『 指先のその先に 』




寒いのは好きじゃなかったんだが・・・。



陽が落ちると、空気の冷たさは肌に刺さるほどになった。
学校からの帰り道。街灯がポツポツと明かりを点す道をセナと二人でゆっくりと歩く。
セナが指にハーッと息を吹きかけた。口元に白い空気が広がり、暗いなか解けていく。
「寒いですねー」
「おー」
「星が綺麗に見えますねー」
「冬だからな」
空を見上げたセナにならいヒル魔も視線を上げた。
午前中に降った雨の影響か、雲が晴れたあとの夜空には星座を見つけられるくらいの星がまたたいている。
「冬の大三角だー」
「どれだ?」
「えーっと、アレとアレとアレで」
空を指す指先が三角をなぞる。
「あってるじゃねーか」
「意外そうに言った!」
ヒドイと睨まれてもなぁ。
「なら、あの星の名前は?」
さっきセナが指さした三点をヒル魔は視線で示した。
「一つは分かってますよ!」
「ほう?」
三つのうち一つで胸をはれるとどうして思えるのか。ヒル魔には不思議で仕方がないのだが。
「アレがオリオン!」
ビシッとセナが得意気に指し示した先には特徴的な形で光る星たち。
間違ってはいない。しかし、残念ながら
「それは星座の名前だ」
キョトンとした大きな目がヒル魔を見上げる。
うん、予想通り!
「プロキオン、ペテルギウス、シリウスで冬の大三角」
分かったか?
「…分かりました」
セナは自分の勘違いに項垂れた。
「星と星座に違う名前がついてるなんて…」
ショックと聞こえてきた呟き。
ショックを受けたいのはこちらのほうだ。しかしながら、この程度はすでに予想範囲となってしまっていた。
「ヒル魔さんは星とか詳しいんですね」
「そんなわけあるか。役に立たないモンを覚えてどうする」
授業で出るくらいを覚えているだけだ。
「テメーは北極星の探し方くらい覚えとけ」
「北極星?」
「方角がわかんだろ」
「僕、どこで迷子になる予定なんでしょう…」
セナのしょんぼりがげんなりになる。
だってなんかやらかしそうじゃねえか、コイツなら。
「暇だったら探してやる」
ヒル魔の言葉に目を丸くし、ついでフニャリとセナが笑う。
「じゃあ大人しく待ってますね」
頬が赤いのは寒さからか、それとも?
ふとヒル魔の目に頬より赤いセナの耳が映る。
熱いのか冷たいのか。知りたくなった。
「うひょっ!」
「変な声」
「ヒル魔さんが急に耳触るから!」
「あ、冷てぇ」
「なんですかもう!」
セナはプリプリ怒ってみせるが、耳に触れているヒル魔の手を振りほどこうとはしない。
触ってもいいとの意味と受け取り、むにむにつまむ。赤い耳の表面は冷たかったが、その下にじんわりとした温もりがあった。
目のはしにセナの手が動くのが見えた。
「ヒル魔さんの耳も冷たいです」
「そりゃあな」
耳あてなど何もしていないのだ。冷えもするだろう。
そっとヒル魔の耳に添えられていたセナの手が包み込む形に変わる。
「ちょっとは暖かいですか?」
「ちょっとはな」
セナの手に包まれた耳からじわじわと熱が全身に広がってゆく。
同じようにセナの両耳を手のひらですっぽりとおおう。
「あったかいです」
ほわほわとしたセナの笑みがヒル魔の中にぽつりと熱を灯した。
「もっとあっためてやろうか?」
ヒル魔の言いたいことが伝わったのか、手の中のセナの耳がポンと熱さを増した。
「お手柔らかにお願いします…」
さっきまで寒さに赤くなっていた耳や頬も、別の熱で色を増す。


寒いのは好きじゃなかった。
しかし、こんなことがあるのなら、寒さもそんなに悪くはないなと、ヒル魔はにんやり笑うのだった。




                                2014.01.16

                      Fin.




ヒルセナはセリフのみで勧めちゃえるので
とてもありがたいというか、なんというか。

私も胸をはって指差せるのは
オリオン座くらいです。
私だけじゃないと信じてる!