カランコロンと響く下駄の音。 昼間の暑さが残る空気は湿気ていたが、同時にワクワクとした雰囲気も漂わせている。 「足、痛くねぇか」 「まだたいして歩いてませんよ」 気遣われるのがなんだかくすぐったい。 隣町の花火を見に行くぞと言われたのが昨日。何も予定を入れてなくてよかったと思った。 (先約の断りをせずにすんで) 時折吹く風が、少し先の神社の賑わいと屋台の匂いを運んでくる。河川敷で行われる花火と夏祭りが重なった町内は、遠くからも人が遊びにきていた。 「河川敷に行かないんですか?」 花火を見るなら近いほうが良さそうだけど。それにヒル魔さんならベストポジションをキープしててもおかしくないのに。 「近すぎると見上げるばっかで首にクるからな」 まあ、そうかも。なんでも、近くの神社の境内がけっこう広くて、そっちに来る人も多いそうで。 「屋台行ったらヤキソバ食いてーな」 「僕タコ焼き食べたいです」 「半分くれ」 「ヤキソバくれるなら」 なんだか会話もくすぐったい。部活中は練習でいっぱいいっぱいだし、ヒル魔さんちだと落ち着いちゃって会話も少ない。『お出かけ』って気分が変わるんだと改めて思った。 変わってるのは気分だけじゃない。ヒル魔さんは髪を下ろして、僕も撫で付け固めた髪を軽く結んでいた。 「髪、立てなかったんですね」 「『見せる』必要ねぇからな」 ヒル魔さんという人を印象付ける『見た目』。自分のイメージさえもカードに使う人だから、今日はしない=プライベートという事。それが嬉しい。分かるようになった事がさらに嬉しい。 「浴衣もありがとうございます」 「おう」 ヒル魔さんが用意してくれた浴衣は着心地がとてもよかった。形を整える為に当てたタオルが汗を吸ってくれて思った以上に涼しい。 「それにしても相変わらず細いなテメー。タオル何枚使った?」 「えっと、5枚?」 「筋肉付けろ」 「これでも頑張ってるんです」 自分の腹まわりを見て少しため息が出た。こればかりはなかなか望むようにはいかない。 ちらりと隣に目が行く。緩めの着付けでもだらし無く見えない。つまりカッコイイ。 「ん? どっかキツイか?」 ふるふると首を振って否定する。 「キツクも痛くもないです」 ヒル魔さんと違って着付けの見本になれそうな僕。もちろんヒル魔さんの手によるものだ。 「帯、こんなに下で締めたの初めて」 今までお腹に巻いていたたが、今日は腰骨の上で締められている。 「腹だとバランス悪いしガキ臭いぞ」 ここに来るまでに目についた浴衣姿の男子を思い出す。ベルトの位置で締めた帯は腰に広がる生地を強調してしまい、カッコイイとはお世話にも言えなかった。 神社に近付くにつれて増える人。比例するように感じる視線。 「なんか見られてません?」 正体を隠してアイシールドをやっていた時の名残か、パシリ時代以上に人の気配や視線に敏感になった。今もうっとーしいの一歩手前程度に感じている。 「テメーと、俺と、二人セットとで見てるってとこか」 「やっぱり僕似合ってないんですよ」 「俺の見立てに文句つける気か」 「違いますよ」 鏡に映った自分を見て『結構イケてる』と思った自分が恥ずかしい。 「ヒル魔さんがカッコイイから僕のしょぼさが目についちゃうんだ、きっと」 「あ?」 「いつもと違うヒル魔さんが見れて嬉しいけど、モテるヒル魔さん見るのは嬉しくないです」 多分この視線はどこへ行っても付きまとうだろう。 着慣れない浴衣に対する気恥ずかしさと、改めて隣に立つ人のカッコ良さに対する気まずさ。呆れられないうちに気分を変えなきゃと思うものの、上手な言葉が出てこない。 人の流れにゆっくり合わせていた足が急に逸れて、ぼんやり歩いてた僕は焦って追いかける。 「…ヒル魔さん?」 カランコロンと鳴っていた下駄の音。今はカンカンに近い。 「人が少なくなってきますよ。道、違うんじゃ…」 「こっちでいいんだよ」 人波を外れて進む道は神社から離れていくが、帰る方向とは違っていたので何も言わずついていく。 ヒル魔さんは『僕なんて』と言うと機嫌が悪くなる。もっと自信を持てと何度言われただろう。だからアメフトに関する時は気をつけているんだけど。 でも『小早川瀬那』になるとどうしても怯む。僕が『蛭魔妖一』に釣り合わない気がして。これを言うとヒル魔さんはもっと不機嫌になる。分かっているけど、その考えを捨てられない。 またグルグルと考え込んでいたら、隣を歩いていたヒル魔さんの足が止まった。 「着いたぞ」 「ここ…」 言われて見上げたのは打ちっぱなしのゴルフ場だった。どうしてとかなんでとか言えないでいるうちに、ヒル魔さんは裏口らしきドアから中へ入ってしまって慌てて後を追う。 勝手に入って大丈夫なのかなんて聞いても無駄なので、初めて入る場所にキョロキョロしながらヒル魔さんについて行くと、事務所らしき部屋に着いた。机と椅子と書類棚が1つずつ。うちの部室より少し狭い位の小部屋と呼ばれるような場所に何故と思ったその時。 ドア正面の窓がパァーっと明るくなった。ドォンと少し遅れて音が響く。 「ヒル魔さん、ここ…」 「そこ座れ」 1脚しかない椅子を指されてためらっていると、ヒル魔さんは机に座ってしまったので大人しく指示に従い座る。 次々上がる花火がその度に空を明るく染める。 音が響くと空気の振動が伝わる程近くで見るなんて初めてで言葉もなく見入っていると、ヒル魔さんがぽつりと呟いた。 「綺麗だな」 斜め上を見上げる。花火に照らされた横顔が見えた。もうその顔に不機嫌な様子はなかった。 「はい…」 「ここはたいして高い建物じゃねぇが、周りが家ばっかだから見晴らしがイイ」 「よくこんな場所見つけましたね」 「ま、イロイロとな」 イロイロはあえて聞かないことにして、窓の外へ目を向ける。見物客の歓声が風に乗って届く。 「ヤキソバとタコ焼き、食べそびれちゃいますね」 「それは次に食べりゃいいだろ」 「次…」 そうだ、次もあるんだ。次も一緒だって言ってくれてるんだ。 「ここならテメーと俺だけだから見放題だぞ。好きなだけ見とれてろ」 …それは『花火』なのか『ヒル魔さん』なのか。 ここへ連れてきたのは、人目を気にした僕の為? 「…すっごい特等席。高そう」 特別扱いが素直に嬉しい。 「後で利子つけて取り立てるから覚悟しとけ」 「わーコワイー」 そんな会話をしている間も花火は次々上がっていく。 「おっ、今の初めて見るヤツだ」 「えっ、見逃しちゃった!」 「バッカだなテメーは」 「うう〜〜〜」 そんなたわいのない会話と綺麗な花火を堪能しながら、二人きりの夏の宵は過ぎていったのだった。 Fin. 2008.08.12 |
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女の子の浴衣姿もいいけど 男の子もイイよね!!! かっこよく着てくれてるなら なお良し! ![]() |