時間との戦い?





2月5日の朝。
いつもと同じ明るい日差しが差し込む食堂。
いつもと同じエスプレッソの香り。
いつもと同じ部下が見守る中で、ひとつだけ違うモノがあった。
「………ボス、その顔をなんとかしてくれ」
「無理」
きっぱり言って欲しくなかった。
緩んだとしか表現できないボスの顔。どこからか聞こえたため息は、キャバッローネファミリー一同の心の現れだった。



『携帯が欲しいんだけど』
「俺が渡したヤツ、壊れた?」
言ってからそうじゃないと気付いたが遅かった。
『馬鹿だね』
恭弥からかけてきた携帯が壊れているはずがない。動揺して考える間もなく返事をしてしまったら、いかにも恭弥らしいお言葉を頂いてしまう。
『すぐに切れるなんて安物買いでもしたの』
「うちとボンゴレで丁寧に作ったモンだから」
『手を抜いた?』
「あるわけねぇな」
ジャンニーニ作ならいくらでも疑う余地がありそうだが、ボンゴレ科学斑にキャバッローネも噛んでいる。滅多に壊れたりするような作りにはなっていないはずだ。だが恭弥が言ってくるからには相当な不具合でも発生したのかと思ったディーノの耳に聞こえたのは予想外のセリフだった。
『すぐに切れる』
「切れる?」
『途中で何度か切れたでしょ』
言われてディーノはいくつかのシーンを思いだした。
だいたいディーノがしゃべって、恭弥は5回に1回程相槌をうつ程度。会話というには程遠いものだがそれでも進歩したといえる。最初は相槌さえ返ってこなくて、タイムリミットに「またな」と電話を切る時にやっと「うん」と言っただけだったくらいだ。
ただたまに前触れもなく切られ、かけ直すも繋がらないという事が何度かあった。恭弥と繋がっているのが楽しくて調子に乗りすぎて不快な話題を話したかと思い、次にかける時は少し間を置くようにしたりして。
「もしかしてアレって切ったんじゃなくて?」
『切る時は一言断るのが礼儀ってもんだよ』
そういえば、かけた電話を恭弥から切られた事はあまりないなと気付いたと同時に、胸の奥にジワジワと熱があがりだした。
「忙しい時は『切るよ』って言ってくれてるもんな」
『当たり前でしょ、いま気付いたの』
「うん、嬉しいよ」
『………よかったね』
呆れた声音でも恭弥の声は耳に心地よく響く。
「いつもすぐ切れるってんじゃないんだな?」
『違う』
「分かった。次に会いに行くまでに新しいの用意させるから」
『うん、待ってる』
ノックと共にドアの外から「そろそろ」と促しがかかる。
『忙しそうだね。それじゃ切るよ』
「待って、恭弥」
『何?』
「…今日お前の声が聞けるなんて思ってなかった。嬉しいよ、ありがとな」
『言っておかなきゃと思ってたからね』
「そっか」
恭弥は知らないからたまたまだろう。でも今日という日だった偶然を感謝せずにいられない。
切れる時まで繋がっていたくて、小さな機械をぎゅっと耳に押し当てる。
『………』
回線の向こうから躊躇うような息遣いが聞こえた気がした。切られていない証拠に通話時間を示す数字は今もカウントされている。
「恭弥?」
まだ注文があったのかと待っていると。
『………………、ディーノ』
「えっ、恭弥っ?!」
『それじゃよろしく』
今度こそ切れた電波にディーノは携帯を見つめたまま、焦れた部下がドアを開けるまで立ち尽くしていた。



