※ 注意
 『家庭教師ヒットマン REBORN!』のディノヒバ(を目指した)SSです。
 お好みじゃない方は回れ右をお願い致します。








  課題


「なぁ、そろそろリングの話させてくれよ」
「………」
「俺はすぐにでもしたいんだけどなー」
「………」
「恭弥、聞いてる?」
「聞こえてる」
平淡な返事にウルサイとにおわせたが、相手はそれを気にしなかった。
「『聞く』と『聞こえてる』は違うだろ。頭に入れてくれなきゃ意味ないんだって」
「僕には関係ないからね」
「きょーやー」
対面で小首を傾げて見せても可愛くもなんともない。だいたい、イイ歳した大人が子供がねだるような調子で話して可愛いはずがない。
正面に座るディーノを無視してもくもくと目の前の皿を片付ける。皿といってもアウトドア用の紙皿だ。
「なぁってば」
修行だと称して引っ張り出され、あちらこちらの海だ山だと連れまわされる日が続き、食事に至っては毎晩がバーベキュー。暗くなる頃にはこちらもクタクタだし、食べないことには翌日ディーノを咬み殺せない。食べてやってはいるが、続くと食傷気味にもなろうというものだ。
ちなみに今日の舞台は勾配が急な斜面が続く山。まだ明るいうちに戦闘を切り上げられ不機嫌にもなったが、野営の準備を始める頃には日がかげりだし、たき火が付く頃にはすっかり日は落ちていた。
「恭弥って小食だなぁ。日本では寝る子は育つって言うらしいけど、寝てても食べないと大きくなれないぞ」
「うるさいよ」
少し勢いを落としたたき火の向こうに座っているディーノ。日本語が堪能らしいイタリア人の言っている内容は正しい。正しいが、誰のせいで食が落ちていると分かっているのか。言ってしまおうかとの考えがチラリと過ぎるが、作ってるのが黒服のオッサン達だ。豪快なバーベキューが焼き魚に代わる程度だろうと予想した時点で言う気も失せた。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
雲雀を見て同じように手をあわせるディーノからは、戦闘時の鋭さは微塵も感じられない。ただ、鷹揚とした雰囲気は変わりなく、それも雲雀の気に障った。
『明日こそ咬み殺す』
その時を想像して気を紛らわせる。
「…やっぱり恭弥って可愛いなぁ」
実は気に障ることはもうひとつあった。
「あなた目が悪いんだね」
「そんなことねーよ。視力はイイぜ?」
「なら頭がおかしいんだ」
何度言ってもこのイタリア人は『雲雀は可愛い』と言って譲らない。
「おかしいか? そっかなぁ?」
「おかしいよ」
こんなことも分からないんだから相当だ。
「見たまんまを言ってんのに。どんな恭弥も可愛い。好きだぜ」
「……口説く相手を探してるなら他を当たりなよ」
もちろん探しに行く前に僕が咬み殺す。
「可愛い恭弥を置いてどこ行けってんだよ。まだ修行も終わってないしな」
………順番が逆になってるように聞こえるのは気のせいだろうか。
「恭弥ったら可愛いし鍛え甲斐があるし。家庭教師になって良かった!」
「先生なんて認めてない」
「じゃあ今してるのは何だよ」
「戦闘」
「戦闘ねぇ」
言い方がムカつく。
「恭弥の気が済むまで付き合ってやりたいけど時間がない。明日からちょっと飛ばすから」
「明日は咬み殺すから『修行』とやらは終わりだよ」
「俺、恭弥の先生だもん。まだ負けてやる訳にはいかねー。恭弥が強くなるのはいいことだけど」
「先生なんて認めてないって言ったよ」
「なら恭弥はどうしてココにいるんだ?」
「あなたを咬み殺す為に決まってるじゃない」
「なら認めろ。俺は倒れていない。お前より強い。お前は相手の強さの見極めくらいできるはずだ」
「………」
