『 魔法の器 』 
       
       
      
        
          
             
             
             「ごちそうさまでした」 
「ん」 
             セナは『いただきます』も『ごちそうさま』も手を合わせて言う。セナを見ていると『食卓を囲む家庭』で育ってきたんだと言われなくても分かる。 
「食器、シンクに置いてて下さいね。後で洗いますから」 
             珍しい。いつもなら『汚れがこびりつかないうちに洗わないと』とヒル魔を急かすセナなのに。 
             見ると、シンクの中に置かれた大きめのボウルには水が張ってある。ここに浸けておけと言うことらしい。 
             皿やカトラリーを水に浸けてダイニングに目を向けると、セナがニコニコ顔でこちらを見ていた。 
『よく出来ました』と言わんばかりの笑顔に苦笑する。 
「ヒル魔さん、今日はイイ物持ってきたんですよ」 
             テーブルにはさっきまでなかった木箱が置いてある。 
             セナの横に座ると、セナに隠れて見えなかった小さい紙袋もあったことが知れた。 
「やけに荷物がでかいと思ったら、こんなもん入ってたのか」 
「なんだと思います?」 
「テメーが大騒ぎしてたモンだろ」 
 
 
            それは先週のこと。 
ヒル魔の部屋で二人で食事をするようになって初めて、和食がテーブルに並んだ。食事も終わり、食後の飲み物を用意しようとした時にセナが大声をあげた。 
            「お茶も湯飲みも置いてないんですか?!」 
「今頃そんなことに気付いたのか」 
「信じられない…」 
「信じようが信じまいが、無いもんは無い」 
             日本茶をいれようとセナが急須と茶葉の場所を聞いたので『そんなもんは無い』と返したら目をむいて驚かれた。 
             別にヒル魔は日本茶が嫌いというわけではない。単にかかる手間の問題である。茶葉を出し、湯を入れ蒸らす。急須から取り除き捨てなければいけない葉は小さくて、何度も濯がないと残ってしまう。ヒル魔は自分一人が飲む一杯の為に、そこまでする気にはとてもなれなかった。 
(ちなみに食事中は来る途中で買ったペットボトルの茶を飲んでいた。) 
 
 
「なんで分かるんですか?!」 
「見りゃ分かるって」 
             30センチ四方の木箱の蓋には『●●焼き』と書かれた紙が張ってある。典型的な和食器の入れ物である。 
             ただ中に入っている物の見当はつくが、予想を越える大きさと、縦横の長さの割りに高さがないのが気になる。 
「母さんが使ってないから持って行きなさいって。他にも色々と出してきてくれたんです」 
「そんなとこだろうな」 
             それで納得した。大きめの箱に寄せ集めを詰めたのだろう。一つ一つの物は良くても、貰い物は仕舞い込んだら忘れてしまうのが常だ。 
「パンパカパーン!開けまーす!」 
             …セナの発した掛け声に『古くないか』とヒル魔は内心突っ込んではいたが、言葉としては出されなかった。出さないのではない、出せないのだ。 
「急須と茶筒はセットに無かったんで百均で買ってきちゃいました。お茶はヒル魔さんの好み聞いてから買おうと思って…ヒル魔さん?」 
             箱の中身を凝視するヒル魔に気付いたセナが呼びかけるが、ヒル魔の視線は動かない。 
「テメー、どーゆーつもりだ」 
「えぇ!そんなに気に入りませんでした?」 
             そんな問題ではない。 
「これ見てなんとも思わねーのかよ」 
「ええっと…渋い色合い、かなって?」 
             全然違う。 
             薄紙で丁寧に包まれた湯飲みと茶碗が二つずつ、木箱の中に収まっている。重ねることをせずに並べてあり、なるほど広さが要る訳だと感心する。 
             だが問題はそこでもない。 
             セナにも渋いと評された器は、確かに地味な色合いをしている。明るくも華やかでも可愛くもない。 
             しかし、だがしかし。どうみても何度見てもそれらは『夫婦湯飲み・夫婦茶碗』と呼ばれる物にしか見えなかった。 「…テメーの親はなんつってテメーに渡したんだ」 
「だから、『使ってないから持って行きなさい。二人で使うならちょうどいいでしょ』って」 
             いいのか、本当に。 
「ヒル魔さん大きい方を使って下さいね。僕、こっちの小さいのと同じくらいので食べてるんで」 
             サイズもこの際どうでもいい。 
「小皿とか小鉢とかも二つずつありますよ。あったら使いますよね?」 
             セナは紙袋から新聞紙に包まれた物を次々と出していく。 
             どうやら小早川家は今まで使っていた食器を捨て、溜まっていた貰い物をいっせいにおろしたらしい。主に贈答用の食器は五客で一組である。三人家族の小早川家で使うには三組あれば良いので、残りをヒル魔に進呈となったのだという。 
「どうしました?」 
「なんでもねー」 
「変なヒル魔さん」 
             笑うセナに、自分の勘繰り過ぎかと苦笑で返す。 
             セナとヒル魔は結構深いお付き合いをしている仲である。そういう意味では湯飲みや茶碗が『夫婦』でもおかしくはないのだが、一応同性という点からおおっぴらにはしていない。だが隠してもいないので、分かる者には一目瞭然ではあった。 
             遊びのつもりもないヒル魔は別にカミングアウトしてもよかった。他人に何を言われようと気にするヒル魔ではない。 
             しかし、気の小さいセナが世間の好奇の目にさらされ振り回される様が容易に想像できたため、ヒル魔にしては大人しいお付き合いを続けている二人だった。 
             そこへ『夫婦茶碗&湯飲み』が『セナの親』から贈られてきた(とは微妙に異なるが)。驚いて当然であろう。 
 
