Chocolate in a pocket
「美味しいですか?」
「んー」
「頑張って作ったんですよ?」
「んーー」
帰ってくるのは生返事ばかりだが、そんなことは気にならない。目の前で食事してる人から眼を離す時間がもったいない。
カレーとサラダを口に運ぶヒル魔の口数が少ない。
普段から饒舌なほうではないが、何気なく食べているスプーンの動きがいつもより早い気がするのは気のせいだろうか?
「お母さんからもお礼がわりだって」
「礼?」
アメフト部に入ってからセナがどんどんイイ方向に変わっていった事を、母も喜んでいたのだ。そこへセナの「お世話になってる先輩へご飯を作ってあげたいから手伝って欲しい」とのお願いだ。
あまり手がこんだものがセナに作れるわけはないし、作ったものを持っていくのでは品数も多く出来ない。あーでもないこーでもないと悩んだが、結局セナの最初の希望の品、カレーを作ることに決めた。煮込む段階まで家でつくり、必要分だけタッパーに小分けして冷凍。仕上げは先輩の家でという方法にした。
「野菜も僕が切ったんですよ」
「どうりでデコボコが多いはずだ」
「ひどいですー」
からかう声も答える声も笑っている。
「お母さんがはりきっちゃって、大変でした」
料理の本を引っ張り出してきたり、普段入れない具材を入れてみようとしたり。包丁の持ち方まで厳しく指導されたりもしたのだ。見ていた父親は「うちの子供は娘だったか」と思うような光景だったと後に語る。
「でもルーは聞いてから買っていきなさいって言われたんです」
「それで電話してきたのか」
「はい。家にあったのって全部甘口だったんです」
「家族全員おこちゃま味覚なのか」
「違いますよ、使い切っちゃったところだったみたいで」
なにせ食べてもらう相手はヒル魔だ。
「甘口カレーを食べるヒル魔」
・・・セナの想像の限界を超えていた。
結局迎えに来たヒル魔と、二人で買う物をカゴに放り込んでいった。手袋を忘れて冷たくなってしまったセナの手を、ヒル魔は自分のポケットに入れて暖めてくれたりもした。恥ずかしくて、でも嬉しくて、セナは頬が火照るのを感じながら、ヒル魔の家まで並んで歩いたのだ。
「いきなりご飯作らせてくださいって言われた時ゃ、何かと思ったぜ」
いつも気にはしていたのだ。作ってもらうばかりで、手伝いも自分がすれば邪魔になってしまいそうで。
なんだってそうだ。自分はもらうばかりで返していない。頑張っても頑張ってもヒル魔には追いつけない。アメフトばかりじゃなく。しかりながらも見てくれる勉強とか、髪をかき混ぜてくる手から感じる優しさとか。気持ちばかりがふくらんでいくように感じていた時に、目にとまったCM。
「これならヒル魔さんも食べてくれるかなーって思ったんです」
デス・マーチで何度も食べたカレー。好き嫌いを言っていられる状況ではなかったが、それでも嫌いならもっと味なり何なり文句を言っただろう。まもりの作ってくれたカレーはいつでも美味しかったが、今日の出来はそれに負けないくらいで、自分でも大満足だった。
「テメーが作ってくれんなら何だって食べてやるぜ?」
流し目で言ってみるも、
「ヒル魔さんにまずいものなんて出せませんよぅ」
とスルーされてしまう。ちょっとクサかったかなと思いつつ、ここまで天然でかわされると胸中複雑だ。だが、小首をかしげて笑うセナの可愛さに機嫌がなおってしまう現金な自分に、ヒル魔も内心笑ってしまう。
「ごっそさん」
「はい、おそまつさまでした」
完食である。キレイになくなった皿を見ると口元がゆるんでくる。
食器を流しに運んで、水につけてから洗う間も、水音もなんだか楽しく聞こえてきて、適当に鼻歌でも歌いたい気分になる。
そんなセナの背中から腕を回して、ヒル魔が抱きしめてくる。
「ダメですよー、洗い物出来ないじゃないですか」
「そんなん後でもできるだろ」
前に回った手がいたずらに触れてくるので、慌てて水を止めた。
「もー、危ないじゃないですか」
手を拭いてる間にソファーに移動したヒル魔が手招きする。
「なんですか?」
隣に座ると、顔を両手で挟まれて向き合った形で固定される。
「ヒル魔さん?」
「えらいご機嫌だなぁ、セナ?」
ギクリ。
「そうですか?」
「あぁ。来た時からテンション高かったけどよ。カレー食べてから急にニヤニヤになりやがった」
「そ、そうですか??」
セナの声が上ずってしまっている。
ヒル魔は笑顔だ。普通に笑顔だ。
なのに何故こんなに顔が引きつるんだろう。
そうか、普通に笑顔だから怖いんだ・・・
「嬉しがっちゃいけませんか?」
「別にかまわねーがな」
「だって、ヒル魔さんに食べてもらえて嬉しかったんです」
それは本当だ。
一生懸命作ったのだ。それを相手が食べてくれている。それを嬉しく思わないはずはない。
「それだけじゃねーだろ」
ギクギク。
だんだん顔が近づいてくる。
「ホントにホントですよ。練習したのより上手に出来たのも嬉しかったし。お母さんに報告するのも楽しみだなーって」
「報告って何を?」
ギクギクギクーーー!