「ボス、嬉しいのは分かる。分かるが…」
「だってあの恭弥がおねだりだぞ?!」
誕生パーティーの1時間前にかかってきた電話はディーノを超ご機嫌にさせた。
結果としていつもの5割増しの愛想の良さを振り撒き、勘違いした女性陣に迫られる羽目になり一時パーティー会場は騒然となった。
「『待ってる』だって〜ホント恭弥はカワイイよな〜」
一方通行に近いと思っていた電話がそうでなかったと分かって、ディーノはメロメロを通り越してデロンデロンだ。パーティー中は必死に引き締めていた顔も、終わった途端崩れた。どんな夢を見ていたのか、寝ても顔はにやけたまま。そして顔は現在進行形で崩れたままだった。
「午後からは会合があるって覚えてかボス」
「覚えてるって。その時は引き締めるから大丈夫!」
ロマーリオのため息は重かった。『その時は』という事は、終わったらまた崩れるのだろう。
「だがその携帯、そんなに壊れやすいもんか?」
「んなわけねーだろ」
ロマーリオが指したのはディーノが握りっぱなしのだったが、恭弥に渡ったのも揃いで作らせた物なので同じ事だ。
「俺も恭弥も荒っぽい事態には事欠かねぇから頑丈に作らせたし。アンテナもこっそり置いたから電波状況って線もな…」
ディーノも考える風に言うも、顔は戻っていない。キャバッローネファミリー自慢のボスだけに、落差の激しさに目頭を押さえる面々もいた。
とりあえず現時点でトップレベルの物なので、新しい携帯といってもすぐに改良品を用意できない。
そこでまた込み上げる喜びをディーノは噛み締める。
恭弥は渡された携帯がボンゴレとキャバッローネで作られた事を知っている。そしてボンゴレファミリーはすぐ側に居る。恭弥のお気に入りのリボーンが(正確にはあの家庭教師はボンゴレファミリーではないが、恭弥には関係ない話だろう)。
渡したのがディーノだからかもしれない。それでもリボーンではなくディーノに頼んできた事が嬉しくてたまらない。
しかし、現実としてすぐに替わりが用意できないと、頼られた手前いまさら言えない。カッコつけて『次に会う時に』なんて言ってしまったからには何とかしないと。
「どうすっかな」
そこで何かに気付いたロマーリオがディーノに聞いてきた。
「ところでボス、恭弥は携帯2つ持ってんだよな?」
「あぁ、前から持ってたのと俺の渡したヤツ使ってるはずだ」
風紀関連の指示や連絡には以前からの携帯を使っている。ディーノの渡した携帯の番号を知っているのはディーノと一握りの人間のみ。ディーノ専用に近い。
「電話かける時は時間選んでたよな?」
「向こうの昼から夕方くらいな」
「つまり学校に居る時だよな?」
「…それがどうしたってんだ?」
「………もしかして単なる充電切れかもしれないっつったら?」
「まっさか!そんな事は…」
一瞬笑ったものの、ディーノの言葉尻は弱くなる。
手渡したワンセットを恭弥は鞄に詰めてたっけ?
携帯は持ち歩くから『携帯』なのだ。だが充電器を学校に持ってくるだろうか、あの恭弥が。
ましてや私物(携帯)の充電を学校でするだろうか、あの恭弥が。
考えれば考える程、否定したい可能性ばかりが浮かんでくる。
この時ディーノの周りに飛んでいた花が消えていくのが、室内一同には見えた気がした。
学校に居るだろう時を狙ってディーノは電話をかけていた。となると、恭弥の中で
『ディーノからの電話』
    ↓
『登校中しかかかってこない』
    ↓
『校内に置きっぱなしでOK』
となってしまっていてもおかしくない。
もう1つの携帯の使用頻度も高いとは思えない。イコール充電も週イチ程度で済む感覚なら…それとディーノの携帯も同じ扱いになっていたら…
「メールと違って、電話は長いだろ。週2で受けてりゃ電池なんてあっという間に減ってくはずだぜ」
「でも、あの賢い恭弥がそんな馬鹿なこと…」
「確かに恭弥は賢いけどな。でも頭の賢さと常識は一緒だったか?」
複雑顔の腹心の部下が念押ししてくる。
「………充電の頻度、確認すっか」
昨日からのご機嫌はどこへやら。見ていられない緩みが無くなった代わりに、ディーノの顔にはしょげきった表情が張り付いている。
頼り甲斐を発揮する機会を逃し、言える事といえば『小まめに充電しろよ』くらい。これを機に恭弥の態度も変わるかと期待しただけにディーノの落胆は激しかった。
「あんまり落ち込むなよ、ボス」
背中を丸め気味にメールを打つ姿はさっきとは別の意味で見ていられない。
「ローマー、お前が突き落としたんだろーが…」
送信ボタンを押したディーノが横に立つロマーリオを恨めしげに見上げる。
ファミリーの前では見せない青臭い面も恭弥がからむと抑え切れず、ディーノを子供っぽく見せてしまう。
「恭弥が頼ってきたのはボスだったろ?」
「そーだけど…」
「電話も嫌がってねぇみたいだし」
「………」
ロマーリオがポンポンと頭を叩く。子供の頃から変わらない髪の感触に笑みが浮かぶ。『へなちょこ』も『跳ね馬』もどちらもキャバッローネの大事な『ディーノ』に違いない。
「少なくとも『おめでとう』ってのはボスだけに向けられた言葉なのは間違いねぇじゃねーか」
ディーノの表情に薄く笑みが戻る。
「…その通りだな。あんがと、ロマ」
肩を竦めた部下にディーノは笑い、丸まっていた背を伸ばすとその勢いのまま立ち上がった。
「よっし、じゃあ午後からの支度前にいくつか書類に目を通しとくから机に置いといてくれ」
軽く背伸びして腕を下ろしたディーノは、もういつもの『ボス』だった。
考えてみれば、いくらカッコつけても恭弥には通じない。言葉や形より、行動や結果に重きを置くのが恭弥だ。そんな相手に取り繕ったところで一笑にふされるのは目に見えている。落ち込んでばかりもいられない。
「いいトコ見せられなかったのは残念だけど」
せめていつものディーノらしく。
自分のやるべき事を怠るなんて、恭弥が一番嫌いそうな事だから。
「嬉しいプレゼントももらったことだし。頑張るか!」





『誕生日おめでとう、ディーノ』






                        Fin.

                     2009.2.4



最後のほうで詰まり、
「あ、オチを考えてなかった」と焦りました。

間に合ってよかったー。