セナはグズグズと泣き続け、ようやく泣き止んだ頃には大きな目が真っ赤になっていた。 
             
             
             
            『ヴォイス』中編 
             
             
             
             今度こそ落ち着いたかと思ってヒル魔が「話せるな?」と切り出したとたん、セナは自分の手で口をガポッとふさいでしまった。 
             ふさいだ瞬間、自分が何をしたのか気付いたセナは慌てて顔を上げたが、時すでに遅し。ヒル魔は無言のままセナの手をはがしにかかっていた。 
            「…糞チビ?」 
             優しげな声なのに。口元は笑っているのに。 
             目が全然笑ってない。 
             とても恐い。 
            「体調崩して練習休みやがって、出てきたと思ったらいきなり俺にタックルかましやがるし? 泣き出して動かねーから待っててやったのに、今度はだんまりだぁ?」 
             声はどんどん剣呑さをましていき、手を外しにかかるヒル魔が力を強めてていく。 
            「いったい何様のつもりだ?! ふざけんのもいいかげんにしろ、この糞チビ!!!」 
             叫ぶと同時にセナの手をひっぺがし、射殺さんばかりの目つきでにらむ。セナは恐怖のあまりふるえだした。 
             しかし、顔面蒼白のセナの口は何か言いたげに動くものの、なかなか声になろうとしない。 
             おどしてもセナがしゃべろうとしないのを見て、ヒル魔はつかんでいた小さな手をほおりだした。 
            「ハッ、付き合ってらんねぇな」 
             先ほどまでの激昂がウソのような淡々とした表情になったヒル魔は、部室を後にするため立ち上がった。 
             とっさにセナはヒル魔のシャツの裾をつかむが、簡単に振りほどかれてしまう。 
             そのまま後ろも見ずに部室を出て行こうとヒル魔の腰に、 
             
             ドガッッッ!!! 
             
             本日2度目のタックルが炸裂した。 
             
            「・・・テメーッ、1度ならず2度もこの俺様にタックルするたぁイイ度胸じゃねーか!!!」 
             ヒル魔は額に青筋を浮かべながらセナをはがそうとするが、腰にはりついたセナは今度こそ放さないとばかりにばかりにしがみつく手に力を込める。 
             はがそうとするヒル魔と放されまいとするセナ。 
             しばらく無言のままに両者とも格闘してしていたが、今度もやはりヒル魔が先に力を抜いた。 
             そしてはがす事を諦めたヒル魔は、腰にセナを貼り付けたまま外へ出ようとした。当然、しがみついていただけのセナはズルズルと引きずられるままになったが、ヒル魔が部室のドアに手をかけ開けようとした瞬間。 
            「・・・っ」 
             それまで必死につかんでいたヒル魔から手を放した。 
             その唐突な動作に、出て行こうとした足を止めて振り返ったヒル魔が見たものは、おびえて立ちすくむセナの姿だった。 
             先ほどヒル魔がどなりつけた時もおびえてはいたが、今のセナの視線の先はヒル魔ではなくドア。 
             もう1限目は始まっているため外は静かで、体育の授業らしい声が体育館方向からかすかに聞こえてくる。 
             おびえた目がゆっくりと上げられヒル魔に焦点を結ぶと、すがるような色に変わっていった。 
             伸ばそうとする手も、また振り払われる事を恐れてか、中途半端な高さに上げられたまま固まってしまっている。 
             その手を見つめた後、どかどかと奥へ向かいガシャンと音をさせてヒル魔はイスに座った。 
             頭をかきむしり、天井を見上げて息を吐くヒル魔に、そろそろとセナが近づいていく。 
            「・・・・・・すみませんでした」 
             蚊の鳴くような声でセナがつぶやいた。 
            「・・・しゃべれんじゃねーか」 
             上を向いたままヒル魔が返す。 
            「熱も下がりましたし、咳も止まりました。練習お休みしちゃって申し訳ありませんでした」 
            「治ってんのか? フラフラじゃねぇか」 
            「風邪は治ったんです。でも・・・」 
             気持ちをふるい立たせ顔を上げていたセナだったが、でもと言った声が小さくなるのと同時にうつむいていった。 
            「・・・自分でも、どうしてなのかこうなったのか分からないんですけど・・・」 
             ヒル魔が顔を戻してセナを見つめる。 
            「座れ」 
             自分の横にあったイスを示され、大人しく座る。 
            「全部聞いてやる。頭っから話せ」 
             そらされない視線に安堵したように、セナはポツポツと話しはじめた。 
             
             
             
             しつこかった咳も、医者を変えてからもらった薬が効いたのかようやくおさまりを見せ、明日からはやっと学校に行けると思うと、興奮してなかなか寝付けなかった夕べ。早く学校へ行きたいなんて思うようになるなんてと、変わっていく自分に笑いながら明日になるのが嬉しくて仕方なかった。 
             寝付けなかった割に翌朝スッキリと目覚めたセナは、朝練に参加すべく、寝ている両親を起こさないよう静かに朝食をとり、静かに支度をし、静かにドアを閉めて家を出た。 
             早朝の空気も久しぶりで、嬉しくてついつい駅まで走っていった。 
             
             ここまでは良かったのだ。 
             
             駅について最初に気になったのはアナウンスの声だった。 
             いままでは男性駅員の声だったのが、今日は女性になっている。自分が休んでいる間にでも変わったのだろうと思い、そのまま電車に乗り込んだ。 
             しかし車内のアナウンスまでも女性に代わっていたのだ。いつもと同じタイミングやリズム、言葉回しも聞きなじみのあるものだったが、声だけが違った。全然聞き覚えの無い女性の声。 
             おかしいなと思いつつ誰に聞く事もできずに、そのまま電車に揺られること数分。 
             徐々にまわりもおかしな事に気がつきはじめた。早朝なため車内にはちらほらとしか人が居ない。サラリーマンが2、3人と、泥門の男子生徒が数人。別学校らしい制服の違うグループが時折大きな声を出していたのだが、そちらを見てなかったセナは驚いた。 
             騒ぐように聞こえてきた声は低かったのに、視線を向けた先にいたのはどうみても女子だったからだ。 
            『声の低い女子なんだな』 
             その時はそう思った。 
             いや、思おうとした。 
             だが、注意して周囲に耳を済ませてみると、泥門生のブツブツと教科書を読む声も、サラリーマンの咳払いも、すべて女性の声に聞こえるような気がする。 
             男性が女性っぽく声色を変えているというのではない。 
             まったく女性の声である。 
             1度気になってしまうともうダメだった。聞こうとせずとも勝手に耳にはいってくるのだ。ささやき声さえも耳は拾ってしまっている。 
             まだ泥門生とサラリーマンは良かった。見なければ女子と思うことも出来たからだ。 
             問題は女子高生のグループ。 
             低い。しかも野太い。けれど会話は女子高生。 
            『じゃなーい?』だの『うっそー!』だの単語がすべてヤロー声で聞こえてくる。 
             ・・・はっきり言って、キモイ。 
             車両を移動しようかとも思ったが、両隣ともここより人が多そうだったのともうすぐ泥門前駅につきそうだったのでなんとかガマンした。 
             だが、駅前からは更なる試練がセナを待っていた。 
             
             
             
             
                                            2006.7.16 
             
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      「中編」です。 
      終わると思ってたのにな・・・ 
      ラブラブどころか、 
      それ以前みたいですよ。 
       
       
       
       
        
       
       
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