思わせぶりな? 
       
       
      
        
          
             
             
             「チービ」 
「…」 
「チビチビー」 
「……」 
「こっち向け、チービー」 
部活も終わった放課後の部室。 
いるのは俺と、 
「なーに拗ねてんだ、糞チビ」 
「…拗ねてなんかいません」 
嘘つけ。膝抱えて俺に背中見せた姿勢を見せ付けて何を言ってんだか。 
あんな小せぇ椅子の上でよく丸まれるな。 
「こっち向けっつってんだろ」 
カジノ台の角を挟んで座る俺とセナ。 
距離は近いはずなのに。 
のろのろと動く様子のいかにも「不承不承」といった感じに多少イラついたが、俯いたセナの目許がほんのり赤い。 
「言いたいことあるって顔」 
「…別に」 
「別にって面でもねー」 
これは単に拗ねてるというより。 
「言えないことか」 
「…」 
「言いたくないことか」 
「…言っちゃいけないことです」 
あ、泣きそう。 
くしゃっとセナの顔が歪んだ。 
でも涙は出ていない。 
「すみません、帰ります」 
椅子の上に引き上げていた足を下ろし、セナが立ち上がる。 
すかさずセナの腕をつかむ。 
一瞬緊張した筋肉がゆっくりと緩んでいくのを掌に感じる。 
「挨拶は相手見てすんのが礼儀だろ」 
つかんだだけで、強引に引っ張りはしない。 
だからセナは俺に背を向けたままだ。 
「ヒル魔さんだってしてないですよね」 
「相手によるんだよ」 
今度は全身が揺れた。 
「言え」 
軽く引くと、簡単に腕におさまる小柄なカラダ。 
しかめられた顔は「泣きたい」じゃなく「泣きたくない」だ。 
「……昨日、ヒル魔さんが買い物してるの見かけました」 
 
 
母親に付き合って出かけた先で見かけたヒル魔がいた場所は、ヒル魔には用のなさそうな百貨店の一角。 
店員が平身低頭で持ってきた小さな箱には、一目で贈答用と知れる綺麗なリボン。 
大切そうに手に取った、それを渡す相手は? 
自分だけが知っているはずの優しい目をして思い出す相手は? 
聞きたいけれど、聞きたくない。 
それは、答えが気になるからではない。 
気にして聞かずにはいられない自分が嫌だからだ。 
「ヒル魔さんが僕より大人だし、いろいろお付き合いがあるんだって」 
分かっていても胸がざわめいた。 
ヒル魔にだって大切にしたい付き合いがあるはずなのに。 
そんな相手にすら嫉妬してしまう自分がいた。 
 
 
「自分が恥ずかしいです…」 
呟いたセナは俺の胸に額を押し付けた。 
両脇に下ろされたセナの手がギュッとこぶしを作る。 
ちらっと見えた開く様子のない小さな手は握りしめられたまま動かない。 
背に回した腕から力を抜くと、セナが身を竦めたのが伝わった。 
セナから外した手でポケットを探る。 
目の前で俯く頭を、ポケットから取り出した物でコンコンとつついてみた。 
「テメーが言ってんのはコレのことか」 
ピクリと揺れた肩に、何かが込み上げる。 
煩わしさを感じなかったとは言わない。 
詮索も束縛もうっとうしいだけだ。 
けれど。 
「顔上げろ」 
左右に振られたセナの頭が更に胸に押し付けられた。 
握っていたはずの手も、俺の上着をつかんでいる。 
ホントにこいつは…。 
「こんの馬鹿っ」 
ガツンと小気味良い音が鳴った。 
「痛っっ!」 
反射的に上がった顔に正面からデコピンを追加でくれてやった。 
「…っっっーーー!!!」 
とっさにうずくまろうとしたようだが、片腕を俺につかまれたままなので中途半端な体勢になっている。 
相当痛かったのか、声も出さずに悶絶するセナ。 
あごに手をやり無理矢理上向かせると、顔はクシャクシャ、目は涙でグズグズ。 
「あーあ、ひでー顔」 
「ヒ、ヒル魔さんのせいじゃないですかっ」 
「自業自得だ」 
セナの目の前で包装紙のよれてしまった箱を振る。 
一時痛みに忘れたモノに、再びセナの顔が歪む。 
「余計な事考えっから痛い目みんだよ、この馬鹿が」 
あごから外した手を下ろす。 
上着を握る小さい手を取り、開かせた上に箱を乗せた。 
箱と俺を交互に目をやるセナはまだ分からないらしい。 
「やる」 
「えっ、僕に?」 
「開けてみろ」 
思いもしなかったといった顔にバカバカしくもなる。 
だが、首をかしげたセナは、本気で分かっていないらしい。 
困惑顔で慎重に包装紙をはがしていった。 
「ヒル魔さん、これって」 
「見てわかんねーか?」 
「えっと、ボールペン?」 
「テメー、ホンットに物知らずだな…」 
手にしたことはなくても、存在くらいは知ってるはずなんだが…。 
「万年筆だ」 
「万年筆…」 
明るめの、だが落ち着いた色合いの1本を、セナは恐る恐る手にした。 
「これを僕にって…」 
「いまさらってヤツだが、ご褒美ってとこか」 
クリスマスボウルもワールドユースも終わってだいぶ経つ。 
が、思い付いたら買わずにいられなかったのだから、俺も甘くなったもんだ。 
「これからサインするときにソレ使え」 
「桜庭くんじゃあるまいし、サインなんてしませんよ?」 
「馬鹿、誰が色紙にサインしろっつった」 
アイシールド21の名で高校アメフトに新しい風を吹き込んだセナだ。 
色々な「お誘い」が舞い込むことは目に見えている。 
その時、セナが書き込むのはテスト用紙などではなく「書類」なのだ。 
「書類って」 
「まぁ、いわゆる契約書ってヤツ?」 
セナがアメフト選手として立つことをヒル魔は疑っていない。 
つまり、それを見越した「ご褒美」なのだ。 
「……なれるかも分からないのに」 
「俺の見込みが狂うとでも?」 
「でも…」 
俯き下がった視線は迷いより不安からくるもの。 
「テメーはなりたくねーのか」 
頼りなく下げられていた瞳にチカリと光が灯る。 
「まあ、ここまでで満足してるなら返してもらうが」 
セナの手に乗せられたままの箱に指を伸ばす。 
届く寸前に遠ざかった。 
「僕にくれたんですよね」 
握りしめた手と見返してくる目に力が戻っている。 
そこには見てるこっちまでゾクゾクさせる、俺の気に入りの顔があった。 
「最初っからそー言ってるだろ」 
セナは自分で言ったではないか。 
『セナにしか見せない顔だった』と。 
ちゃんと見抜いているというのに鋭いんだか鈍いのか…、いや両方かと舌打ち一つで勘弁してやる。 
「ヒル魔さんの計画以上になりますよ」 
「なれるもんならなってみやがれ」 
…まあ、いつだってテメーは予想の上をいく奴だったよ。 
わざわざ言ってやる気はねーけどな。 
 