「それとも、話を聞く耳さえ持てない人間なのか」
暗に器が小さいと言われて、睨むと見つめ返される。
流れる沈黙。
先に目を逸らしたのは雲雀だった。
「こんなに咬み殺し甲斐のある相手は久しぶりだ。そうだね、あなたは強い。認めよう」
パアーッとディーノの顔が輝いた。
「なら」
「話は聞かない」
「恭弥?」
輝いた顔が曇り、何故と問い掛けている。
「あなたは強い。だけど、それだけで僕を従わせられると思わないで」
「俺は従わせたい訳じゃ」
「同じことだよ、僕にとっては。それに手加減されて中途半端な状態で切り上げるなんてふざけた真似してるくせに」
1日の終わりはいつも絶妙のタイミングで、戦うにはきつく、だが手足はまだ動く状態で切り上げられる。『修行』で雲雀を潰してしまっては元も子もないからか。
「疲れて動けないだけなら僕は負けたとは認めない。腕が折れた訳でも足の腱が切れた訳でもない。確かにあなたに勝てない。でも僕は負けてない。そんな相手に僕は命令されてなんかやる気はないと言ってるんだ」
最後の言葉はかなり苛立ちを含んでいた。だが、溜めに矯めていたモノをぶちまけてかなりスッキリした。
じっと聞いていたディーノはひとつ息をついて俯いた。
「恭弥の言いたいことはよく分かった」
さてどうでるか。
これでこちらに見切りを付けて相手にしなくなっても仕方ない。だが、そうはしないだろうと何となく雲雀は感じていた。
「だけど、俺もやり方は変えられねぇ。こっちにも事情ってモンがあるからな」
「大人の事情?」
「んー、どっちかってーとマフィアの事情」
「そう、マフィアの事情ね…」
雲雀の馬鹿にしたような声音にディーノの顔があげられた。何かを決めた表情に、知らず雲雀の背筋が伸びた。たき火の向こうからディーノが隣りに移動してきて、ちょいちょいと指先で呼ばれたので少し耳を寄せた。
「なぁ恭弥」
「何?」
「俺の恋人になって?」



ドスッッッ
「っっっっ〜〜〜〜!!!」
目にも留まらぬ早さのトンファーの一撃を腹にくらったディーノは言葉も出せず悶絶し、繰り出した側の雲雀はゆらりと立ち上がると氷点下の眼差しでうずくまる相手を見下ろした。
「ワオ、結構頑丈だね。そうだ腹じゃなくて頭を叩けば、その馬鹿な中身も少しはマシになるかもしれない」
「……待て待て待てっ」
聞く耳持たないとばかりに振り下ろされる雲雀のトンファーが寸前でかわされる。転がり逃れたディーノが体制を立て直す間を与えず更なる攻撃が襲い掛かるも、ギリギリかわしながら逃げるディーノに雲雀は舌打ちして手を止めた。
「おっまえ、さっきの手加減無しだったろっ」
死んだらどーすんだ! と息を切らしてディーノは叫ぶが、雲雀は冷ややかな眼差しを緩めなかった。
「さっさと立ちなよ、みっともない」
「誰がそうさせたんだ! 誰が!!」
雲雀の様子を伺いつつディーノが立ち上がるのを見ながら、雲雀はトンファーをしまい腕を組んだ。
「いきなり攻撃すんなよ、ビビるじゃねーか」
とっさに腹筋絞めて防いだ相手にビビるとか言われても雲雀のムカつきは増すだけだった。
その時、雲雀の気性を考慮して離れていたロマーリオがこちらへ寄ってきた。
「いいところへ来たね。車出して」
「なんでだ? 修行は終わったのか?」
ディーノと雲雀を交互に見たロマーリオが聞いてきた。
「終わってねーよ! いきなり何言い出すんだ恭弥は」
「頭だけじゃなくて耳まで悪いんだ。並盛に帰るから車出せって」
「待て待て待てっ」
「うるさい」
慌てたディーノが伸ばしてた手は雲雀の腕に届く直前、叩き落とされた。
「いきなり帰るって、どうして…」
「当たり前でしょ。確かにあなたは咬み殺してしまいたいけど、これ以上馬鹿にされるのは我慢ならない」
