Present for you





 練習中、追加のコーンを取りに部室に入ると、腕組みして唸る鈴音がいた。すぐに戻らないといけないのは分かっていたけど、入ってきた僕にも気付かないくらい悩んでる様子に声をかけてしまった。
「どうしたの?」
「うひゃあ!!」
「うわっ!!」
 飛び上がって驚かれた僕は大声にビクッとなる。
「ダレ誰?! あぁセナかー、ビックリしたー」
「ご、ごめんねっ」
「こっちこそ大声だしてゴメンねー」
 気にしないでと笑われて、思わず入っていた肩の力が抜ける。
「忘れ物?」
「追加のコーン取りに来たんだ」
「じゃあ早く戻らないと妖にぃに怒られちゃうよ〜」
 頑張ってと笑って手を振る鈴音。
 でも、やっぱり気になる。
「・・・何か悩み事でもあるの?」
「やー、あるっちゃあるんだけどー、セナに話したら台なしってゆーか」
「台なしかぁ・・・」
「あっ!違う、違うのセナ!あのね!」
『遅ぇぞ糞チビ!!』
 遠いけどハッキリ聞こえた声。ヤバイ!
 じゃあ戻るからとダッシュしようとする僕を鈴音が追いかけてきた。
「セナが頼りないとかそんなんじゃ絶対ないから! 勘違いしないでねっ」
「うん、ありがとう」
「・・・練習終わったら言うから聞いてもらえる?」
「僕でいいなら」
 ホッとした顔の鈴音に笑いかえす。
『糞チビ!!!』
「はっ、はいぃぃぃ〜〜〜〜!!!」
 今度こそダッシュで戻ったけれど肝心のコーンを忘れてしまった僕には、グランド10週ケルベロス付きが待っていた・・・



 そして部活終了後。部室には鈴音と僕と、部活中に遅れた理由を聞いてくれたモン太の3人が残っていた。
「お金が足りないの」
「・・・オメー借金持ちだったのか」
「ちっがーう! チョコよ、チョコレート!」
「「チョコ〜?」」
「もうすぐバレンタインでしょ」
 そうか、それで最近男子がそわそわしてたんだ。
「この前可愛いマフラー見つけちゃってー、どーしてもガマン出来なくってー」
「それで金がないってか?」
「使い切ったわけじゃないけど、ちょっと足りないかなーって」
「そんなにチョコって高いの?」
 コンビニで買うチョコの値段を思い出す。困る程高かったっけ?
「・・・ちょっとセナ、バレンタインのチョコをいつもコンビニで買うようなのと比較してないでしょうね?」
「えっ、違うの?」
「たかがチョコだろ?」
「・・・たかが?」
 モン太の言葉を鈴音が聞き咎める。なんだろう、鈴音の周りの空気が怖い。
「女の子のっ、一大イベントをっ、コンビニチョコとっ、一緒にしなーいっっっ!!!」
「「・・・・・・・・
・スイマセン」」
 立ち上がって怒る鈴音に違いが分からない男二人は小さくなるしかない。
「ま、コンビニでもバレンタインチョコは売ってるけどね」
「なんだよビビらせんなよ〜」
 鈴音の迫力に押されてたモン太が大きく息をはく。僕もホッとして初めて強張ってた事に気付いた。
「この時期あちこちでバレンタイン用に形から味からラッピングから色んな種類のチョコが売られてるし、値段だって高いのから安いのまで色々あって、もー凄いんだから〜〜〜」
「「はぁ、さようで・・・」」
 自分達の知らない世界だ・・・
 とりあえず、うっとり想像の世界へトリップした鈴音を呼び戻さないと。
「じゃあさ、安いの買えばいいんじゃないの?」
「・・・セナやモンモン、安いのでいいの?」
「いいのって聞かれても、って、俺らの分かよ!」
「鈴音の好きな相手にあげるんじゃないの?」
「残念ながら違うんですー。だからセナに話しにくかったんじゃない」
「ああ、なるほど」
 渡す相手に安物でもいいかとは聞けないか。
「数が要るからそれなりの値段で、でも美味しそうなの探すって大変だったんだから」
 そうなんだ。女の子って大変だなぁ。でも。
「その気持ちだけでみんな喜んでくれると思うよ」
「私もそう思うけどー」
 と、それまで腕組みして考え込んでたモン太が恐る恐るといった感じで聞いてきた。
「なあ鈴音、それって義理チョコってやつか?」
「んー、義理っていうかー、私のは尊敬とか応援? 全員に何かをあげる事ってなかなか無いから、いいタイミングってやつかな。なーにモンモン、義理チョコ嫌いなの」
「んなものもらった事もねーのに好きも嫌いもあるかよ」
「今年は来るかもよーアメフト部大活躍したし!」
「そ、そっかなぁ〜? けどよ、チョコもらったら『お返し』くれとか言われるんだろ?」
 それくらいは知ってるぜと胸を張るモン太。
「それはもらえた時に考えれば?」
 モン太の得意げなセリフは鈴音にあっさり一刀両断されてしまった。持ち上げたいのか突き落としたいのか・・・
「義理チョコなんてイベントで騒ぎたいかそれこそお返し狙いだろうからほっとけばいいんじゃない? あ、でも本気の子もいるかもしれないからちゃんと確認した方がいいかもー」
「面倒臭ぇ・・・」
「モ、モン太」
「まーまー、ホントにもらった時に考えればいーじゃん。もらえるかどうかも分かんないし!」
「す、鈴音」
「それより私の相談の答えが先!」
 そうだった。
「簡単だろ、安いの買っちまえば?」
「うぅ〜〜〜ん、妥協したくないから相談してるんだって。高けりゃイイって訳じゃけど、試合に勝ってお祝いがチロルチョコ1個じゃつまんなくない?」
「お祝いにチョコ1個?」
「例えよ、た・と・え。あたしはいつもはチアで応援してるけど、それがチョコに替わっただけ。その私の気持ちは、みんなに渡すのにチロルチョコ1個じゃ足りないって思っちゃうの。こんなに応援してるんだよって表したいだけ。でもあたしなんかチロル1個がピッタリかもしれないけど〜」
「そんな事ないよ! いつもありがとうって思ってるよ!」
「おうよ、応援でやる気MAXだぜ!」
「そう言ってもらえると嬉しいな〜」
「気持ちを形にかー。頭いいね鈴音」
「やー良くない良くない。ノリはアレと同じだよね、お歳暮とかお中元とか。お世話になってますーっ感謝の気持ちみたいな!」
 照れたのか手を振って違う違うと笑う鈴音だけど、思い付く事とやろうとする事は違うもんね。
 ん、感謝の気持ち? ・・・だったら。
「あのさ鈴音」
「なになに?」
 いー事思い付いた。
 ニッコリ笑って提案する。
「僕も一緒にチョコ買うよ」