「喜んでもらえたって事ですよっ」
いま、絶対、あぶら汗がにじんでる。汗臭くなってないだろうか。そんなどうでもいいような事が頭に浮かぶほど、セナの思考はいまやグルグル状態だ。
「ふーん・・・。ま、そーゆーことにしといてやってもいいか」
鼻先が触れる寸前までせまっていた顔が遠のく。強い視線から逃れてホッと息をついたところに、
「で、隠し味は?」
「チョコレートです」
答えてしまっていた。
しまったと口を押さえても、もう遅い。
「ほぉ〜う」
・・・顔が上げられない。
「最初っから話してもらおうじゃねーか」
つりあがっているだろう口元が、見えてないのに、見える・・・
「なにかしたいって思ってたのはホントなんです」
ソファーに座り、うつむきがちにセナは小さく語りだした。
ヒル魔は後ろに立っていて、どんな表情をしているか分からない。
「好きなモノなんて何を買えばいいのか分からないし、買っても渡すタイミングも難しいし、渡せたとしても気に入ってもらえなかったら意味無いし」
言えば言うほど気持ちがよみがえってくる。焦りや苛立ち、自分に対するふがいなさ。ひざに置いた手にも力が入ってしまう。
「そんなもん、練習して試合で返せば」
「僕もそう思いましたけど、それって違う気がしたんです」
「違う?」
「練習して強くなったら、ヒル魔さんは喜んでくれると思いました。でも、強くなりたいのはヒル魔さんと、皆と、デビルバッツで勝ちたいから。ヒル魔さんのためじゃなくって、自分が勝ちたいからなんです」
静かに話すその声は、もう小さくはなかった。
強い目線の先には、倒すべき相手が映っている。
だが次の瞬間振り向いて、早口でまくしたてはじめた。
「あっ、でも僕のためだけじゃなくって、ヒル魔さんに喜んでもらいたくないわけじゃなくって! 一番喜んで欲しいのはやっぱりヒル魔さんで!! えーと、えーと、えーとっ!」
「それでいーんだよ」
「えっ?」
「自分のためでイイっつってんだ」
「ヒル魔さん?」
前髪をかき混ぜられて、ついでに大きな手がセナの目をおおう。
「走る理由なんざ勝ちたいからで十分だ。俺のためじゃなくったってイイんだよ」
「・・・僕じゃ役に立てませんか?」
「違う」
手が外されると、目の前にヒル魔の顔があった。
「情けねーツラ」
「だって、やっぱり僕なんかが頑張ってもダメなんでしょう?」
「セリフまで情けねーなぁ」
ヒル魔が笑いながらセナの頬に手を添える。
と、そのままつまんで左右に引っ張った。
「いっ、いしゃいっ、いしゃでふ〜」
「天下のアイシールド様がグダグダ言うな」
ぱっと手を放される。涙目になりながら、セナが見つめた顔はやっぱり笑っていた。
「お前はそのまんまでいーんだ」
ぽんぽんと軽く頭を叩かれる。子供をあやすようなヒル魔のその仕草に、気分が落ち着いていくのが分かる。
なんだかうまく丸め込まれたみたいで、セナは少々不本意な気がしないでもない。しかし笑顔のヒル魔につられて、エヘヘと笑ったとき
「で、チョコ入りカレーの理由は?」
・・・わー、ヒル魔さんの笑顔ってどーしてこんなに怖いんだろー?