「俺は恭弥を馬鹿にした覚えはないぜ?!」
「そう。ならふざけた言動は相手を怒らせる時もあるって覚えておきなよ」
これではどちらが『先生』だかわからない。
自分の向き合うからには本気になれと言った。思っていたことをすべてぶちまけた。相手にされない可能性もあったが、ディーノはそうしないだろうとの期待もあった。
ただこのままでは平行線だと雲雀にも分かっていたから、妥協点もしくは交換条件を出してくると踏んだのに。
「もしかして『恋人』って言ったから怒ってる?」
「さっきからずっとそう言ってるでしょ」
「うーん、風紀委員長って交際しちゃいけないのか?」
「そんなことを言ってるんじゃない」
「えっと、風紀乱したくないからじゃねぇの?」
………駄目だ。話が通じない。
「あー、だいたい状況は飲み込めた。スマンな恭弥」
もう怒る気力も尽きてきた雲雀を見たロマーリオがため息とともに詫びる。
「だったら早く車用意して」
「だから待てって」
「あなたは黙ってて」
横でひでぇと嘆くディーノを無視して雲雀はロマーリオに向き直る。
「本当にこの人、マフィアのボスなの」
信じがたいと雲雀の目が嫌というほど語っていた。
「正真正銘キャバッローネの十代目ボスなんだが」
「よほど人材不足だったんだ」
「なんだよその憐れみの目は。問答無用で襲うなんてひどいと思わねぇ?」
横で聞いて『何言ってんだコイツ』と全身で表している雲雀と、なぁ?と振ってきたボスを見たロマーリオは肩を落ち込ませてため息をついた。ようやく話の分かる相手が出てきたと内心ホッとする。さすがに歩いて帰るのは難しいと分かっているため、足(車と運転手)がなんと言うか待つことにした。ボスの頭の中と言動(恋人うんぬん)を改めさせるか、付き合いきれない雲雀の意を汲んで並盛に帰すか。
「ボス、恭弥が日本人で中坊だって忘れてねぇか?」
仕方ないといった様子でロマーリオが口を開く。やはり素直に帰してはもらえないようだ。だが、ここで部下に諭されれば雲雀を疲れさせる言動も減るだろうと期待もあった。
「なんだよ、お前も俺を馬鹿扱いすんのかよ」
「いいや、目の付け所は悪くねぇ」
「だろう!」
「………ちょっと待って」
思わぬ方向からの衝撃に雲雀の反応が遅れる。反対に賛同を得たディーノは喜色満面の笑みで頷く。
「我ながら妙案だと思ったんだよ」
「うまい事思いついたなボス。けどよ、いきなり言われたって恭弥にも心の準備ってモンが欲しかろうよ」
「そうだな、なんたってシャイな『日本人』だもんな」
「手間暇惜しまず口説けば恭弥だっておちるさ。むしろ落とせなきゃイタリア男の沽券に関わるぜ?」
「心配すんな、任せとけって」
「ちょっと何勝手なこと言ってるのさ、待ちなよっ!」
目の前であれよあれよと転がっていく事態に急速に危機感が膨らんでいく。
「まずは恭弥の喜びそうなことから始めなきゃな」
「恭弥ならバトルだろ?」
「そうだな! 毎日がデートか〜恭弥も嬉しい?」
「嬉しくない!!」
「照れてるぜ、ボス」
「ん〜恥ずかしがり屋だなぁ恭弥は」
「人の話を聞きなよ!!」
ボスが馬鹿なら部下も馬鹿だ。まさかこんな展開になるなんて。しかも一番の問題点を二人は忘れてるようだった。
「僕は男だ!!」
肩を怒らせて叫ぶ雲雀に目を見張るディーノ。それを見てようやく気付いたかと息を吐くと、宥めるようにディーノが肩を叩いた。
「恭弥、愛は性別を越えるんだぜ」
越えるな、踏み止まれ。
全身全霊でもって訴えたかったが、心の中で叫んだ時に全ての力を使い果たしてしまったようで、口から出たのはどこまでもどこまでも深いため息だけだった。



「なぁに、心配すんな。ボスは優しいからな」
……誰が何の心配してるって?