 パンパンパンッ!
「ハッピーバレンタイン!!!」
 派手なクラッカー音に出迎えられた2年生が何事かと目を丸くする。
「頭沸いたか、チビども」
 頭から被ってしまったテープと前髪の間から睨みつけたが、ヒル魔の鋭い眼光にも1年生の笑顔は曇らない。
 エヘンと咳ばらいした鈴音が一歩前へ出てニッコリ笑う。
「いつも頑張ってる先輩へ1年生からささやかな気持ちです。どうぞ受け取って下さい」
 鈴音のセリフが終わると同時に、紙袋を手にしたセナ達がそれぞれの前へ立った。
「マイシスター鈴音のセレクトさ。きっと気に入るよ、ムシュー・ムサシ」
 クルクル回る夏彦から手渡された箱を受け取るムサシ。
 栗田には一抱えほどもあるラッピング袋が、
「あんたには質より量だろ」
 とライン組から照れた笑いと共に渡された。
 まもりが受け取ったのは少しひんやりした紙袋。
「大変だったんだよ?」
 文句を言いつつ、まもりの反応を窺うように鈴音は期待に目をキラキラさせている。
 そして、ニコニコ顔で並ぶセナとモン太の前には渋い顔のヒル魔。
「いらね」
「ダメです」
「ダメっす」
 やけににこやかに言い切られ、差し出された袋をヒル魔が仕方ないといった手つきでつまんだ途端、
「捨てるのもダメですよ」
 とセナからくぎまでさされる。聞いてられるかと手首を振ろうとしたが、セナに腕ごと抱きつかれ阻止された。
「ダメですっ!!」
 普段人前では恥ずかしがって距離をおくセナの大胆な行動に驚いたヒル魔の手から落ちた袋を「キャッチMAX!」とモン太が受け止めると、周りから称賛の拍手があがった。
「みんなの気持ちなんです、見もしないで捨てないで下さい」
 自分を見つめるセナに有りもしない伏せられた犬耳が見え、捨てられる子犬のような悲しげな瞳にウッと固まるヒル魔。顔には出さなかったが。
「1年生達が一生懸命選んでくれたんだから、せめて見るくらいしてあげてくれないかなヒル魔君」
 抱き着かれたヒル魔が振りほどけないのを見てこれなら大丈夫とふんだのか、雪光は笑いに肩を揺らしながら声をかけた。
「・・・テメーもかんでるな」
「少し相談にのっただけだよ」
 雪光は答えながら、暴れる事もなく大人しくセナに抱き着かれたままのヒル魔を見て、やっぱりセナ君には弱いんだねとほほえましさに笑みをこぼす。しかし、ちらっと横に目をやって苦笑した。
「セナ君、さすがにきつそうだからそろそろ放してあげないと」
「あっ、すっすみませんっっっ」
 片腕を上げたままホールドされたヒル魔の格好とずっと張り付いていた自分に気付き、真っ赤になったセナが飛びのく。本当にきつかったのは手首を振りながらもまんざらでもなさそうなヒル魔より、セナとヒル魔を剥がそうとするまもりを抑えていたモン太と鈴音だったのだが・・・。
「雪光先輩、ありがとうございましたっ」
「ありがとうユッキー! ホントに助かっちゃった♪ どうぞお受け取り下さい」
「これはこれは、ありがたく頂きます」
 手伝ってもらった事とまもりを抑える役目から解放してくれた両方の意味でモン太と鈴音が満面の笑みで感謝を表す。
「えっと、さっきはすみませんでした。腕とか手、大丈夫ですか?」
「あれくらいでどうにかなるわけねぇだろ」
 たいした事じゃないから気にするなと言われ安心したのか、セナがホニャっと笑う。そしてモン太に突かれ手にした袋を再びヒル魔に「どうぞ」と手渡たした。
 ヒル魔の手にちゃんと乗ったのを確認した鈴音が、待たせていた2年生を促す。
「お待たせしました。それではお手元の袋オープン!」
「おっ」
「うわ〜♪」
「きゃー!!」
 それぞれの反応に満足そうな1年生が得意げな顔になる。
「こんなチョコ売ってんのか」
「さすが工具の形がとてもお似合いだよ、ムシュー・ムサシ」
