Snowflake




「「ねー、セナ」
「なーに?」
「聞いていーい?」
「? 何を?」
部室内に散らばるアレコレを片付けながら、セナは振り返る事なく聞いた。
「セナが妖にいとお付き合い始めたってホント?」
「う、うん」
やはりセナは振り返らなかったが、恥ずかしそうな声に髪から覗く耳はほんのり赤い。
「ホントに?」
からかうというより疑わしげな鈴音の質問が気になって、セナは片付けの手を止めた。
「鈴音?」
聞いた本人はカジノテーブルに頬杖をついてセナを見ていた。
「だってさー、二人からそれっぽいムードが全然伝わってこないんだもん」
からかおうと思ってたのにつまんないと言われて、セナは返す言葉に困ってしまう。
「そもそもさ、どっちから告ったの?勇気を振り絞ったセナ? それともまさか妖にい?」
「えっと、告白は、どっちもしてないんだけど」
「告白もしなくて彼氏彼女ってどーゆー事よ?」
「えぇっと・・・なりゆきで」
「なりゆき〜??」
ちょっとココ来て座りなさいと鈴音に呼ばれて向かったものの、上手な説明ができるとは正直セナには思えなかったのだが。



ソレは先週の事。
委員会でいないまもりの分の仕事を引き受けたセナは、いつもより遅くまで部室に残っていた。ヒル魔が部活後も残っているのはいつもの事だ。
二人で何を話すでもなく黙々と作業をしていたが、セナが仕事を終わらせて帰り支度を始めるとヒル魔も立ち上がった。
いつも何かの作業をしていて、人る残ることも多いヒル魔だったが、セナが一人で遅く帰る時は何故かヒル魔も同じ時間に切り上げる事が多かった。
それを特に気に留めたことはなかったのだが、『セナも女の子だから夜道を心配してくれたのね。優しい先輩がいて良かったわ』との母のその一言に持ってはいけない期待が膨らむのがわかった。
本当は優しい人だと気付いた時にはもう好きになっていた。
けれど、自分があの人につりあうとはとうてい思えなかった。
だから告白するつもりはなかったし、アメフト部に雑用係として置いてもらえるだけで満足していたのに。



帰り道でコンビニに立ち寄った時。
先に精算したセナが外で待とうとドアを出ると、出入口の横に数人座り込んでいた。
あっという間に囲まれて、連れがいるからとセナが断っても諦めない。
だが相手に腕を掴まれた時、店を出て来たヒル魔が言ったセリフであっさりと囲いが消えた。

『俺のオンナに何の用だ』




「それで?」
「それで、って?」
「それで終わりじゃないんでしょ!」
「終わりっていうかハッキリしないというか・・・」
「もー、どっちなの?!」 
「えっとね・・・」


ヒル魔のセリフに固まっていたセナは、じっと自分を見ている視線に気付いて我にかえった。
『あ、ありがとうございました』
『ケガしてねぇか』
『大丈夫です』
『絡まれただけか?』
『絡まれたって言うか、カレシなんかほっといて遊びに行こうって言われたんですけど・・・』
『・・・』
『だからヒル魔さんがああ言ってくれて助かりました。あっ、でもボクが彼女なんてデマが広まったら困りますよねっ』
『あーゆーの、今までもあったのか』
『ほへっ?』
一瞬何を聞かれたのか分からなくて変な声が出た。絡まれた事を指してると気付いて、セナは急いで思い返す。
『えっと、あるような、ないような』
『どっちだよ』
ある事はあるが、多分まもりや鈴音のついでなので、今日は本当に驚いたし困ったのだというと、ヒル魔は考え込むように黙り込んでしまった。
見たことのない制服ばかりだったが、一人だけ泥門の制服を着ていた。
ヒル魔の「俺のオンナ」発言にほとんだがにらみつけるようにしながら去っていったが、一人は明らかに怯えた顔をしていた。私服だったがもしかしたら泥門の生徒だったのかもしれない。
となれば、泥門の悪魔として校内に知らない者がいないヒル魔の「俺のオンナ」発言だ。明日にはウワサでもちきりになってしまうのではないか。
ヒル魔の迷惑にはなりたくない。ただその一心でどうやって否定して回るか考えていたセナは、ヒル魔の言葉に耳を疑った。