なにか自分の知らない、知りたくもない世界にほおりだされた気分に、途方にくれるとはこういう事かと遠くを見てしまう。
「俺はセンセーの時だって優しくしてただろ。だって恭弥は可愛い教え子だから大事にしてやりたいじゃん」
「おいおい、ならなんで恋人なんて言い出したんだボス」
そうだ、何故に『教え子』から『恋人』なんて発想になるんだ。
ちらっとロマーリオが意味ありげな流し目を寄越した。今までのやり取りがディーノ本人から『恋人発言』の理由を聞き出すための誘導だとやっと気付く。
最初の問題点に戻ってきたと、あらぬ方へ飛ばしていた意識と視線を慌てて戻した。
「なぁ『お願い』って言われたらきいてやりたくならねぇ?」
「………時と場合と相手によるね」
今までならすぐに切って捨てたようなディーノの質問。実際否定の言葉が出かかったが、ふと思い直して答えた。
例えば赤ん坊の頼みは雲雀を楽しませてくれる事が多い。聞く価値があるから耳を傾けるのに否やはない。ただし、裏を返せばリボーン以外は対象外という雲雀の考えは言わなければ伝わらない。
雲雀の返答はディーノの思惑に沿っていたらしく、そうだろ〜としきりに頷いている。
「『先生』の俺だと『命令』になるんだろ?でも『恋人』だったら『お願い』になるよな?」
「………」
「だーからー、恭弥だって『先生』の言うことは聞けなくても『恋人』のお願いなら叶えてやろうって気になるかなって」
「…………」
「ん? どした恭弥、腹でも痛いのか?」
「ボス、そいつは無理があるだろ…」
「そっかぁ?」
「『先生』が認められねぇってのに『恋人』になれんのかよ」
「だって『先生』と『恋人』って全然別の付き合いだし」
「……………」
「あんたはそれで良くても恭弥は違うみたいだがな」
「えー、好かれてる自信はあるぜ?」
「………そんな事言った覚えはないよ」
「言葉じゃなくって、こー雰囲気とかさ」
ディーノはしっくりくる言い表しが思い付かないのか、あーだのうーだの言いながら手をプラプラ揺らす。
「それにさ、俺を嫌だと思ってたら恭弥は今ここにいないだろ?」
「あなたの強さに興味があっただけだよ」
「ほら、興味あるだろ!それが大切なんだって」
嫌いじゃなければ好きだとでも?極端にもほどがある。
振り絞った気力が再び萎んでいくのが分かり、疲れを感じると同時に寒気が身を震わせる。
ふと見ると足元のたき火が小さくなっている。周囲もすっかり闇に沈んでた。ここ数日で山の寒さは街とは違うと雲雀は身をもって学習している。
「寒いのか、恭弥? まだスープあるから、飲んであったまれよ」
たき火の横に置いてあったポットを手に取ると、雲雀をさっきと同じ場所に座らせる。
『恋人』なんて言い出す前からディーノは雲雀に対して常にこんな態度で接していた。『優しい』と分類されるだろう態度。『恋人』じゃなくても優しかったディーノ。だからディーノにとって『恋人』と『生徒』で何が変わるのかが雲雀には分からない。
どう言葉にすればいいのか分からなくて黙ったままディーノを見つめた。だが見つめられても恥ずかしがるどころか、気がつけば目の前にはより嬉しそうな笑顔がきていた。
「風邪ひきやすいんだろ?体 調崩したら強制的に休ませるぞ。ほら、相手してほしかったらこれ飲んで眠りな」
脇に下ろしていた手を取られ、まだほんのりと温かいスープが入ったカップを渡される。カップに目を落とすと、立ちのぼる湯気が冷えはじめた頬を柔らかく撫でていく。
「ねぇ、さっきから聞いてるとあなたの都合にいい事ばっかり並んでない? それで僕がOK出すと思うの?」
『教え子』から『恋人』になったとする。そうしたら『恋人』の願いを断りきれない雲雀は話も聞くし修行も素直に励むだと?そんな馬鹿な話があるか。
「『教え子』でも『恋人』でも変わらないとあなた言ったよね。それって変わらず手加減するって事にならない?だったらどこに僕のメリットがあるのさ」
