の後ろをついていった。
 ゆったり前を行く背中はいつもと違いすぎるのに、一度そうと認識してしまうとそれはヒル魔にしか見えなくなるのが不思議だ。
「服でずいぶん変わるもんだな」
「でも今はヒル魔さんに見えるね」
「聞こえてっぞ」
「「はいぃぃっーーーっ」」
 別に悪く言ってた訳ではないけど、言わば隠れてたトコロを引っ張り出したような形なので気は引ける。
 どこに連れて行かれるんだろうと内心ビクビクの二人だったが、元々行く予定だったスポーツ店にヒル魔が入っていくのを見て、『怖いトコじゃなくて良かった』と安堵した。
 振り返りもせずにまっすぐ進んだヒル魔は、シューズ売り場につくと足を止めた。
「さっさと選びやがれ」
「俺らのっすか?」
「え、ヒル魔さんは?」
 どかりとフィッティング用の椅子に座り、手持ち無沙汰なヒル魔は何をする様子もない。それよりなにより。
「……僕ら、シューズ見に来たって言ってません、よね?」
「それくらい分かるだろ」
 行き先は怖くなかった。なかったけれど別に怖い事が待ってたねモン太。僕らの何を見て分かるって言ってるのかが分からなくて怖いですヒル魔さん…
「俺が貴重〜な休日を潰して付き合ってやってんだ。とっとと選んで持ってこい!」
「「はっ、はいっ」」


 結局いくつかの候補を履いて確かめたが、サイズが微妙に合わなかった僕は出直しを余儀なくされた。モン太はヒル魔に合格点を出してもらった品を手にご機嫌だ。
「いいなーモン太、新しいシューズ」
「取り寄せは来週に届くって言ってたよな」
「うん。またヒル魔さんが見てくれるって」
 僕のお目当てが来週入荷だと確認して「予定空けとけ」と言うヒル魔さんに僕はコクコクと頷いた。そして校長先生宛の請求書を店員さんに書かせて(……)、ヒル魔さんはふらりとどこかへ行ってしまった。
「しっかし今日のヒル魔先輩には驚きMAXだぜ!」
「そうだねー」
「俺はセナにもびっくりしたぜ」
「どうして?」
「あんな格好のヒル魔先輩、フツー気付けねぇよ!スゲーなセナ」
「すごいかな?」
 そうかな?
 でも来週は多分二人きりになるわけで。もちろん店内には他のお客さんがいるけれど。デビルバッツの誰も一緒じゃないならやはり二人きりみたいなもんだし。
 期待と不安でグルグルしてきた頭を、なんとか切り替える。
「でも悪いことしちゃったかな」
「なんで?」
「うーん、うまく言えないけど」
 ヒル魔さんの趣味があーゆーのだとは思えない。あえて着たのならそれに意味があるはず。だけどヒル魔さんに見えないような格好をする意味が僕に分かるはずもなく。
 ただ、『僕らに見つかりたくなかった』らしいのは間違いない。叱られたりはしなくても、苛々した雰囲気は伝わってきた。
「ヒル魔さんがやろうとしてたことを邪魔しちゃったみたいだし」
「言われてみりゃー…」
 僕らはラッキーだったけどヒル魔さんはアンラッキーだ。
「……明日謝らなきゃ」
「……そうすっか」


 翌日月曜。朝一番に頭を下げた二人にマシンガンの雨が降り注いだが、誰も理由を聞き出すことはできなかったとか。



                                2009. 6. 7

                                   Fin.



ヒルセナじゃなくて、ヒルセナ未満です。
3周年のup作品が「未満」モノですよ。
うちらしいといえばうちらしいか。

フリー配布終了しました。
(H21年6月末まで)