「・・・『面倒くさいからほっとけ』って、妖にい言ったの?」
「そーゆー事にしとけばボクが絡まれるのもなくなるだろって」
「妖にいってば・・・」
「? 頭痛いの? 大丈夫?」
 話を聞き終えた鈴音はテーブルに突っ伏して頭を抱えてしまっている。
「なんだか心配して損しちゃった」
「鈴音?」
ハァーと大きく溜息をつくと、鈴音はビシッとセナを指差した。
「自信持ちなさい! セナは大きな顔して彼女だって名乗ればいいの!」
「で、でも」
「でもじゃないの! 妖にいはね、セナへのナンパを目の当たりにして焦ったの」
「ボクにナンパ? そんなことないって」
「何言ってんの。私たちに声かけてくるナンパの半分以上はセナ狙いじゃない」
「えぇぇ? 冗談ばっかり」
ハハハと笑うセナを見てこりゃダメだと肩をすくめた鈴音だ。
確かに出逢ったころのセナはおずおずというかおどおどしっぱなしの、お世辞にもモテる要素のない少女だった。だが、自分にもできることがあると自信を持った彼女は見違えるように可愛らしくなった。それが誰のせいかなんて、周りにいるものなら皆知っている。分かってないのはセナだけだ。
それに、聞いてしまった以上このままにしておくのは気が引ける。
鈴音はセナがヒル魔を慕っているのを見てきたし、それとなく応援してきたのだ(どうやら全然伝わっていなかったようだが)。
それに、こんな中途半端な状態の二人を見ているだけなのはもどかしすぎて鈴音が我慢できない。
(もう“形”は出来てるんだから、後はきっかけがあればなんとかなるよね!)
あとはどう発破をかけるか、考え始めて黙ってしまった鈴音にセナはどうしていいか分からずに、彼女が話し出すのを待つしかなかった。




部活が終わって戻ってきた部員の最後に入ってきたヒル魔は、備品の片づけを手伝うセナに目を留めると、かすかに眉をあげた。だが何も言わずに後ろに立つと、セナのブラウスの襟に指を引っ掛けた。
「うひゃあ!」
「ヒ、ヒル魔? どうしたの?」
栗田の驚きの声にも耳を貸さず、引っ張られて驚くセナに問いただした。
「ブラウスどうした」
そのセリフに部員が何の事だと二人を見るが、部員以上にセナが驚いているようだった。
「あの、飲み物こぼしちゃったんで、着替えたんです、けど」
「ふん・・・」
それを聞くと、興味を失ったように襟から手を離す。
違いに全然分からない部員たちが目を丸くする中、セナは鈴音が言った通りになった事にドキドキし始めた。
かすかに(なら、いい)と安堵の響きで聞こえたのは気のせいではないはずだ。
『妖にいはセナを見てくれてるよ。試してみたら?』
 (本当に気付いてくれた・・・)
細かい所までヒル魔が目ざといというだけなのか、それとも鈴音の言うように気にかけてくれているのかセナには分からなかった。気付いてくれただけで十分だった。
けれど、もうひとつの鈴音の言葉が耳の中にひっそりと残っている。
『思い切って甘えてみなよ』
本当の彼女でもないのにそんな事は出来ないと必死に首を振ったが、前と同じ態度だと「彼氏彼女説」がウソっぽくなっちゃうんだからやってみなさいと押し切られてしまった。



あの日から増えた、並んで歩く帰り道。
甘え方が分からないと言ったセナに鈴音はしたい事をやってみろと言ったけど・・・。
うつむいた視線の先で揺れるヒル魔の手。思い切ってそっと指先を触れさせた。
ヒル魔が立ち止まり見下ろす気配がするけれど、恥ずかしさと怖さに顔が上げられない。
何分もたったように感じた時間が過ぎて、いたたまれなくなったセナが手を下ろそうとした時。
触れていた指が握られて、そのまま手を引かれて歩き出す。
長くて少し節のある指。
自分の小さな手とは違う、大きくて暖かい手。
いつもよりもゆっくりに感じる歩調に、もっと一緒にいたいという願いが伝わった気がして頬が熱くなる。


   (希望を持ってもイイですか?)


心の中で呟いて、セナは指を握り返した。




                                   Fin.

                                2015. 12.21  





昔々に書いて、友達だけに見せたヒルセナ♀です。
セナが女の子でアメフト部でお手伝いっぽいことしてます。
マネージャーとか庶務は無理っぽいから・・・。
これは終わりをどうしようか思いつけなくて、
でも頭の中ではずっと残ってるやつです。
更新出来てないし、セナ誕だし、引っ張ってきてちょっとだけ手直ししました。
あっちもこっちも書き直してたらきりないし(´Д⊂ヽ

アイシに出逢えて、ヒルセナ好きになって、幸せです。
セナたん、お誕生日おめでとう!(女の子にしちゃったけどね・・・)