小首をかしげて硬直してしまったセナだった。
「いつもヒル魔さんちに来たら、ご飯作ってもらってるじゃないですか。でも僕が手伝ったらかえって邪魔になりそうだし。だったら家から作ったものを持っていけばいいんだって思って」
「そんで?」
「カレーなら遠足とかで作ったこともあったし、デス・マーチでまもり姉ちゃんの手伝いとかもしたし、僕でも出来そうだなって」
「んで?」
「お母さんに相談してみたら、手伝ってくれるって話になって」
「で?」
「・・・CMを見たんです」
いきなり話が飛んだ。
「どんな?」
「これです」
セナがカバンから出してきたのは、最近良く売れているという商品。
キャッチコピーが 『スト○ス社会で闘うあなたに。』のアレである。
「甘いものは身体にも脳にも良いって聞いたんですけど、ヒル魔さん、普通に渡しても絶対食べてくれそうにないし。前にまもり姉ちゃんからカレーにチョコを入れると美味しくなるって聞いたのを思い出して」
「俺がストレス抱えてるように見えるってか」
「それは全然思いませんけど」
「全然」を「ぜんっぜん」と強めに発音するセナ。
カチッとセーフティの外れる音がしたが、気づかなかったセナは続けて言った。
「でも疲れてるかなって思ったから」
ポツッと呟いた声には、心配がにじんでいる。
「僕たち、いろんな事をヒル魔さんにまかせっきりで。絶対疲れてるはずなんです。でもそーゆーの、ヒル魔さんは人に見せようとしないじゃないですか。だから、ちょっとでもその疲れが取れてくれたらいいなーって」
最後は、はにかむように笑って言った。
「糞チビに疲れてると思われるなんてな」
「ごめんなさいっ、僕が勝手に思ったんです。別にヒル魔さんが弱いとかじゃなくって、色々スゴイんだって分かってるんですけどっ」
「そーだな、俺がどれだけスゴイのかは身体で知ってるもんなぁ」
「身体って・・・」
ボンッ。
理解した瞬間、セナの顔が真っ赤になる。
「もー、そーゆー事じゃなくって!!」
バシバシ平手で叩いてもケケケと笑われるだけで、ヒル魔にこたえる様子は全くない。伸びをしながらソファーから立ち上がる。
「それじゃあ、もう疲れてるなんて思われないように、テメーのカレーでもちょくちょく食べっかな」
「ヒル魔さん、それって」
ヒル魔を追いかけて立ち上がった、セナの動きが止まる。
「美味かったよ」
喜んでもらえた。願いがかなって、セナの顔が笑み崩れる。
バレてしまったからには、もう次は入れたくても入れられないだろう。だが、本当は今回きりで良かったのだ。
「それにしても、この俺様が糞菓子業界に踊らされるなんて思ってもみなかったぜ」
・・・これも気づかれていたのか。
そう、折りしも季節は寒さ極まる2月。日本のチョコレート業界の1番の稼ぎ時のイベント、バレンタインがもうすぐだった。
この時期、どこもかしこもラッピングされたチョコがあふれかえっていたが、もちろん男のセナにその類を買う勇気はなかった。第一、ヒル魔が相手だ。渡すのも困難なら、食べてもらうのは至難の業である。今回のカレーは、二重の意味をもたせたチョコを食べてもらおうと考えた、実はセナにしては手の込んだ作戦だったのである。
「ま、努力は認めてやるが、もちょっとその頭、勉強にも使え。赤点なんぞ取ったらただじゃおかねーぞ」
「う。 が、がんばります」
「また、食べてやるから」
「はい」
「ただし、もう糞甘ぇもんはもう入れるなよ」
「はーい」
何気に付け加えたヒル魔の言葉に、笑って返したセナだった。
Fin.
2006.2.11 (2006.5.31再)
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「海光星」のガーリンネ様に捧げたSSです。
なんかどんどん長くなっちゃいました(笑)
(「海光星」様は閉鎖されました)

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