「メリットならあるぜ。ボスのやる気が上がるだろうからな」
やはり今までは手を抜いていたのか。
一気に険悪な空気をまとった雲雀に、ロマーリオが苦笑した。
「誤解すんなよ?目標がレベルアップされるんだからな。恭弥的にはしんどくなるぜ。けど恭弥はむしろそれがお望みなんだろ?」
「目標なんてあったんだ」
「当たり前だろ。恭弥は飲み込みが早いから手応えあって俺も楽しいな」
楽しんでる余裕があるんだ。やっぱりムカつく、この男。
「でも楽しんでばかりもいられねー。なにしろ時間が足りなさ過ぎる」
「あぁマフィアの都合ってヤツ?」
「今となっちゃ、恭弥の都合でもあるんだぞ」
「マフィアなんて群れに興味はないよ」
そう言って雲雀は何度目かのため息をついた。
「ねぇ、いい加減にして。話が振り出しに戻ってる」
リングなんてどうでもいい。強い相手と戦えれば。なのに相手は手加減はするわ聞きたくもない話をしようとするわ、雲雀を馬鹿にしてるとしか思えない。極めつけは『恋人になって』だ。ふざけるな。
思い出すと萎えていた怒りが再燃しだした。
「おいおい、一人で山下りるとか言うなよ?」
雲雀より大きな手が頭に乗せられる。子供にするように撫でてくるから片手で払いのけた。
「何も言ってない」
「そんな顔してたから」
「嘘。してないよ」
「んー、恭弥は結構顔に出てると思うけど」
「あなたが勝手に思い込んでるだけでしょ」
「じゃあ、さっきはどう思ってた?」
「特になにも」
「ふーん」
おかしがる響きの返事につっかかりそうになり、寸前で飲み込む。下手に勢いでしゃべると「まさに検討中でした」とバラしてしまいそうだったので。
「本当に恭弥は可愛いな。やっぱり恋人になってくれねぇ?」
「うるさい。ねぇ、そんなに恋人が欲しいの」
ディーノ個人なら言い寄る女がいてもよさそうな気もするが、『マフィアのボスのディーノ』となると想像の範囲を越えている。
だが雲雀の言葉にディーノは違う違うと手を振り、後ろに立つロマーリオも肩をすくめてディーノに同意した。
「そんな簡単に探せるもんじゃないし、条件厳しいから『恋人』欲しいなんて思ったことねーし」
「その点恭弥は申し分ない相手でな。ボスがそう言い出しても納得できちまったんだな、俺も。まあ恭弥の気持ちを無視した話だってのは分かってるがな」
すまねえと謝られても頷いて許す事も出来ず、かと言ってもう正直疲れるから怒りたくない。雲雀の心理状態を分かった上で流してしまおうとする台詞だった。
だから大人のやり方は汚いって言うんだよ。
だが、雲雀が渋ったところで二人の性格が変わるわけでもない。
カップの中身を一口飲むと、言葉だけで先を促した。
「で、申し分ないって何が?」
「何がって?」
「僕の、何が、申し分ないの?」
「あぁ、だって恭弥は守らなくていいから」
説明終了とばかりにニッコリ笑うディーノ。
「………」
「大事な恭弥が不満そうな顔してるぜボス。言葉が足りねーのは治せっていつも言ってんだろ」
…やはり言われているのか。雲雀もうすうす感じていたことを指摘されたディーノは、しかし分かりかねるとばかりに首を傾げていた。つくづく教師には向いてないと思う。
「えーと、つまり、俺はマフィアのボスで、命を狙われるとか多いんだ」
「うん」
「恋人なら巻き込まれることもあるかもしれない。俺に対しての人質として狙われる可能性も高い」
「頑張って守れば?」
「それじゃ困るんだ」
「…困る?」
予想外の返事に思わず聞きかえした。
「俺はファミリーで手一杯なんだ。そんなとこまで手は回んねーよ」
「…つまり、『恋人』を守る気は無いってこと?」
「『ファミリー』と天秤にはかけられねーってこと。『恋人』は『ファミリー』じゃねぇから側にいない時まで身の安全は保証できねー。人質として代わりに何か要求されてもなー」
