「空色の向こう」 
       
      
        
          
             
             
             あれ、いつの間にこんなに暗くなったんだろう? 
             
            時々現れる街以外、ひたすら荒野を突き進むデス・マーチ。 
             
            夜中でも電気が消えない日本の町中と違って、行く手を照らしてくれるのは月明かりと星明かり。 
             
            最初の頃は走る事に必死で気付かなかった。暗くても道が見える不思議に思い至ったのはつい最近だ。 
             
            部活帰りに見上げたのとは比べようもないほどの満天の星空に、本当に外国にいるんだと感じたりもした。 
             
            全く知らない土地を石を蹴りながら走り抜ける。 
             
            ふいに不安に襲われる時も、眠り際に皆の寝息を聞いていると気持ちが落ち着いた。 
             
            ・・・おかしいな・・・皆はどこ? 
             
            前を走っているはずのモン太や雪さんの声も、ヒル魔さんが撃つマシンガンの音も聞こえない。 
             
            ライン組はもっと後ろでデビルバット号を押してるはず。 
             
            思わず後ろを確認したくなったが、そうもいかない事を思い出す。まもり姉ちゃんは僕が荷台にいると思い込んでる。走る所を見られたら慌てて止めさせるに違いない。 
             
            それは困る。だって僕は走らなくちゃいけないんだから。 
             
            あぁ、何を立ち止まっていたんだろう。 
             
            そうだ、走らなきゃ。 
             
            小石を蹴りながら止めていた足を前へ動かす。 
             
            走るうちに慎重に進めていた足が次第に早まっていく。 
             
            気がつくと足元から小石が無くなっていた。 
             
            『蹴りながら進め』が僕の課題だ。無くす訳にはいかない。 
             
            なのに、僕は石を探す為に戻る事をせず走り続けている。 
             
            ・・・だって僕は走らなきゃ。 
             
            前へ、前へ、ひたすら前へ。 
             
            真っ暗なのにぼんやりと浮かび上がる道をただ走り続ける。 
             
            一歩でも前へ。 
             
            半歩でも前へ。 
             
            だって僕は走る事しか出来ないんだから。 
             
            走らなきゃ。 
             
            走らなきゃ。 
             
            走らなきゃ!! 
 
『走らなくていーんだよ』 
             
            だって・・・ 
 
            『走り続けろなんて言ってねぇぞ』 
             
            だけど・・・ 
             
            『休めつってるだろ』 
             
            でも・・・ 
             
            『俺の言う事が聞けないのか』 
             
            ・・・ 
             
            『つーかさ、器用だなテメー』 
             
            いえ、全然不器用なんですけど。 
             
            『器用だよ。俺と話してんだから』 
             
            話が出来るのが器用なんですか? 
             
            『今なら十分そう言えるだろうな』 
             
            今なら? 
             
            そういえば、暗かった周囲がいつの間にか明るくなっている。 
             
            『そろそろ目ぇ覚ませよ。セナ』 
             
            「・・・・・・ヒル魔さん」 
             
             
             
