『ストラップ』
「あ、失くなってる」 「どした、セナ?」 「カバンに付けてたロケットベア」 「なにっ、まもりさんがゲーセンで取ったっつってたヤツか?」 「うん」
「紐が切れちまってるな。さっきの電車混んでたから、なにかに引っかけちまったか… よし、戻って探すぜ!」 「えっ、いいよモン太」
「なに言ってんだ! まもりさんからもらったモンだろ!」
「そうだけど… でも小さい人形だったし見つかってもボロボロになってそうだよ」 「…確かに足元に落ちてたら踏んじまってるかも」 「まもり姉ちゃんにはせっかくくれたのにゴメンねって謝るよ」 そう言ってモン太と学校へ急いだ。それが今朝の話。
そして夜。ヒル魔さんちのリビングで。 「やっぱり要るかな?」 「何が要るって?」 「人形かヌイグルミ?」 「……」 「……遊びたいとかじゃありませんから」 「あぁ」 ちょっと疑ったなこの人。 「おらよ」 「ありがとうございます」 お風呂上がりの水分補給にミネラルウォーターを手渡される。一口飲んで息をついた。 ソファーの隣に座ったヒル魔さんがまだ湿ってる僕の髪にタオルを乗せて水気を拭ってくれる。大きな手をタオル越しに感じながらうっとりしてると「もっと丁寧にやれよ」と軽く叩かれて終了。あーあ、気持ち良かったのにー。 「で、何が要るって?」 「え?」 「テメーで言った事も覚えてねーのか」 「あー、目印が要るかなと」 「目印?」
学校指定のカバンに付けてたロケットベアは、まもり姉ちゃんが『他の子達のカバンと区別できるでしょ』と言って付けてくれた物だった。まもり姉ちゃんに言えばまた新しいのを付けてくれるだろうが、それは別にロケットベアじゃなくてかまわない。本音を言えば、ベアはもう遠慮したい。 「女の子のカバンみたいだし」 自分で取った物なら付けたいが、残念ながらUFOキャッチャーで取れたためしがない。 家にあるキーホルダーでいいかと思うも、頭に浮かぶのは一目で『土産物』と分かるようなものばかりで。 「要するにダサくて嫌だと」 「嫌ってゆーか、ちょっとカッコイイ感じの付けてみたいなーって」 「同じだろ」 笑われてムッときたが、言い返す言葉が思い付けずに口を尖らせるしかなかった。 「テメーにそんな洒落っ気があるとはな」 「どうせ似合いませんよーだ」
「拗ねるな拗ねるな」 僕に洒落っ気なんて出てきたとしたら、ヒル魔さんのせいだって分かってるのかな… 飲み終わったグラスを手に座っていたソファーから立ち上がり、ヒル魔のグラスも受け取りキッチンに持って行く。朝食後に洗えばいいかとシンクに置いてリビングを振り返ると、いつの間にかヒル魔さんの姿が見えなくなっていた。
「ヒル魔さーん? 試合のビデオ見ないんですか?」
食事前に見た資料ビデオで気になった動きをもう一度見たいとお願いしてたんだけど。資料部屋かと思ってそちらに顔を向けて声をかける。あそこは出入り禁止令が出てて入れないから声だけ。 「おー、いま行く」
返事が別方向の寝室から聞こえてきて、アレ?と思ったら続いて本人も出てきた。手に何か持ってる。なんだろう? 目で指示されるままリビングに戻り、テレビの前に座る。テレビとデッキの電源を入れて横に置いてあったディスクをトレーに乗せた時に、後ろからトントンと肩が叩かれた。上体だけ捻ると、屈み込んだヒル魔さんが見えた。
「なんですか? あっ、僕、違うディスク入れちゃいました?」 「違う」 「ごめんなさいっ、えっと、どれですか?」 「違うって」 「えっ??」
ワタワタとディスクを探す僕の手が後ろから掴まれた。 「いいからコッチ向け」 軽く引かれる力に合わせてゆっくり振り向く。しゃがみ込んだヒル魔さんが僕を見ていた。 「ホントに落ち着きねぇなテメーは」 叱られたわけじゃないけど、しょんぼりした気分のまま俯いてしまう。 「落ち込む程の事かよ。落ち着きねーのは前からだろ」 「そうですけど…」 ヒル魔さんに比べてあまりに子供っぽい自分が少し恥ずかしくていたたまれない。 そんな僕の気持ちなどお見通しといったヒル魔さんがポンポンと頭を撫でてくれた。 「手、出せ」 膝上で握っていた右手をとられ、ひっくり返されほどかれた手の平にシャラリと何かが乗せられた。 「…カッコイイ」 ゴロっとしたデザインの指輪と短めのチェーン。どちらもくすんだ銀色で、明る過ぎず光を弾いている。 「コレやるから機嫌直せ」
「えぇぇっ! も、もらえませんよ!!」 「なんでだよ」 「だ、だって、コレっ…」 なんというか、ぶっちゃけ『高価そう』なんですけど… 「コレでソレをカバンに括りつけて目印にしろよ」 コレ(チェーン)でソレ(指輪)を括るって… 「もったいないですよう」 「使わずにいるほうがもったいない」
「それは… でも…」 「テメーが要らねーってんなら捨てるか」
「ダメダメダメーーー!!!」 取り上げられそうになって、とっさに二つまとめて握りしめた右手に左手を添えて抱え込む。 「さっさと付けろ。さもなきゃ捨てる」
カバン取ってこいと親指で示される。が、ロケットベアとは別の意味で付けにくい。 「大事にしまっておくってのは…」 「置いた場所忘れて失くすに九割九分九厘」 「カバン取ってきます…」
反論できない自分が悲しい。 …でも最後の『くりん』ってなんだろう?
「なんだか自分のカバンじゃないみたいです」 学校指定カバンとアクセサリーがこんなに合わないものだと思わなかった。自分のカバンだと思うから余計にそう感じるのかも。 「そのうち見慣れるだろ」 その言葉に『ずっと持ってろ』と言われたと感じて横にある顔に目をやれば、他の人には分からないだろう薄い笑みが浮かんでいた。 「そうですね、ずっと付けておくんですから慣れますよね」 読み取れるようになった表情。それくらい一緒の時間を過ごしてきた。馴染むとは思えなかったヒル魔さんの側が今は一番居心地の良い場所になった。きっとこのアクセサリーだって気がつけばしっくり馴染んでいるだろう。 「失くしたらまた買ってやるよ」 「もう失くしませんよー。目印はコレひとつで十分ですから!」
一週間後。 「って言ったよな、テメー」 「だ、だって…」 「今すぐそのキモいバナナ外せ!」 「だって初めてキャッチャーで取れたヤツなんです!」
「関係ねー! 俺のやったヤツとどっちが大切なんだっ!」 「どっ、どっちって、両方!!」
この答えにキレたヒル魔さんの機嫌をなおすのに1週間もかかるって分かってたら、「ヒル魔さん」って即答したのに…
2008. 6.
7
fin.
|