※「向けて向けられ」の一部と被ります。
   先に ↑ を読まれることをおススメします。




Maschera




小さな声が耳に届き、大きな身体が雲雀の目の前でモゾモゾと動く。
二人ならゆったり出来るはずのサイズのソファーからはみ出した足。狭そうに縮められた腕。
そこには、どう見てもくつろげるとは思えないスペースで眠るディーノがいた。


「待ってる間、ここで寝ててもいいか?」
雲雀の手元を見て、まだ時間がかかると予想したのだろう。ディーノはソファーを指差して許可を求めてきた。
「うるさくしたら窓から叩き出すよ」
雲雀の返事にディーノは「あんがとな」と笑った。そしてソファーの端に座り上体を横に倒し、ひじ掛けに頭を乗せるとあっという間に寝息をたてはじめてしまったのだ。


確認した書類を済んだものの上に重ねていく。
1枚だったりファイルだったりするそれらを移動させるたび、あげた視界の端に映るソファー。と、もちろんその上に伸びたディーノも見えてしまう。


「ちょっと早すぎたか」
連絡してきた時間より1時間以上早く現れたディーノは、仕事中の雲雀を見て気まずげに肩をすくめてみせた。
そして、「それが終わるまで待つからさ」と言った後、手を合わせて「お願いがあるんだけど」と続けたのが「ここで休ませて」だった。
これは切り上げて明日に回す。早く屋上に行こう。雲雀がそう言えばディーノは渋ることなく頷いただろう。
もともとディーノが来るまでに片づけるつもりで用意させた書類は急ぐ必要もなく、重要度も高くないものばかり。ディーノとの手合わせを後回しにするほどの価値はなかった。
だが、返事を待つディーノの顔を見た雲雀はそう提案するかわりに「うるさくしたら叩き出す」と、許可の言葉を口にしていた。


最後の1枚を確認済みの山に積み上げ、雲雀はペンを引き出しに戻す。時計の針はディーノの来る予定だった時間の10分前を指していた。
雲雀が時計へ向けた目をソファーに流す。
雲雀の予想より静かに寝ていたディーノも、寝相までは制御出来なかったらしい。最初はなんとかソファーに収まろうと縮められていた手足は徐々に緩められ、今や完全に伸び伸びモードに見える。
机を挟みじっと見つめる雲雀の視線など気にもならないのか、ディーノに目覚める気配はかけらも見えない。
静かに立ち上がり入口横にあるハンガーまで歩くと、雲雀は見た目より重さのあるコートを手に取る。
ソファーまで戻ってそれを広げ、眠るディーノの上にフワリとかけた。
そして、一歩離れて(さあ、どうする?)と見下ろした。しかし、雲雀の視線の先で「ううん…」と眉をしかめはしたものの、再びディーノはスヨスヨとした寝息を再開させてしまった。
約束の時間まであと5分ある。それまでは放っておくかと、雲雀は向かい合わせのソファーへと腰を下ろした。


それにしても、ここまでされても起きないなんて、これで本当にマフィアのボスが務まっているのか。もう何度目か思い出せないほど抱いた疑問にため息がもれる。
それなりに強いことは認めるが、今まで雲雀の前でやらかしたあれやこれやがありすぎて疑いを捨てきれないのだ。
今だって無防備にすぎやしないだろうか?
それなりに静かに、とは意識した。けれど、雲雀は別に気配を消したりはしていない。
なのに、横を歩いても上着をかけてもディーノの目は覚めない。他人の寝姿など見ることがない雲雀にも、これは「熟睡だ」と断言出来るほどの寝入りっぷりだろう。
(これはどう受け取ればいいのかな…)
うっすらと隈の浮かぶディーノの寝顔。表情から明るさが消えると、隠しきれない疲れの色が現れた。
……ディーノは気づいただろうか。雲雀がそれを見抜いた上で休みの許可を出したことに。
それとも、たまに待たせる時と同じように「すぐに戦えるように」と近くに居させただけだと思ったか。
どちらにしても、雲雀に分かるのはディーノが熟睡できるほど「ここは安全だ」と思っているということ。しかし…。
(安心って、何に?)
並盛にはディーノの弟弟子にあたる小動物がおり、同盟上位の組織の目が光る土地だから?
今もすぐ近くにいるであろう、常に付き従い行動を共にしているファミリーがいるから?
…それとも、「自慢の弟子」と言ってはばからない雲雀が側に居るから?
そこまで考え、雲雀はふるりと頭を振った。
いくら考えても無駄なのだ。それに聞いたところでモヤモヤがスッキリするとは思えない。以前なら何気なく受け止めていたディーノの言葉。今はいくら誠実に聞こえたとしても、もうその言葉にも裏があるのだろうと思わずにいられない雲雀なのだから。
雲雀が机に戻り、座って頬杖をつくのと同時に時計の針が約束した時間を指した。


机に戻って1分もたたずにディーノが飛び起きた。
そして上体を起こし窓を見たディーノが明らかに「しまった」という顔をして雲雀へそろりと顔を向けたから。
「よだれ」
「うわっマジで?」
「が、出そうな大口開けて寝てた」
「…なんだそれ、途中で切るなよー」
ばつが悪そうに「意地が悪いぞ」と返す言葉は「大人をからかうな」と同義だろう。
さっき慌てて口元を隠していた姿は雲雀の思う「大人」からは遠かった。でも間違いなく彼は「大人」で、そんなディーノにとって自分は「子ども」なのだから。
「あなた、本当にマフィアのボスなの?」
「そうだっていつも言ってるだろ」
言い慣れた質問に聞き慣れた返事。いつもの他愛もないやりとり。
吸収出来るものがあるうちは何食わぬ顔で適当に付き合おうと決めたのは雲雀だ。しかし、絵に描いたような笑顔で本心を見せようとしないディーノを見るとふいにある衝動に襲われる。
師匠面して格好をつけるディーノも、望まれる弟子の姿を演じる自分も。



「俺は恭弥の家庭教師だからな」
キラキラと笑顔を振り撒いてみせるその笑顔の仮面。



いつか叩き壊してあげるよ。




                                   Fin.

                                2014. 3. 17  


ポンと雲雀目線の話が浮かんだので・・・
グルグルしてるなぁ
もっとボスの方がグルグルなんですけどね!
うちのキャラはグルグルしてばっかりです(−−;