 
手の中に収まる小箱をかばんに詰めたところで、ヒル魔さんが僕を呼んだ。 
…ペットじゃないんだから、指招きは止めてくれないかな…。 
なんてのんきなことを思う前に、そこで逃げなかった僕は本当に馬鹿だった。 
「なんですか?」 
僕の問い掛けにニヤリと笑ったヒル魔さんに、「ヤバイ」と冷や汗が吹き出る。 
「で、めでたく誤解は解けたわけだが。そもそもどーしてテメーは、んな勘違いをしたんだ?ん?」 
「えっと、それは、あのですね」 
「うん?」 
正直、逃げたい。 
今なら4.1秒を出せる気がする。 
けど、気付けば体はヒル魔さんの腕に囲われている。 
間違ってしまった僕が悪い。 
でもあの時は、時期と場所が重なって、僕に目くらましをかけてしまったのだ。 
多分ヒル魔さんは見抜いてる。 
絶対、分かってて言ってる。 
だって、目も口元も、全身が「楽しそう」なんだもん! 
「そういやテメーは親の荷物持ちしに出たんだったか」 
「ま、まぁそんな感じで…」 
「荷物持ちにしちゃあテメーじゃ力不足だろーに」 
「ぼ、僕だって荷物持ちくらいは出来ますヨ?」 
……声がひっくり返った。 
だってだってだって!!! 
「で、何の買い物に付き合ったって?」 
「………ホ、ホワイトデーのプレゼント選びに…」 
うわーーーんっっ、恨むよ母さん!! 
なんで友チョコのお返しを僕に選ばせたのさっ! 
(『彼女と私って好みが似てるから、あんたに選んでもらった方が被りがなさそうなのよ』とは母の弁) 
「って事は、もしかしてこの俺が、テメーの為に、わざわざ足を運んで、吟味して買ったアレを誰かいもしねーオンナにやるんだと思った、とか?」 
いちいち区切らなくて結構ですっ。 
シャツが冷や汗でべっとり張り付いていく。 
背中の真ん中を伝い落ちる汗に震えた体を「寒いのか?」と抱き寄せられた。 
ぐっと近付いた満面の笑み。 
「つまりテメーは俺を疑った、と」 
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっっっ」 
「お仕置き決定」 
「ひぃぃーーーっっっ」 
…ホワイトデーのバカーーー!!! 
 
 
             
             
             
                                                Fin. 
             
             
                                         2010. 3.19 
             
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      いつの話だよと聞かれたら。 
      いつでしょうね?と答えるしか(笑) 
      去年、ホワイトデー話を書こうと思ったものの 
      うまくオチがつかずに保留。 
      書き直すかーと、始めはサクサク進んだものの、やっぱりオチが・・・ 
      生暖かい目で見てやって下さい・・・ 
       
       
       
       
        
       
       
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