「すごいね〜こんなにたくさんのチョコ初めてかも〜」
「た、たくさん感謝っ、フゴッ」
「雁屋のバレンタイン限定チョコシュー! 食べてみたかったの〜〜〜」
「午前中で売り切れちゃうって聞いてたからセナのお母さんに頼んで並んでもらったんだ〜。セナもありがとうね」
「まもり姉ちゃんにはお世話になってるからって。ついでに自分の分も買ったみたいだし気にしないで」
「おばさまにありがとうございますって伝えてね!」
「う、うん、わがっだ」
「まも姉、まも姉、放してあげないとセナ窒息するって」
 いつもより熱い抱擁に、これはさっきの妖にぃへの当て付けかなと鈴音の目がうふふと細められる。その目線の先には明らかに気を損ねましたといった表情のヒル魔が手にした袋をブラブラさせていた。
「・・・おい、見たから捨てるぞ」
「あっ! ダメですってば!」
 セナを挟んでまもりとヒル魔の間に火花が散ったが、慌ててまもりの腕から抜け出したセナはまっすぐヒル魔の元へ向かう。勝ち誇り鼻で笑うヒル魔と悔しそうなまもりのとばっちりを恐れて部員達は早々に距離をおいていた。
 そんな周りの様子を気にする事もなく(いつもの事なので)、セナはヒル魔の手にある袋を見て満足そうな顔を見せた。
「純ココアならヒル魔さんでも飲めますよね?」
 だって苦いからと笑うセナは楽しそうだ。
「どこでこんなん見つけてきた」
「雪さんに手伝ってもらって」
 色々助かりましたと頭を下げるセナに、混ぜてもらえて楽しかったよと雪光も笑う。
 お金が足りなくて困ってる鈴音に、一緒に買うから2人からって事にしないかと持ちかけたのだ。セナだってみんなに助けられてここまできたのだ。感謝の気持ちを伝えるのに丁度いいし、2人で出せば出費も2分の1だ。それを聞いたモン太が俺だって感謝MAXだぜ!ともらう側より贈る側になりたいと言い出した。じゃあ一緒に買おうかと盛り上がったところではたと思いつく。
 ライン組1年生、どうする?
 もちろん感謝している。感謝しているが、どっちかってーとあいつらも「贈る側」じゃね?
 という事で、翌日話を持ちかけたら面白そうだと二つ返事が返ってきたのが、問題は贈る物だ。
 もちろんバレンタインにひっかけるんだからチョコの方がいいだろう。しかし、どうせなら相手の慶ぶ顔が見たい。やるからには徹底的に。さて、どうやって探すと悩んでいた時に現れたのが雪光だった。インターネットで検索をかけたり取り寄せなどもしてもらって、今回は雪光さまさまと奮発のチョコが贈られたほど大活躍したのだ。
「牛乳で作っても砂糖を入れなければ甘くはならないでしょ? 疲れた時とかに飲んで下さいね」
「手間かかるじゃねーか」
「だからその間は休憩しましょう。 ね?」
 いつも作業に追われるヒル魔を見て、頼もしく感じると同時にその体調も心配していた。ヒル魔が試合以外で体を壊すような無茶はしないと分かっていても。だから今回、本当のココアは苦いと知った時にコレしかないと思ったのだ。
「コーヒーもいいですけど、ココアも飲んで下さいね」
「ふん・・・ テメーにしちゃ上出来か」
 頭に乗せられた手が暖かくて、バレンタインっていい日だなーとほんわり気分になったセナだった。



 その日の晩。ヒル魔宅の食後に出されたセナ用のマグカップには、ヒル魔が作ったミルクと砂糖がたっぷり入った甘ーいココアが入っていたとか。



                                    Fin.


                              2008. 2.14




純ココア、買ったことありません。
苦いというのは知ってるぞ!
・・・多分(笑)
でも、一緒に買って金浮かすって
OLの買い方・・・

皆仲良くハッピーバレンタイン♪