「応える気はないんだ」
「だから天秤にかけられねーんだって」
日本語の言い回しは難しい。1字違えばニュアンスも変わる。同じように聞こえても、同じではない。
ディーノは『かけられない』と繰り返しているが、意味を汲めば『かけられない』ではなく『かけることはしない』だ。したくてもできないのではない。最初からその気がないから困ると言っているのだ。
「そうだね……僕なら邪魔者は咬み殺す。火の粉は根元から絶つ。人の手なんて借りない」
「恭弥はそう言うと思った」
だからほっておいても安心していられると?ずいぶんと都合のいい相手だと思われたものだ。
可愛い、好きだと言いながら、助ける気なんてさらさらない。むしろ足手まといはごめんだと言葉尻ににじませる。それはつまり。
『見捨てたら後味悪いし面倒臭いじゃん』
………本当に大人って汚い。
「やっぱ恭弥はイイわ〜なぁ、マジで恋人になってくんねぇ?」
こちらの考えていることなど睨みつけた目を見れば分かるだろうに。いや、分かっていてもこうなのか。
ファミリーが一番。
その繋がりが大事。
それ以外は簡単に切り捨てる。
見た目と態度からかいま見える暗い部分。
対極にありそうな明るさと暗さを混ぜることなく身の内に存在させる不思議。
『厄介な群れ』
接する時間が長くなるたびにディーノ(とキャバッローネ)に対するその認識は強くなるばかり。
並盛の規律を自認する雲雀とて、世間では自分が中学生でいまだ『子供』と見なされる年齢であることを自覚している。だがこれまで『大人』でなくとも風紀は取り締まれるし不都合は感じなかった。
雲雀から見ればたいがいの『大人』は『使えない人間』だったから興味の範囲に入ったディーノは特別と言えた。なのにだ。
本気を出さないは、上から目線だわ、雲雀の気に障る態度を取りまくり、あげくが『恋人』発言だ。
『可愛いし、強いから』は裏返せば『どうとでも扱えるし、足手まといにはならないだろう』との計算。こちらを認めているようで実は全く見ていない。
それが『マフィア』というモノかもしれないが、雲雀に言わせればディーノも彼を取り巻く群れも『ダメな大人』の一言に尽きた。だいたい『大人=使えない』なのに『ダメな』とまで付けてしまうくらい。
だいたい彼らの言い分を聞いていると自分の都合しか考えていない。マフィアと名乗るだけあって、隠そうなどと思わない態度はいっそ清々しいほどだ。
『ずる賢くワガママな大人』
それがディーノ(とキャバッローネ)に下した雲雀の評価だった。



何度目か分からないため息が零れる。お気に入りの赤ん坊を少し恨めしく思った。
「なんて厄介な相手を押し付けてくれたの…」
「ん? なんて言った、恭弥?」
「あなたに言ったんじゃないよ」
話し込むうちに周囲は闇に包まれ、手の中のカップもすっかり冷えてしまっていた。
もう車を出させることも一人で下山するのも無理だと悟らざるを得ない。道が分からないとか山道が危険とかそんなことではなく、目的が果たせるまで彼らが雲雀を並盛へ帰す気が全くないと分かってしまったからだ。
「ずいぶん冷えてきたな。どうする、恭弥」
「何が?」
「生徒? 恋人? どっちも嫌ってのは勘弁な」
「二択?知り合いって選択肢は?」
「ただの知り合いの修行に付き合ってやる義理はねぇからな」
雲雀なりの妥協案はあっさり却下されてしまった。そうなるだろうと予想はしていたのだが。
「あなた達が言う『生徒』と『恋人』の目標ってどれだけ違うの?」
「うーん、そーだなー。リボーンに頼まれたから『生き残れるくらい』にはなってもらうつもりだったけど」
ピクリと雲雀の眉が動く。だが気付いていないのか気に止めていないのか、ディーノは話を止めなかった。
「対戦相手に勝てるくらいには鍛えてやるぜ。だって『恋人』がボロボロになるとこなんて見たかねーし」