 
「なんだ、戻すのか」 
             さっきまで楽しそうに手にしていた諸々をセナが紙袋に戻していく。 
「棚の中を整理してからでないと置けませんから。このままどこかにしまってて良いですか?」 
「シンクの上の棚に空きがあったか」 
「じゃあ、そこに…」 
             立ち上がろうとしたセナを制し、ヒル魔が席を立つ。 
「テメーだと踏み台が要るからな」 
「よろしくお願いしますっ」 
             頭をポンポンと叩かれむくれてしまうセナ。 
             そんなセナの頭から耳やあごの縁にそってヒル魔が手を滑らせる。 
             軽い接触にピクンと震えたセナにヒル魔が目を細めた。 
「素直なイイ子には後でご褒美やるよ」 
             クツクツと笑うヒル魔の前でセナの顔がどんどん赤くなっていく。 
             さて、どんな『ご褒美』をくれてやるかと考えながらテーブルに置かれた木箱を手に取り、シンク前まで移動する。 
             観音開きの棚を開けたところで、礼の言葉を言い忘れていた事を思い出した。 
「セナ…」 
「そうだヒル魔さん、母さんからの伝言一つ言い忘れてました」 
             自分の用件は後でいいかとひとまずおき、目線だけで促すと、セナがニッコリと笑って言った。 
            「『ふつつかな息子ですが、これからも末永くセナをよろしくお願いします』だそうです」 
            「・・・・・・・・・」 
             うちの親も心配性ですよねーとセナは笑うが、ヒル魔は全く笑えない。もう気のせいなどと言っていられない。湯飲みも茶碗も『たまたま』でも『偶然』でもない、『強制召喚』だ。 
             バレているのか?やらなきゃいけないのか?! 
             数秒後、プチパニックをなんとか治めたヒル魔は腹をくくった。 
            「今度、テメーん家に食器の礼も兼ねて挨拶に行くっつっといてくれ」 
            「はーい」 
             小早川家に行くと言われ、くすぐったそうな顔のセナも、ヒル魔がただ礼を言いに来るだけとしか思っていない。この時ヒル魔が『さて、息子さんを下さいとやるからにはやっぱ盛装だな。制服よりスーツか?』などと悩んでいることなど、セナは知るよしもなかった。 
 
 
             
             
                                                   2009.10.
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                                         Fin. 
             
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      あれ、なんかお母様が大変強い方になってる? 
      まぁ、ヒル魔さんなら老後の面倒も 
      きっちりみてくれるでしょうけどね。 
      (主に金銭的に) 
       
      この場合はやっぱりヒル魔が 
      婿養子になるのかしら? 
      それともマ○オさんかなー?(笑) 
       
       
       
        
       
       
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