             
             周りからは疲れて休む仲間たちの寝息が聞こえてくる。 
             
            目を開けると荷台の後ろ、開いてる部分から夕暮れを迎える直前の空が見えた。その手前には面白そうに笑うヒル魔さん。 
             
            「寝てるのに答えるんだから器用、じゃなくて変、か」 
             
            「ヒル魔さん・・・もう少し言いようがないですか」 
             
            1人分くらいの間隔を空けて片膝を立てて座る人を恨めしげに見てみるが、僕の視線に脅しの効果があるはずもなく。 
             
            「しかも見てる夢まで丸分かり。足が走ろうとしてんだもんよ。ケルベロスみてーだったな」 
             
            それって足だけピクピク動いてたって事かな。確かに丸分かりだ。 
             
            空の色からしてまだ食事には早い時間のようだ。 
             
            「もしかして起こしちゃいました?」 
             
            「あんだけウンウン唸られてりゃな」 
             
            「すみません・・・」 
             
            言いながら自分がいまだ横になったままだった事に申し訳なさを感じで起き上がろうとしたが、 
             
            「休めつっただろうが。寝てろ」 
             
            「ヒル魔さんは寝ないんですか」 
             
            「目が覚めちまったからな。データ整理でもするさ」 
             
            いたたまれなさにますます小さくなってしまう。 
             
            しばらくは言われたとおり寝なおそうとしてみたが、睡魔は僕から遠ざかってしまったようだった。 
             
            「なんだ、眠れないか」 
             
            そんな僕に気付かないヒル魔さんではなかった。 
             
            「僕も目が覚めちゃったみたいです。・・・そっちに行ってもいいですか?」 
             
            肩をすくめたヒル魔さんは了承の印に、ノートパソコンの電源を落としてくれた。 
             
            音を立てないように出来るだけ静かに移動して、横になったヒル魔さんにピッタリとくっついた。 
             
            この距離は久しぶりだった。いつも側に誰かがいて2人きりなんてなれる状況ではなかったし、疲れてヘロヘロでそれどころではなかったという事もある。 
             
            暑いはずなのに肌に触れる体温が気持ちいい。 
             
            徐々に力が抜けて、やっと緊張していた身体を自覚した。 
             
            「夢の中まで、追いつめたのか」 
             
            ぽつりと呟きがこぼれてきた。 
             
            見上げようとしたが、頭を抱え込まれて抱きしめられる。 
             
            確かにアメフトをさせたのはヒル魔さんだ。走れと言ったのもヒル魔さんだ。 
             
            でも、違う。 
             
            「ちゃんと止めてくれたじゃないですか」 
             
            手元のシャツをぎゅっと握る。 
             
            「僕は夢に逃げたんです」 
             
            見えなくても先を促す空気を感じた。 
             
            「うまく進めない自分にイライラしてたんです。走るだけならどんなに楽かって思って」 
             
            もうぼんやりしかけている夢を思い出して苦笑いする。 
             
            「だって蹴らなきゃいけない石が無いのに走ってたんですよ。夢って正直なんですね」 
             
            やると決めたのは自分なのに。どこまでも弱い自分に情けなくなってしまう。 
             
            なだめるように背中を叩かれて、つめていた息を吐き出す。 
             
            追いつめられたんじゃない。 
             
            「ヒル魔さんを追いかけたかったんです」 
             
            前を走るヒル魔さんに少しでも近づきたくて。 
             
            「みんなで、デビルバッツでクリスマス・ボウルへ行きたいんです。戦いたいんです、みんなと一緒に。だから・・・」 
             
            僕に出来ることは走る事だけ。焦っていたのは確かだけど、追い立てられたわけじゃない。 
             
            「走らなきゃじゃなく走りたい、か」 
             
            ・・・どうしてこの人は言いたい事を分かってくれるんだろう。 
             
            この人に見つけてもらえた事が嬉しい。 
             
            この人の側で走れる事が嬉しい。 
             
            この人に認められる自分でありたい。 
             
            走りたいのは、勝ちたいのは、そうすればこの人の側に居れるからだ。 
             
            自分がこんなに不純な人間だとは思わなかった。そもそも相手が相手だし(笑) 
             
            「テメーならやれるさ、俺が見つけたんだからな」 
             
            しかも欲しい言葉も言ってくれるし・・・ 
             
            「だからって体壊しちゃ意味ねぇんだ。休む時はキッチリ休め。俺は側にいるから」 
             
            ・・・ホントに優しくって、ちょっとなんだか・・・ 
             
            「今、気味悪いとか思わなかったか?」 
             
            ひぃぃぃぃ〜〜〜、なんで分かるんだ!!! 
             
            「ほほぅ、いい度胸だな」 
             
            ひたいに怒りマークが見えそうで、怖くて顔が上げられない。 
             
            「そうだよな、こんな据え膳状態で手出ししないのも失礼な話だな。お仕置きもかねてココでするか?」 
             
            一瞬にして体が固まった。 
             
            やると言ったらこの人はヤル。 
             
            ピッタリくっ付いているのでアッチもコッチもヤバイ感じなのが分かっちゃって。 
             
            逃げたいってのと逃げなきゃってのと逃げられないってのがグルグル頭を回って体が動かない。 
             
            「逃げないって事はイイって事だな?」 
             
            良くない! 良くないんだけど!!! 
             
            あごに手がかけられると従ってしまった。 
             
            口元がニィーっと上がって鋭い歯が覗く。 
             
            もうダメだと思ったその時、何かに気付いたように視線が外された。 
             
            「残念。そろそろ時間だ」 
             
            時間? あぁ、そういえば空の色が大分暗くなっている。食事のためにみんな起きる頃なんだ。 
             
            助かったと思った瞬間、油断した。 
             
            「んっっっ!!!」 
             
            安堵のために緩んだ唇を簡単にこじ開けられる。 
             
            腕を突っ張りたくても抱き込まれている状態では動かす事も出来ない。 
             
            「んーーーっ、ん・・・、・・・んっ」 
             
            激しくは無いが深いキスに次第に思考がふわふわとなっていく。 
             
            「これくらいで勘弁しといてやるよ」 
             
            うっすらと目を開けると、嬉しそうな、楽しそうな、意地悪そうな、なんともヒル魔さんらしい表情が見えた。 
             
            後ろから差してくる赤い陽光が逆光になって、ヒル魔さんの髪を縁取って輝かせる。 
             
            綺麗だなぁ・・・ 
             
            ふわふわした頭のままそんな事を思いながら、軽く押されるままに頭をヒル魔さんの膝に預けた僕は、気持ちのいい暖かさの中でもう一度眠りに落ちていった。 
             
             
             
             
             
            セナが眠ったその後、居心地悪そうに起きだす他のメンバー。 
             
            「・・・ヒル魔ぁ、起きたのに気付いたんなら止めてよ」 
             
            「ウルセー」 
             
            セナは不思議がったが、その日の夕食が大変ぎこちない事になったのは言うまでもない。 
             
             
             
             
                                    Fin. 
             
                                  2007.1.21 
             
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      書いてみたかったデス・マーチです。 
      なんちゃってヒル魔さんだけど! 
      だって偽者っぽい・・・(涙) 
      それでも121には何かアップしたかったんだもん。 
       
      初書きチューだ・・・ 
       
       
       
        
       
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