肩をすくめてにっかり笑う。裏など何もなさそうな明るい笑顔。それを信じてしまう人間もいるだろう。例えば赤ん坊が面倒をみている草食動物辺りなら。
「今のままだと僕は死ぬの?」
「かなりの確率でな」
「死なないよ」
「俺もそう願ってる」
「なに言ってるの、あなたが死なないようにしてくれるんでしょ?」
「……恭弥?」
訝しげなディーノの声。修行が雲雀の為だと、雲雀が心配だと書いてあるような顔。しかし。
『それが僕に対しても有効だと思われるのは心外だよ』
まっすぐ目を向ける。たき火の光りを受けてキラキラと飴色が揺れて、綺麗だなと素直に思った。
「僕は負けない。でも勝てない相手がいることを認めないほど愚かでもない。勝てなければ死ぬと言われて、そのままでいるわけにはいかない」
「恭弥…」
「教えを乞うなんてしない。強さは自分の手でつかむ。 …仕方ない、付き合ってあげる」
訝しむ色が薄れ喜色に変わっていく。だがディーノの手の動きが目に映ると同時に雲雀は立ち上がった。雲雀に触れようと持ち上げられたディーノの手が取り残される。
「リングとやらの話も聞いてあげる。 …けど明日ね。もう寝る」
あくびをした雲雀が用意されたテントに足を向けると、後ろで慌てたような音がたった。
「あぁ、おやすみ恭弥」
追い付き隣に並んだディーノが屈んだが、雲雀は身をずらしてそれも避けた。
「なんで避けるんだよ」
「顔が近付いたら避けるに決まってるでしょ」
不満そうに唇を尖らせてディーノがブツブツ文句をこぼす。
「避けたらキスできないだろ」
「できないように避けたからね」
「恋人からのおやすみのキスを避けるなよ」
「誰が恋人だって?」
「えっ、さっき恭弥、『付き合ってあげる』って」
雲雀の顔にゆっくりと笑みが浮かんだ。
「『付き合ってあげる』のは『修行』だよ?」
何を勘違いしたのかなと首を傾げれば、ディーノの眉間に皺が寄るのが見えた。
「考えてみたら僕はいつだって止めていいんだ『修行』なんて」
「だからそれじゃ困るんだって」
「困るのはあなた達でしょ」
そう。僕は別に困りはしない。困るのは赤ん坊の関係者と『僕を強くしろ』と依頼を果たせなかったディーノだ。
「あなたはどうしたって僕を鍛えなきゃいけない。なぜなら僕の負けはあなたの大事なファミリーとやらの不利益になるから」
見上げる先には表情を決めかねるといった顔。驚き?困惑?憤り?…賞賛?
それもすぐに消え、苦笑とともに両手が上がった。
「あーあ、降参!恭弥の言う通りです。恭弥が強くなってくれないとツナが困る。困るっつーかヤバい。そうなるとツナ側についた俺もヤバくなる。そりゃ猛烈にな」
無言で続きを促すと、上げられていた両手が顔の前でパンッと合わさった。
「どうこうしろなんて言わない。恭弥が自分で、感じて、考えて、身につければいい。だから俺との修行に付き合って下さい。この通り!」
こちらの顔色を伺い頭を下げる大人もそれなりに見てきたが、ディーノのそれは雲雀の気に障らなかった。計算はあっても裏が無いのが分かるからだろうか。
完全ではないけれど、対等に近いところまでいけたことに深くなる笑みを、意識して押し止める。
「拝むくらいなら口で言えば?」
雲雀の言葉にディーノの目がチラリと開く。
「お願いします、雲雀恭弥くん」
「最初からそう言いなよ」
ディーノの苦笑が笑みに変わった。



「まいったなー恭弥が頭いいの計算にいれてなかった。やっぱ好きだなー」
まだ言うか。
「あっ、冷たい目! 条件っぽく言ったのは悪かったけど恭弥が好きなのはホントにホントなんだぞ!」
傷ついたと大袈裟に騒ぐディーノから嘘の気配は伝わってはこないが。
「さっきも言ったけど、僕は男で子供だよ」
可愛いと連呼されても嬉しくもなんともない。
「確かに中学生は子供って言われる歳だけど、これだけ頭良くって強いのに、歳だけで子供扱いしたら恭弥に失礼だろ」
「……」
「俺は『自分』ってやつを持ってる『雲雀恭弥』って人間に惹かれたんだ。同性なんて飛び越えちまうくらいにな」
飛び越えないで踏みとどまって欲しいのは変わりないが、ここまで言われてさすがに悪い気はしない。
「……僕を選んだ目の高さは評価してあげる」
エヘヘーと照れるディーノからは『マフィアのボス』の顔なんて想像もつかない。
仕事のできるできないとは別に、ディーノにはどこか危なっかしくて気にかかる部分がある。ディーノの後ろにいるロマーリオ(実はずっと後ろにいた)が雲雀の視線に気付き肩をすくめる。その慣れた仕種に周りの群れの苦労も相当だろうと思われた。
「なんだよ、恭弥だって俺のこと好きだろ?」
自信過剰じゃないの? 言ってやろうとして思い直す。
「好きなんて知らない。でもあなたは気に入ってるかな」
雲雀は『好き・嫌い・普通』ではなく『お気に入り・無関心・興味あり』で人を分けている。赤ん坊がお気に入りのトップなのは揺らがないが、興味よりは上、お気に入りでも赤ん坊よりはだいぶ下辺りが雲雀の中でのディーノの位置だった。これでもう少し言動がなんとかなれば、お気に入り度も少しは上がるというのに。
「いつか恭弥の恋人にしてくれよな」
「尊敬できない人間はお断り。 ……でもそうだね、僕からの課題ができたら考えてもいいかもね」
「えっ、それがクリアできたら『恋人』だって認めてくれるのか?!」
認めるなんて言ってない。ついでにそんな気もさらさらない。普段ならする気もないことなど口に出しもしないが、今日までのムカつきと疲労感の原因たるディーノに対してこれくらいの意趣返しは当然だと雲雀は思った。
ガッツポーズで気合いを入れたディーノはやる気満々だ。
「懐石料理を綺麗に食べて」
「……………はい?」
気の抜けた返事がこんなに楽しいと感じたのは初めてだった。
「箸は使えたよね?決まりを守って丁寧に動かせば食事くらいできないはずないでしょ」
「それでいいのか?ホントに?」
なんだ簡単じゃんと余裕のディーノとは対照的にロマーリオは『ちょっと待って』と目で訴えている。だが僕の返事は『待った無し』だ。
「店は僕が選ぶよ。静かで落ち着いたいい店を知ってるから。二人だけでゆっくりしたいしね」
「任せるぜ。恭弥と和食かー、楽しみだなぁ♪」
「僕も楽しみだよ」
ボロボロとこぼしまくり、ぐちゃぐちゃにほぐされた料理を前にして不思議がるあなたの姿が。
ここ数日でディーノの不器用(という言葉では追い付かないほどだ)にはイライラさせられっぱなしだったのだ。群れが側にいるときは多少マシになるものの、気を抜くと歩くとこけるし物は落とすし。特に食事は最悪だった。本人に自覚がないから余計イラつくことこの上ない。
ロマーリオの批難と懇願の混じった視線など無視だ。ディーノがやる気なんだからいいじゃないか。まあ、一生かかってもこの条件がクリアできるとは思えないけどね。
「それじゃあ僕はもう寝るから」
本格的にあくびが出てきた。久々にいい気分で眠りにつけそうだ。
「あぁ、おやすみ恭弥」
「おやすみなさい。 ……良い夢を」





                                                   Fin.

                                              2008. 10.10 



夏にお泊りさせてもらったディノヒバ友達へのプレゼント用に書きはじめたのに
なかなか終わってくれなくってちょっと泣けてきたりとか。
また出来が微妙・・・
自分でも書いててビックリなキャラたちになりました。
ここまで読んで下さってありがとうございましたv


「らじお屋」のキリヤマリネ様のみお持ち帰り可です。